侮れぬようで
強制的に海に沈められたが、その原因である船の乗組員によってカオルはなんとか海から出ることができた。
そして目にしたのは黒髪、黒目、褐色の肌、そして一枚布みたいな服。
どこかで見たことあるあの格好……ぼーっと放心しながらもしっかり周りを見ていたカオルは水をもらい飲み干した後、ふっと思い出した。
(女の人アテナ象の服装に似てる……ってことは、こいつらギリシャ人?)
なんでこんなところに?
「……」
おそらくギリシャ人の団体は、カオルのほうをたまに見ながら何か話しているが、彼らの言語はカオルには分からない故に好印象なのか悪印象なのかすら定かではない。不安に思っていると一人の女性は優しく微笑みながら肩をそっとつかみ、客室なのかどこか人のいない部屋の中に招き入れてくれた。
部屋にあった立派な長椅子に座らせてもらい、カオルは頭を下げる。
「ありがとうございます」
通じないとは思うが一応お礼を言う。彼女はにっこりと笑うと、また部屋の向こうの輪の中に入って会話に参加し始めた。
(なんというか……助かった! という感情より、私は今どこに向かってるんだ? という疑問のほうが大きいよなぁ)
立ち上がり扉近くまで行き、声をかける。
「えーあの、言葉通じますかねー? もしもーし」
「……」
ギリシャ系の人たちは同族同士で会話するだけで、カオルとはやはり通じないようだ。というか話を聞き入れてもらえているのかすらあやふやではあるが。
することもなく、しばらく大人しいく黙っていると、にっこりと堀の深い顔の老人が現れ、カオルに声をかけた。
「貴女、シリア人?」
「え、ええっと、違います。とりあえずアッガド語なら通じるんですけど」
「はいはい、名前は?」
通訳しながら他の人に私が何者であるか伝えているようだった。
「行くあては?」
「あ、ヒッタイトのカールムまで送ってくだされば、自力で帰ります」
小さいお子さんがちろり、と顔を見せた。
(あぁ、この人たち……金持ちだな!)
なんか旅行でここまで来てましたっていう雰囲気がビシビシ伝わってくる。
旅行してくれなければ海の藻屑になっていたであろうカオルからすればありがたいことではあるが
「ヒッタイトね、通るっちゃ通るね。はいはい、ちょっと聞いて来るね」
通訳さんはニコニコしながら去って行った。なんとなくあの人の通訳聞いてると、私の日常会話もあんな感じなのだろうかと思ってしまう。
「……」
取り残されたカオルと、何故かずっとこっちを扉の向こうから眺めてくる男の子。
珍しいのは分かるけどそんな食い入る様に見られたら穴が開きそう。カオルはにっこり微笑んでおいでおいでをした。隠れるようにこちらを見ていたから来ないかと思えば意外とすんなりとやってきて、カオルの横に座った。
にこーっとほほ笑む少年。
「…………あ、は、はは」
手を掴んではぺちぺち叩いたり、撫でたり、カオルの髪の毛を軽く引っ張ったり、なにやら執拗で正直ウザったい。
(やけにベタベタ触るじゃないですか、何? そんなに珍しい? 一応人間なんだけどな)
言葉通じないから何も言わず、ただされるがままでいると通訳人が戻ってきた。
「貴女とりあえずこの部屋、自由ね。服ね、これ着替えていいって。食事また誰かもってくるからね」
とことこ言うだけ言って歩いて行こうとした通訳人をカオルは急いで呼び止めた。
「あの! この子は?」
「え、あぁ。コノコね。この船の持ち主のコンスタンティノスさんの御子息カロロスさんです。7歳です。聡い子ですから、逆らわないこと祈るね」
よくわからない忠告をもらい、カオルはもやもやした気持ちで横でにこーっと笑っているカロロスを見た。
「カロロス君、言葉分かる?」
にこーっと笑う。そうだよね。大人分からないのに子ども分かったらどんだけ天才なんだよってなるよね。
カオルはため息ついて、服を掴んだ。
「着替えたいの、いい?」
「!」
カロロス君は嬉しそうにカオルの服を掴んで脱がし始めた。
「ッぎゃああああ!!!」
カオルは悲鳴をあげて拳を振り上げたが、扉を女性があけ、急いで駆け寄ってきた。
「あっぶなー……」
子ども相手に殴りそうになっちゃった。だって破くように服奪うんだものびっくりしちゃった。
「!」
母親なのだろう女性に何か言われて渋々部屋を出る、女性は頭を下げて部屋を出た。
なんだったんだろう。
とりあえずあの子供は要注意人物だ。




