勢いにのったようで
夜中、カオルは目を覚ました。眠たくないから、というわけではない。ここから抜け出すためだ。
「……うし」
立ち上がり、そろりと部屋を出た。真夜中なだけあり船の中は物静かで、見張りが遠くを眺めているだけだった。このまま見張りに助けを求めてもよかったが、さすがに自分のせいで誰かが痛い目見るってのは可哀想だから自分の力でどうにかすることにした。
別の部屋に移動すれば机の上に果物と、それを切るためのナイフが放置されていた。
カオルは後ろ手でナイフをつかみ、身体をうまく使い、どうにか縄を切ることが出来た。その際ナイフの刃のほうに触れてしまい、手が血まみれになるというミスをしてしまい、カオルは傷口を見つめる。
―――ズキッ
「痛っ! ……え?」
手ではなく、頭が痛くなった。
(貧血?)
そういえば、何も食べていなかったとカオルはハンカチを取り出し、切れた手の手当てをした後、放置されている果物をつまみ食いする。
「ちょっとしなっちゃってる……って、ンなことしてる場合じゃなかった」
果物を口に放り込みながら甲板に出ると、幾千もの美しい星々が見えた。それはまるでちりばめられた宝石のように輝いている。
その一方で月の光の弱い夜は闇が強く、吸い込まれそうなそんな感覚に襲われ、カオルは目を閉じた。
「綺麗な星ですよね」
カオルは驚いて振り返った。
長方形の布で、頭を覆い、肩で折りたたんだシェイラという格好をしている女性が優雅に佇んでいた、にっこり微笑みながらカオルの横に立った。
「星は、どんな宝石よりも美しい。我々が手を伸ばしても届かないんですよね」
「……そうですね」
にっこり微笑み、彼女は星を見上げた。彼女の目に映る瞳の中もきれいな星が映る。カオルも倣って空を見上げた。
この広い宇宙の中に一握りの命を与えられ、生まれてきた人。
どの惑星にも、私たちのような生命体はいない。
「なにしてんの」
カオルは振り返った。今度はアリーが居た。
わ す れ て た。
「やっば、やっば! 忘れてた」
「ほら、夜は長いんだから……まだ寝てようよ。それとも俺と一緒に寝る?」
「クタバレ!」
笑えない怒りと同時に手を使えることを思いだし、怒り任せにカオルはアリーに先制攻撃を繰り広げるが、軽くよけられた。
そのままの勢いのままカオルは海に飛び込んだ。
「あ」
「え」
意味? いいえ、意味なんてありません。ただ勢いで飛び込んじゃっただけ。
「ええええええ!! カオルちゃん!?」
じわり、手の傷の痛みが広がっていく。
水につけたら傷ってふさがらないんじゃなかったっけ? それよりも長時間海に沈んでるほうがやばいんだっけ?
「ぷあっ」
水面から上がり、周りを見ると、船がすでに遠くにある。古代の船のくせに意外と速いじゃないか。
見ればどうやら明かりを水面ギリギリまで近づけて探してくれているようだけど、此処にいるから届かない。声を上げても聞こえないだろうし、手を振ってもこの闇夜なら何も意味をなさないだろう。無駄な抵抗はせず波に身を任せないと後が辛いだろう……。
どこか他人事のように考えながらカオルは寝そべる様に浮かぶ。
海難事故にあった時の対応法は覚えてる。だからひとまず大丈夫だろう。が、カオルは思った。
(地中海って、鮫いるの?)
思った後考えるんじゃなかったと後悔する。
「……」
終わった?
「!!」
よくわからない言語が聞こえた。
「あん? え、ちょ……ぷわああああがぼがぼがぼ」
カオルは人工的に作られた波を浴びせられ暗い海の中に沈んでいった。




