なんとなく気になるようで
朝みんなを集め、重々しく家族や使用人、友人たち、そして貴族が庇護を与えている人々を謁見したあと、食事に入っていた。ティロさんいわく、上流貴族なら当たり前の光景なんだとか
(腹たつわぁ。腹立つわぁ……)
基本我慢強いが結構短気な部分もあるカオルは腹の中では怒りで煮えくり返っていた。
食事用長椅子(レクトゥス・トリクリナリス )に横になりながら円卓の上にあるワインを手に取り、パンを浸し口に運び満足げにしているレントゥティスを殴りたくて仕方ない。
昨夜任された小屋の動物の数を真面目に数えていたカオルのところへ、急に酔っ払いのテンションでやってきた彼にさんざん絡まれた挙句、あろうことかライオンを逃がしたのだ。しかも捕まえておけよと命令されたので命がけで小屋に戻さねばならず、それを完了させたときすでに朝日が昇っていてカオルは一睡もできていない。
そんなカオルの苦労など一切知らない彼は、塩で煮られたかたつむりをコクレアルで上手に取り出し口に運ぶ。
彼の言うとおり彼には嫁と子がおり、椅子に上品に座って食事をしている。優雅で気品あふれる笑みをこぼすが、食べ終わった貝を床に投げ飛ばす様は違和感しか感じない。
投げ飛ばされた貝殻は奴隷たちがすぐさま回収し、不快にならないようにしている。
これがなかったら純粋に優雅な絵画っぽくて素敵なのに
(まぁ、よくあるシーンだけど奴隷ってやっぱ立ちっぱなしで食べ終わるまで食事抜きなのね)
お腹鳴りそう。
レントゥティスが手を拭きながら満足げにカオルのほうを向いた。
「キィは?」
「ここに」
カオルは後ろを振り返った。後頭部に張り付く格好のキィ。
「キィ。葡萄好きだろう? ほら」
果物が山盛り積まれた皿を持ち上げ葡萄と一房とるとそれをまるまるキィに与えた。
今の彼の一番のお気に入りはあの子ザルらしい。
「おい、キィ」
「……」
「お前だよ」
私か。
「なんでしょう」
「食事が終わったらキィを散歩しておいてくれ。そのあとブラシをかけてやって、めかしこんでくれよ」
「……畏まりました」
私の食事いつ始まるんだ……。葡萄を抱きしめたままキィはカオルのほうへ飛びうつり、カオルの口の中へ一房丸ごと葡萄を突っ込んだ。嬉しいような嬉しくない。
「お礼は?」
「ありひゃふぉうふぉひゃいまふ」
サルに頭をなでられる時が来るとは、侮りがたし猿。主人たちの食事が終わりカオルはサルを連れて散歩に外に出る。でもあまり遠くへはいけない、なぜなら昨日来たばかりで道を覚えていないから
「はぁ」
帰りたい。アッシリアの商人たちのもとへ、猿なんかじゃなくてロスタムの世話をしたい。
「うき」
「痛い痛い、髪の毛引っ張らないの!」
肩から飛び降りるとどっかの茂みの中に入って行った。
「こら」
急いで追いかけて茂みの中に顔を突っ込むと、向こう側につながっていて、よつんばになって進むとその家の持ち主と目があった。やっばーい。
優雅な仕草で立ち上がった彼が、まるで素敵な絵画の主人公のようで……彼の顔が近くなったことでやっと正気に戻ったカオルは急いで立ち上がり謝る。
「……ごめんなさい」
「謝ることなど何もないよ。さぁ、そんなとこにいないで。お入りよ」
石畳みの床を踏みしめながら庭に入ると、噴水のとこらへんで水浴びしているキィの姿が見えた。主人に似て自由人な猿だ。
「キィ!」
名前を呼ぶと高いところに上ってこちらをバカにするように見下していた。
このサルが
噴水の周りをうろちょろして見上げて待っていても、どうも降りてくる気はないらしい。
なんとなく振り返ると、この家の持ち主と目が合う。何も言えずに目を逸らすとゆっくりとした動作でカオルの傍に寄ってくると腰に手を当て、長椅子まで誘った。
「まぁまぁ、彼が降りてくるまで待とうじゃないか、どうぞ? 腰かけて」
「ありがとうございます」
なんという紳士。カオルは遠慮なく座り、悪戯っ子なキィを見上げる。
隣に彼は座りにっこり微笑んだ。
「私はガイウス。君は?」
「……素敵ですね。彫刻ですか?」
カオルというべきか、サルと同じくキィとまとめるべきか。それとも奴隷らしく名乗らないほうがいいのか、困ったカオルは話を逸らす為、目についた作りかけの彫刻をほめた。
「そうだよ。趣味でやってるんだけど……初めて素敵って言われたよ」
「え? そうなんですか?」
こんなにも素敵なのに。作りかけとはいえ精巧に作られている。職人のように丁寧な仕事をしているのが素人目でもはっきりとわかった。
「明日できる仕事を今日するな。他人ができる仕事を自分がするなってね。職人の仕事を趣味でやってバカみたいだって笑われるんだよ」
「怠け者のいいわけじゃないですか」
「ははは、おもしろいことを言うね」
とん、とん、猿が降りてきてカオルの顔に飛びつくように張り付いた。
だからなぜ顔。
「友人も降りてきたようだね、せっかく来たんだ。食事でも?」
「いいえ。招かれるような身分ではないのでお断りさせていただきます」
カオルは頭を下げて逃げるように去って行った。
なんとなく彼には奴隷という身分を言いたくなかったのだ。
「はぁ」
堪えきれるだろうか。
奴隷って遥か彼方の出来事で自分には関係ないものだと思っていたのに、人生これだから何が起こるか分からない。
「どうせ猿に仕えるなら豊臣秀吉のほうがよかったな」
って猿に言っても仕方ないけれど。




