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現代→古代  作者: 一理
海と船旅
50/142

そんな話をしたようで

 日が沈み、どこかで名前も知らぬ姿のない鳥の鳴き声が平地に響き渡る。

 何度も何度も死を覚悟し、夜を迎え恐怖を背に眠り、再び絶望の朝が明けた。そのたびに男たちは故郷の愛しいものたちのことを思い出し、諸刃の刃を手に戦場を駆け巡った。

 生きるために敵を殺し、祖国のために己の躰を投げ打って、赤い血と泥に汚れた涙を汗と称してただ雄たけびをあげ今日という日を過ごす。

 戦車から逃げ回り、歩兵の背を追い、馬に踏まれぬように姿勢を低く移動する。死の恐怖に頭をおかしくさせながらも彼らは生きていた。

「俺生きてるか」

 腐れ縁の親友の声を聴き、問いに対し笑う。

「そうだな」

「いいですか?」

「お、サイードじゃねえか」

 陣営からこっそりもらったのか酒を手にサイードはハニシュとシュルラットのとこへやってきた。

「どうぞ」

「悪いな」

「あんなにも一日ってのは短く感じたのに、今じゃ長く感じるよ」

 ハニシュの気の弱い言葉にサイードも頷いた。

「ロスタムは女神様の護衛か……大丈夫かな」

「さぁ、なんだかんだで兄さんは鍛えていましたから、多少は体力あると思いますが」

「そういえばカオルが来てから鍛えはじめてたな」

「あいつ怒らせたら俺の親父より怖いから、あいつの旦那になるやつ大変だ」

 酒を飲み回し、空を見上げる三人。

 夜の象徴である月と星がキラキラとこちらの心境など知らんと言わんばかりに美しく輝いている。

「なぁ、シュルラット」

「なんだ」

「マルヤム腹に子いるんだろ」

 シュルラットは無言で頷いた。サイードは不思議そうにハニシュを見る。

「俺に子どもの名前つけさせてくれよ」

「……ダメだろ」

 相変わらずのすっとんきょうな言葉にサイードは微笑む。けれど真面目な顔でハニシュは手にある酒を見つめながら続けた。

「俺さ、マルヤムのこと好きだったんだ」

「……」

「それ自覚したの、お前と結婚した後でさ。もう、手遅れなのわかってるけど、好きでさ。たぶん、ずっと好きだと思う」

「酔ってるのか」

 そんなわけないと分かっているのにシュルラットは問う。彼は酒を仰ぐように飲み、深いため息を吐いた後乾いた笑みを見せた。

「ははっそうかもな」

 目の前を鳥が飛んで行った。

「タマゴねーかな、探してくる」

「なぁ、ハニシュ」

「?」

 シュルラットはハニシュの目を見つめた。

「いつもそうだ。いつも真っ直ぐで一つのことしか見ない。だからダメなんだ」

「……ダメか?」

「ダメだ。周りが見えないと自分のことすら見えないぞ。戦場では特にそうだな」

 ハニシュは少し黙った後、目を下げた。

「戦場では頭を使え。終わったらバカになれ。いつもみたいに笑っていればいいんだ。縁起でもないこと、もう言うな」

 下げていた目を上げ、ハニシュはいつもの笑みを浮かべ立ち上がり、「ひゃっほーい」と奇声を放ち、手をあげて鳥の背を追いかけていった。サイードはその背を見送りながら、ゆっくりとシュラットのほうを見る。

「優しいですね、シュラットさん。ハニシュさんの心配をしたんですね。最近元気が少しなかったですもんね」

「……」

 酒を飲み、黙る彼に首をかしげる。

「どうしました?」

「俺は優しくなんてない」

 空を見上げる彼の目は冷たかった。サイードは酒を見つめ彼の言葉の続きを待つ

「……俺はな、マルヤムを手籠めにして手に入れた」

「へぇ、意外ですね」

「何故だと思う?」

「……そうですね。マルヤムさんを愛していたから、じゃないですか?」

「あぁ、そうだな。愛してた」

 空になった酒を求めシュルラットも立ち上がった。

「だから、傷心の彼女を慰めるふりして酒を飲ませて、手に入れた。ハニシュはバカだから俺の思い通りに動いてくれたから、彼女の心を手に入れるのも時間かからなかった」

「?」

 サイードは彼の言っている意味が理解できず、ただ見上げていると。泣きそうな顔でシュルラットは言った。

「マルヤムはハニシュが好きだった。気づいてなかったがハニシュも彼女が好きだったんだ」

 それを俺は邪魔したんだ。と彼は小さい声で告白した。

「……知ってました」

「ロスタムか」

「はい」

 サイードも立ち上がった。

「兄さんが貴方たちをとても切なそうに見ているときがあったので、尋ねたら……たぶん、そうだと」

「アイツは、よく人を見ているからな」

 ここにはいない親友の一人を思い出し、微笑んだ。知っていて何も言わず、見守っていたらしい不器用な親友を

「何か言ってたか」

「いいえ、何も」

 二人は酒をもらいに歩き出した。

「サイード」

「はい」

「俺は後悔はしてない。負い目も感じていない。でも、お前はそうしないほうがいい」

「……したくても、できませんよ」

 そういって笑ったサイードの笑みはマルヤムに似ていた。

 月は闇夜を照らし、人々に安息の眠りを平等に届けるのだった……。

 生きるか死ぬか、分からぬ明日を考えることを放棄し、今をただ歩く二人を草木はただ静かに見守る。

「僕は、ただの傍観者ですからね」

 最後につぶやくサイードの言葉は風に攫われ消え去った。

戦争中の彼らのことも忘れないでね、ということで書きました。

仲がいい三人だけど、やっぱり複雑な思いはあるということ

ロスタムはもう少し先になりそうです。

再会はもっと先になりそうです。

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