彼女はアレなようで
ロバに乗って商人たちが通る道を行き、首都アッシュールへ到着した。
人々は市場で買い物をしたり、活発的に生きている。こういうところを見たら現代と変わらないなぁと思う。
朝市とか私結構常連だったのよ、でもお年寄りには勝てず行くと必ずお目当てのものは売り切れだった……今でも悔やまれる、最後の一つだったミカン。買うか買わないか悩んでいる間に奪われるなんて
「おい? 大丈夫か?」
果物を見ているとロスタムに真顔で心配された。そんなにすごい顔をしていたという自覚はないけれど?
「……お、ちゃんといるな、ハニシュ! シュルラット!」
「やっほー」
「よおロスタム」
その声を聴き、カオルは苦い顔をした。
ロスタムはハニシュとシュルラットと約束通り合流する。彼らとは商人仲間でよく手を組んで商売しているからとても親しい仲ではある。……あるのだけれど
「よぉ『これカオル』!」
「カールムでのことまだネタにするか!」
威嚇する。
二人は笑いながら私から逃げる。他の使用人たちもそれをみて笑うだけでいさめたりなどしない。
「おい、お前らバカやってないで、行くぞ」
中に入るまでにさまざまな許可書を兵士や管理職に渡し、やっと城へたどり着いた。
フードの間から城の風景を覗き見れば、造りがやはり一般の家とは違う。あまりじろじろ見ても不審者扱いされるので黙ってロスタムについて行く。
ひときわ広い場所で無数の兵士と幹部か分からないが偉そうな面々に見つめられ、商人たちは自分が商いにしている商品を紹介、並びに偉大なる王へと献上していく様子を、どこか別の世界のことのようにカオルは無心で眺めていた。
勿論その行為に意味などなかったが、ふとカオルは立派な円柱の後ろに目をやる。
「……」
その子と目があった。見たのはほぼ直感に近いものではあったけど、彼女は私から目を逸らし、しばらくきょろきょろとしていたが背後で女官らしき女に声を掛けられていた。
「イナンナ様、お部屋に戻れられますよう」
「あ、うん。分かった」
「!」
やっぱり、日本語……!
ということは彼女もまた私と同じくトリップしてきた人間ということだろうか……? と、私の視線の先に気が付いたハニシュが笑顔で王に声をかけた。
恐れ知らずというか勇者というか、そのハッキリした性格はすごいなと純粋に思う。
「そちらに見えますは、アッシュルウバッリト王のもとに舞い降りたという、世に名高いイナンナ様ですか?」
「ん?」
王は振り返りイナンナを見た。
「あぁ、そうだ。神が我がアッシリアに降した女神、イナンナだ。商人は耳が早いな」
「情報は市場では大事なものですから」
「ははは、そうだな。イナンナこちらへ」
「あ、……えっと。私なんかが出ていいのかな?」
「よい、気にするな」
王の手をひかれ、イナンナは私たちの前に出てきた。美しい飾りに服に、至れり尽くせりの待遇を受けている彼女。
「おぉ、女神の肩書にふさわしく美しいですね」
「なんなら言いふらしても構わんぞ」
王と笑いあう商人たち。
そんなことに微塵も興味もないのか、噂のイナンナ様はヴェールの隙間から見える黒い瞳を真ん丸にして私のほうへまっすぐ歩いてきた。
私を見下ろして、少し考えたのち、王のほうへと振り向く。
「……アシュール王。私この商人の女性とも話してみたい……いいかな?」
「構わん。ロスタム・ナサといったか」
「はい」
「お前の妻を借りるぞ」
私とロスタムは同時にふいた。ハニシュはこちらをみて何かシュルラットに耳打ちしてニヤニヤしているのを見て、あとで絶対殴ると心に誓う。
「けっっ、決して妻ではありません! ごほん、いつなりともお貸しいたします」
「はは、ロスタムの妻とか」
「あ?」
睨まれながら私はイナンナの後ろをついて行く。
さすが宮殿内は外観よりも一層美しくかつ丁寧にできていた。建築ヲタクではないが、なかなか興味深いものがある。
(時々ちらっと見える銅像だかレリーフだか知らんけど、怖いんですけど……)
これまでの道中に一切の会話もなく、鑑賞もそこそこに案内されたのは、一つの立派な部屋だった。
「ここ、私の部屋」
部屋もらっているのか、使用人室で雑魚寝している私にとってはうらやましい限りですな。
カオルは心の中で毒を吐きながら苦笑いを見せた。
「ねぇ、あなた日本人よね? トリップしてきたの?」
「そうですよ。私からも一つ聞いてもいいですか?」
「何?」
とってもどうでもいいけど気になったこと
「なんで日本語がっつりしゃべっているのに通じてんの?」
「へ? なんでって異世界トリップ補正じゃないの?」
「は? なんて?」
イナンナ様は結構な思考の持ち主らしい。
私が普通のはずなのに、私がおかしいみたいな。おかしいこと言っている向こうが正しいみたいなリアクションされてしまった。普通にイラッとしたが、私は間違っていないはず。
「そっちはなんかカタコトでしゃべってたけど、韓国人? あれ? いまはペラペラだね」
「日本人ってさっき会話しましたよね、さっきはアッシリア語をしゃべってたんですけど」
やっぱりカタコトに聞こえるのか。ていうか異世界補正て何?
とりあえずそんなものは無いとだけ伝えておく。するとツボったのか女神様なぜか大笑い。
「補正なしで地道に覚えたんだ!? マジすっごーい!! 私、小野田七菜です。18歳女子高生だったんだけどなんか今は女神やってます! みたいな照れるー!」
「へぇ」
カオルは肩を強く叩かれながら思う。
……殴っていいですか?
「んで、おばさんは?」
「おば……紀伊カオルです。25歳の普通の会社員でした。で、七菜ちゃんはなんで女神やってんの? てかおばさんって言った?」
「トリップしたときに居た場所が神殿だったんですよ。で、いろいろあって女神に、どうせならイシュタルがよかったなー」
「殴っていいですか?」
そんなことしたら捕まりますよーと余裕ぶった笑みを浮かべられた。
殴ってもいいんじゃないかと本気で思う。
なんでこんなにハイテンションなんだろう。変な子だ。
「私以外にもトリップした人いたんだぁ、よかったぁ。……で、ものは相談なんですけど」
「はい?」
すっ……と、手を差し出した。
「私と、手を組みませんか?」
は?
それは聴き慣れたはずの日本語だったのに、少しも言語が理解できなかった。