お邪魔するようで
ライオンか、慰めものか……今なら慰めものでもいいかもと本気で考えてしまうが、自分だけのことではないから思いとどまってしまう。
いやこの状況なら自分本位で考えてもいいのではないだろうか。
(どうしようどうしたらいい? 誰か選択肢をください)
ほんとなんでこんな目に。
ただ純粋に生きてきて、古代に来ちゃって、仕事して……拉致られて陸につかない船旅を続けて
あぁもう私船が嫌いになりそうだわ。
「……あれ?」
ライオンさん、お腹一杯なのか穏やかな性格の子なのか分からないけれど、こっちに関心全くなし。
「捕まえたばかりでついさっきまで興奮してたのに、今はやけに反応しやがらねえな」
(ネコ科だから狭い檻の中で落ち着いてるのかな?)
とか思ったが。どうやらよく見ると、寝たふりを決め込んでいるだけで耳と目はこちらを向いている。
そっぽ向いているがこちらの存在には気が付いていて、そしてそれに対してどうこうするという気はなさそうだった。
―――珍しく運命の神が私に微笑んだ!!
「このやろう動きやがれ」
男の一人が棒でライオンをつつく。心の底から思った。余計なことするなこの野郎、と
つつかれたライオンが怒り、棒を持った檻の外にいる男に飛びつこうとしたが、当然伸ばした手は届かず空を引っ掻く。
海賊たちのがっかりしたような声が上がった後、私をどうするかっていう話になった。
「じゃあ一日放置してみるか」
「ちょ」
ライオンさんと同居なんて嫌なんですけど。檻の中から抗議をすると男が鼻で笑った。
「女に拒否権なんてねぇんだよ」
イラッとしたが、どうしようもないことも事実で。悔しさのあまり自分の唇が震えているのが分かった。
あぁ、もう本当に……なんで他人によって自由を奪われ、人権を消され、人としての尊厳を否定されなければいけないのか
「同じ人間なのに、馬鹿みたい」
「あ?」
ただ悔しくて拳を握りしめる。
「あんたらだって家族いるんじゃないのか、家族がおんなじ目にあっても何も思わないのか」
「同情ひこうってのか? 無駄だ」
「違う」
同情ひいてるんじゃない、本気で悲しい。自分がこんな目にあってるから悲しんじゃない。どうしてこんな風に何も思わず当たり前のように簡単に人を物として扱えるのか。心が何も痛まないのかどうしてこんなことするのか、彼らのことを考えると苦しい。生きていくためだとしても、これじゃあんまりだ
古代と現代では考えることや価値観が違うことは分かっている。それでもそれに対して妥協などできない自分がいた。
それにそんなこと口に出すほど私はできた人間じゃないから。
「生きるために他者を犠牲にする人間は悲しいな」
腹部に鋭い痛みが走った。
「げほっ」
棒が鳩尾に入ったせいでうまく息ができない。起き上がることも出来ず、ただ睨んだ。
「分かりきったこと言ってんじゃねえよ」
「やめんか」
リーダーが止めようと一歩踏み出したが、男は首を横に振った。
「止めんでください。……なぁお前よ、いちいち何様なんだよ。上から目線で俺たちのこと見下しやがって。今はお前が見下される立場なんだよ。俺たちが哀れってか? だとしたらそういう目で見てるお前らのせいだよ」
ライオンが立ち上がった。騒がしいからなのか檻が狭くなったからか嫌そうに身じろぐ。うろちょろと周りを動いた後、少し離れてこちらの様子をうかがっている。
「お前に何が分かるんだ」
「ははは」
カオルは挑発的に笑った。
なぜこんな状況の中で喧嘩売っているのかは自分でもわからなかった。でもなぜか可笑しかった。でももしかしたら図星をつかれたからかもしれない。彼に言われて気が付いたのだ。
(確かに、私に人の、彼らの何が分かるっていうのだろう……そんなことで悲しんで、馬鹿みたい)
「笑うなっ! このやろう」
彼は棒でカオルの喉をつぶそうと襲い掛かったが、突如さっきまで様子を傍観して寝転んでいたライオンが立ち上がり、棒を抑えつけ噛みついた。獣の力には敵わず、そのまま男は棒をライオンに奪われる。
「!!」
「くそ邪魔するな」
二度目の奇跡……?
「おい、落ち着かんか。……なぁ嬢さんよ、あんまりうちのやつ怒らせないでくれよ、お前を殺さなきゃならんようになる」
ここに閉じ込めておいて殺す気はないと言うのか。
納得できなかったが現状では立場がやはり向こうに主導権があるため、カオルは黙って下を向いた。
「状況は変わらん、なら逆らうんじゃない。分かったか?」
分かっていても納得できない、何もできないもどかしさから下唇を噛みしめ頷く。どうしようもない悔しさもあるけど、まずここから出して欲しいと本気で願う。
もちろん心の願いなど無情にもそのまま放置されることになったのだった……




