知ってしまったようで
ところかわってロスタムのお話
ぐるぐる目が回る感覚がロスタムを襲う。
「ううっ」
夢を見ているのか、それとも幻覚を見いているのか、分からないけれどロスタムは誰かに声をかけられているような気がした。
その声の主を問うことも、今どんな状況なのかも分からない。
だた分かるのは
「なんだ、これ」
頭の中に知らない映像が飛び込んでくるというもの。
「カオ……ル?」
初めて見たときと似たような不思議な服を着ているカオルが一人で歩いていた。カオル以外にもカラフルな人間がたくさんいるが、それはよく見えない。
セカイが回る様な感覚に悩まされながらも必死にもがく。
『!!』
どこか知らない建物の部屋の中からカオルが出るくると、突如彼女の顔色が変わった。驚いているような呆れているようなそんな表情だ。その表情はロスタムは知っていた。彼女にとってどうしようもないことが起きた時、もどかしいとああいう表情になるのだ。彼女は手を挙げ他の人がそうしているように、その場の隅まで移動してじっとしている。
「うっ」
体中を痛みつけられ、息もまともにできない。
この頭に流れる映像はなんだ? 何が言いたい? 走馬灯なのか?
カオルが走り出した。その先には小さな子どもがいて……ロスタムは叫んだ。
「ッ……カオル!!!」
誰かに引っ張られる感覚を最後に映像は途切れ、全てが真っ暗になる。
「……」
しばらくたって、ロスタムはそっと目を開けた。見知らぬ天井。腕を上げれば包帯を巻かれているのが見える。
河に落ちたまでの記憶はある。が、あとの記憶はない。目が覚めたら此処にいた。
「起きましたか」
長方形の布で、頭を覆い、肩で折りたたんだシェイラを身に着けた女性が優雅に佇んでいた。
手にしていた刺繍を机の上に置いてロスタムに近寄り、おでこに触れる。
「熱はひいたようですね、具合はどうですか?」
「君は? ここはどこだ? ヒッタイトか、それともミタンニか」
「ミラと申します。ここはシリアですよ」
水がなみなみと入ったコップを手渡され飲み干す。体中が痛い、どうやら骨になんらかの異常があるらしい。あの高さで河に落ちればそうなるだろうな、と一人納得する。
扉がノックされ一人の男が入ってきた。
「父です。アナタを助けたんですよ」
「ありがとうございます。アッシリアのロスタムと……あれ?」
ロスタムは顔を上げた。
「シリアのカールムによく喧嘩売りに来てた『荒くれのアトラシュ』!!」
「呼び捨てか!! 糞餓鬼め」
頭をばっしーんと一撃重いのを食らう。
「お父さん! 彼は怪我してるんですよ」
「アクバルの息子なら死んでも死なんだろう」
なんだそれ、と思いながらロスタムは心の中で毒づきながら顔を上げる。
「助けていただきありがとうございます」
「おう、素直が一番だぞ」
(腹立つな)
彼はロスタムの父と商売敵で若いころよく喧嘩していたらしい、いまでは和を持って万事なすと言わんばかりにお互い丸くなり協力関係にある。
しかし時々喧嘩ふっかけてくるのがこの荒くれのアトラシュである。彼は豪快で人の話を聞かないのですぐ勘違いを起こし、短気で暴れることで有名だ。
「お前運がよかったな。コレが目立って水の中でもお前を見失わずに済んだんだぞ。変わったものを持っているんだな」
ほらっと、そういって渡されたのはカオルがくれたお守りの布。盾と太陽の縫いこまれたそれを手にし、大事に想いながら胸に引き寄せた。
(カオル)
あの川の中で見た映像。あれがもしお前が居た世界での記憶だとしたら……お前は
「……」
「おい、アクバルの息子」
「ロスタムですけど」
「お前どうする。体の怪我が治るまでは動けないだろうけど、治ったら戦場に戻るのか? それとも家に戻るか?」
「戦場に戻る。家に帰ったら臆病者と野次られるだけだ」
「俺もそうするだろうな」
ミラが父親の腕をそっと触れた。
「さぁ、ご飯にしましょう。ごめんなさい、目覚めたばかりで騒がしくしてしまって……」
「いや別に」
「それぐらいでへこたれるアクバルの息子じゃないだろう!!」
「お父さんは黙っててください」
先に背中を押され部屋を追い出される男。
「本当ごめんなさい。あとで食事お持ちしますから」
「ありがとう。ミラ」
ミラはにっこり微笑み部屋を去った。
(あいつらは大丈夫だろうか……父さんも年だしなぁ……)
こうして生きているのも奇跡だ。
自分以外誰もいなくなった部屋は沈黙だけが支配する。体中が痛くて本当は息をするのもキツイ。胸をなでながらロスタムは息を整える。
ここがシリアならアッシリアに帰ればすぐカオルに会える。
ロスタムは握りしめていた布を広げる。そこから見えるのは此処にはいないカオルの笑顔。
無性に彼女に会いたい。
「……はぁ」
あの映像が意味することは分からない。けれど、伝えたいことは分かった。
なんて残酷な話だろう。
「……結局、俺は手に入れられないのか」
守ることも、そばにいることも、愛することもできないのか。
どうしてこんなにも運命とは言うこと聞かないのだろう。
(……カオル)
食事を用意しながらミラは考える。彼が目覚める直前に叫んだ名前……あの時船に乗っていた不思議な雰囲気を纏った女性も、エジプト人に『カオル』と呼ばれていたと。彼に伝えるべきなのだろうか
「……」
大事なものを守る様に身に寄せた彼の姿を思い出し、胸に小さな痛みを感じた。
「ミラ、飯はまだか」
「まだですよ。今行きますから」
それに気づかないふりをしてミラは返事を返した。胸の痛みの理由を彼女はまだ知らない……。




