一期一会なようで
ライオンは夜でも朝でも昼でもカオルを襲うことはなかった。
というか
「私いつまでここに居ればいいんでしょう」
檻の中から訴える。
青い空と波の音と獣の匂いはもう遠慮願いたい。
「お前面白味ねえからなぁ。そんないい女にも見えないし、手を出そうとするとぎゃーぎゃーうるせえし」
酒を片手にライオンと一緒にいる私を見たってそりゃ面白くないだろう。
しかし面白くないといいながらもなぜかずっとそばにいるこの男。もしかして、私を見張っているのだろうか
「あの、おじいさん」
「なんだよ」
「私、カオルっていうんですけど。名前なんていうんですか」
「ああ? 名前なんて知ってどうすんだよ。情なんてわかんぞ? 俺はお前を売る。お前は売られてさよなら。それだけだ」
「名前なきゃ呼ぶとき不便じゃないですか」
「呼ぶ気かお前」
いや別に呼ぶつもりはなかったけど……そこまで拒絶しなくてもいいのに
「名前無いんかっつーの」
「あ?」
「いやなんでもないデス。すみません。調子こいてました」
だから刃付の棒で私を刺そうとしないで。
トコトコ
目の前をカロロス君と見知らぬ子どもが歩いている。私とじいさんは同じように二人を目で追った。
「おい、ラフサン。おい、ちびすけ。こっちこい」
じいさんが立ち上がり二人を呼ぶ。カロロスはそれに気が付きラフサンと呼ばれた少年を連れてきた。
その少年は楽しそうに笑いながら手をつないでやってきた。おじいさんはラフサンと呼んだ青年の首根っこを掴んで持ち上げると、耳元で叫んだ。
「うろちょろすんじゃねえっつっただろ!!」
「!!??」
ラフサンは大きな口と目を開けて涙目だ。カロロスは止めるようにじいさんの服を引っ張った。
「おじいちゃん、ひどい」
「カロロス君、言葉覚えたの?」
「船旅、ダーイ爺さんに教えてもらった。少しはある」
じゃああの時服を着替えるといったのは分かってたのではないだろうか。何故脱がそうとした
「カロロス? 誰と話してるの?」
ラフサンがこっちへ来ようとしたのをおじいさんが首根っこを捕まえて檻から離した。
「お孫さんですか」
「ちげえよ」
「女の人?」
目が見えないらしく、あさっての方向を向いている。カロロス君は体だけこちらを向くように補正してあげて私のことを紹介した。なぜカロロス君と通訳さんを残したのか分かった。彼のためだったんだ
おじいさん、意外と優しいところあるんだね。
「ねえおじさん、ボクお姉さんとも会話したいな。カロロスのお姉さんたち何を言ってるのか分からなかったから」
好奇心旺盛な子供らしく、ねえいいでしょう? とお爺さんにお願いしている。カオル的には此処から出してもらえるならどんな面倒も今なら喜んでといいたいところ。
お爺さんは少し悩んだ後、振り返った。
「しかたねえな」
あとから男衆がやってきてライオンを逃げないようにしながら私を檻から出した。
やっと解放された。
「じゃあいこー」
「おい、嬢ちゃん」
子どもに手をつながれ歩き出すのと同時に、首根っこを掴まれた。
喉つぶれるのかと思ったわ。
「うぇーい……何ですか?」
「ラフサンになにかしやがったらお前もろとも一緒に捕まえた女も海に放り出すからな」
「お孫さんなんでしょ本当は」
「ちげえ」
ぶすっと頬を指でさされた。痛い……。
そんな否定しなくてもいいのに、狭い船の廊下を移動し、ラフサンの与えられた部屋の中に入る。その印象は一言で言うなら簡素。余計なものは一切ないという、子供の部屋にしてはさみしい。
「カオルさん、生きてたんですね」
通訳さんが飛びつくように現れたものだから、カオルは驚いて殴りそうになった。
「アナタ怖いよ」
「ごめんなさいね」
カロロス君がカオルの服をひっぱった。
「何?」
「あ、ここだ。あったかい手をしてるね」
ラフサンに手をぎゅうっと握られた。子どもの手は小さいのに温かく柔らかく、力強い。
目が見えないラフサンはさわさわと彼女に触った。
「かたい」
「こら」
ベットに腰かけ、三人でおしゃべりをする。しばらく話しているとカロロスがコロッセオの話をしてくれた。時々言葉が分からず通訳さんが説明する。
「コロッセオの立つ限りローマは立つ。コロッセオの倒れる時ローマは倒れん。といわれているぐらい象徴になっているんですよ」
「へぇ」
「アレは一日中開幕していて。午前中は猛獣狩りか猛獣の戦い、お昼時には公開処刑、午後は剣闘士の試合。といったように見物人は基本朝から晩までいます」
「死亡フラグしか見えない」
そんなとこに売られる予定なのか、遠い目をしているとラフサンは手を打った。
「カオル、そこ行くなら言葉覚えようよ」
通訳さんの手を握り、にっこり微笑んだサフラン。通訳さんは別にかまいませんよとほほ笑んだ。あなたハイスペックですね。
「……言葉覚えるのは構わないんですけど」
カオルは腕を組んで頭をうなだれた。
「私勉強嫌いなんだよなぁ」
そんな顔してると通訳さんに言われ、首根っこをつかむと顔を真っ青にさせながら謝罪を連呼した。殴ったことないのにそんな怯えられるとは心外だ。
「じゃあカオルができるようになるまでお勉強だ」
嬉しそうなラフサンとカロロスの笑顔を見ると、カオルは今の自分の置かれている状況を忘れそうになる。
生きるために人は学ぶのか、学ぶから人は生きるのか、人生とは本当不思議だ
「僕が先に言葉覚えたら、カオル脱いでくれる?」
カロロスの言葉に三人は固まった。
彼は正真正銘エロガキだった。
「脱ぎません」
「ちえ」




