面倒事がおきそうで
いつものように仕事をしていると、何を思ったのかキィがカオルの服の中にもぐりこんだ。
「……」
もぞもぞと動き回り、ひょこっと顔出したかとおもえばまた潜り込んだ。こちょこちょに強くてよかったと思いながら手を伸ばす。
「こら」
服の中に手を突っ込めば、今度は背中に回り込んだ。小癪なこの悪戯猿め。カオルはジャンプして服の中から落とそうとしたが、がっつりと肌を掴まれ落ちてこなかった挙句、爪をくいこまれたのでダメージを受けた。
「肉掴まれるのも嫌だけど、肌に穴開けないでくれる?」
諦めてそのまま小屋の掃除に向かう。
箒を手にし、ふと顔を上げると、ここに来た時にも見たことある奴隷仲間の青年の子と目があい、声をかける前に青年は逃げるように去って行った。
……なんなんだろう。
「あ」
小屋について、動物を見て回っているとワニが鶏を咥えていた。
「なんというシュールな光景」
って言ってる場合じゃなくて、これバレタら私ヤバくない?
「ウソでしょ?」
箒でワニの頭こんこんっと叩くと、口をゆっくり開けた。中から鶏が羽をバタつかせながら飛び出すように飛んでいく。よかった生きてた。エサちゃんと与えてたもん。あぁよかった。
ワニが駆け足気味にこっちに突進してきた。初めてワニの駆け足見た、とても怖い。
「ちょおおおお、怖いから怖いから怖いからねえええ」
段差に逃げ込み、ワニを見下ろす。口を大きく開けて待ってるんですけど。動物の飼育員じゃないからワニの気持ちなんて分からないんですけど。
餌はもうあげたしなぁ。掃除したいんだけどなぁ
キィが懐から出てきた。
「あ、出てき、たああああ!?」
床に降り立ったと思ったそのまま片足に向かって突撃してきた。衝撃に耐えきれず段差から飛び降り、ワニと抱きあう。
もう嫌だ……こんなん飼育員の仕事ですやん。一般人のやろうとすることちゃうですやん。
涙目になりながらカオルは起き上がった。
「意外とお前おとなしいね。いい子だからそのままいい子で居てね」
いい子だから。
サルの頭をつかみながら小屋を出る。掃除? 明日でいいんだよ別に毎日しなくったっていいんさ。
「おや、キィ。そこにいたんですか……旦那様にちゃんとお礼言いましたか?」
「ああティロさん、何の話ですか?」
「旦那様が我々にお菓子分けてくださったのでさっき食べていたのですが、キィは食べなかったのですか?」
「さあ?」
「それはおかしいですね、持って行くとベネデットがここに来たはずですが」
「ベネデットってどの人ですか? 今日は誰にも話しかけられてませんが……あ」
そういえば最初のほうこっちを見て逃げて行った少年のことだろうか。
「……」
「彼に聞いてみますね」
「いえ、大丈夫です。子どもじゃないしお菓子ぐらい別に……でも、旦那様にはお礼言ってきます」
「キィ……」
ティロさんが顔をゆがめた。
「じゃあ」
歩き出す。
私だって嫌われていることぐらい分かっている。だけど、何故こんなにも爪弾きされているのか理由が分からない。別に仕事を手抜いてるわけじゃないし、旦那様に特別気に入られているわけでもないし、給料だって相場わかんないけどたぶん他の人とは変わらないはずだった。
お菓子食べれないことも、会話しないことも避けられることも別にどうでもいい。
「気に食わない」
こっそりつまらない真似してるのが気に食わない。
言いたいことあるならはっきりしろ。逃げるように背を向けるな。
「旦那様、今よろしいですか?」
「ああ」
扉越しに許可をもらい、部屋に入ると目を見開いた。
「やあ、君」
「あの時の……」
「知り合いか?」
長椅子に横たわった主と同じく横になってワインを楽しんでいる男は噴水の家のガイウスだった。
「君の子ザルがまた水浴びに来たんだよ」
「そうか、キィ」
レントゥティスが手を伸ばすと、キィは彼の腕にとんだ。
「紹介しよう、俺の新しい奴隷キィだ。サルと同じ名前なんだ、少し変わった毛色で珍しいだろう?」
「そうだね、可愛い」
普段そんなこと言われても聞き流していたカオルだったがガイウスにそう言われつい頬を染めてしまう。これがチャラ男と紳士の違いだ。
「で、どうしたんだ?」
「お菓子をいただいたのでお礼をと思いまして」
「わざわざ言いに来たのか。まあそうだろうな。奴隷がお菓子食べれたんだこれ以上の幸福はないだろう」
いや、結構あんたらの食べ残し食べてるんだけどねって言わないけど、その得意げな顔むかつくわぁ
作り笑顔を作って見せていると、ガイウスと目があった。彼は笑顔をつくり、指で口の端を指差した。
「……」
ひくついていたらしい、咳払いして頭を下げた。
「失礼します」
キィが飛んでカオルの後頭部にしがみついた。だからなぜ頭。
「おいキィ」
「はい?」
扉を閉める動作を止め主を見れば酒を片手に神妙な顔つきを見せた。
「最近鼠がいるらしくてな、結構モノがちょこちょとなくなってるんだが……知らないか?」
「モノ……ですか? さぁ? 私はほとんど外回りで屋敷にはあまりいませんから」
おもに後頭部にしがみついている猿の散歩とか、いたずらに振り回されているから。
「そうだな。下がっていいぞ」
なんなんだ、と思いながらカオルは頭を下げて扉を閉めた。
「奴隷かい?」
「たぶんな、最近手癖の悪い奴隷が増えてるらしい、少しぐらいばれないって考えが広まってるのかもしれない」
「それは怖いな」
「あぁ。うちもそうかもしれない、見つけたら手酷く仕置きを……いや、見せしめのために処刑したほうがいいか?」
「さぁ、どうだろう」
ガイウスは酒を口に運んだ。
「私は腰抜けだからね」
「ははは。奴隷一人も買っていない上流貴族はお前ぐらいなもんだ」
レントゥティスはワインを持ち上げ、こぼすように口に流し込み、満足げに飲み干した。そんな豪胆な友人を見ながらガイウスはのんびりと目を閉じた。
「ドゥエロナに嫌われないようにさ」
「ローマの女神か……どうせ愛されるならフェーリーキタースに愛されたいな」
「ははは、今でも十分幸せじゃないか」
「人は貪欲であってこそ、人じゃないか? ははは」
フェーリーキタースは幸運の女神
ドゥエロナはローマの女神




