偉そうなようで
アリーはイブンを随分とこき使っている。
部屋にワインを持ってこいやら、飯持ってこいやら、布団が足りないとか
(こいつ、この部屋に来てから一切動いていない)
人を顎で使うって、まさにこのことだな。
カオルはいろんな意味で感心していると、イブンに睨まれた。
(何さ)
腕を縛られやることがないのだ。見ていたっていいじゃないか。口を尖らせ不服を示すが、無視された。
「カオルちゃんってさ」
「あぁ?」
「うわあ、ドスの聞いた声……怖いよ?」
ちっともそう思ってなさそうな笑顔で言われても。
カオルは壁にもたれながら「で?」と訊ねた。
「今拉致されてる状況になるのに、怖くないの?」
「やってるやつが何を言うか」
「そうだけど、普通はさ……『怖いわ……あたしをどうするつもりなの』とか、『怖い、けど、胸が高揚してる……なぜかしら。まさかこれは』」
「恋……」という前にカオルは前に二度転がり、踵落としを喰らわせた。素晴らしい茶番劇に、カオルはとてもじゃないが耐えられなかった。
「キモい」
鳥肌が酷い。
本気でぞわぞわしたぞ。
「いってぇー」
どうやらアリーは完全に出来上がったらしい。
船は港を出航してからワイン3本も空けたらそりゃそうだろうな。
「ねえねえ、カオルちゃん」
足を掴まれた。
熱くて湿っぽい手。
「俺と遊ぼ―――」
掴まれていなかった足で顔面蹴っ飛ばしてやった。手加減? 必要ないでしょ
「お前はどこの酔っ払いだ」
「うへへ~、ここの酔っ払いだー」
「できあがってる……」
不機嫌そうなイブンが蝋燭を持って戻ってきた。
もうすぐ日が沈むらしい。
確実に泳いで帰れる距離ではない。
これはもう諦めてエジプトまで行って、腕の縄をほどいてもらってから、全力で元凶を締め上げるしかない。
カオルとは少し離れた壁にもたれ座るイブン。
三人一部屋。なのか……まさか
「ねえアリー」
「なんですかー? 甘えたいのかなー?」
「もう一発蹴ってやろうか」
倒れていたアリーは起き上がった。彼に問う。
「私もこの部屋なの?」
「隣に借りてるの一応あるよ。あれ? なんでイブンここにいるの?」
「貴方がバカなマネをしないよう監視しております」
「えー」
手をひらひらさせながら、ゆっくり立ち上がるアリー。
「俺が何したってのよー」
「……言ってもいいんですか」
「え?」
イブンが正座した。
「例えば……女性を10人部屋に連れ込み、金をばらまき、酒を飲み放題で大騒ぎし、酔いに騒いだ挙句その国の兵に捕まりそうになるし、結果。朝に連れんだ女たちに身持ちを盗まれていたとか」
何それ最低。
「そう、暇になったからとワインを10本持って兵士の休憩室に突っ込み酔わせ潰し眠らせた後、身包みを剥ぎ、近くの通行人に変質者と報告し、別の兵士に運ばせたり」
何それゲスイ。
「確か、急に犬がほしいと急に言いだし、犬探しに山に入って野犬に追われ、連れて来ていた付き人を犠牲に一番最初に逃げて安全圏で高笑いしていましたね」
「なんだよ、お前根に持ってたのかよー。いいじゃんか、狂犬じゃなかったんだし」
アリーはイブンのほうに行って横に座り、肩をバンバン叩いていた。
「イブン」
カオルは声をかけた。
「酔っ払いに皮肉通じないよ」
「通常でも通じないので、お気になさらず」
「なるほど」
通常運転の酔っ払いやろうってことですか。
カオルは呆れながらイブンのほうに近寄った。
「あんたは私と同じ部屋嫌でしょ」
「ええ」
はっきり言いやがった。それはそれで腹立つ
「じゃあそのままアリー抑えてて」
「……」
カオルに命令されているようで不満なのか、無言でこちらを見つめている。
「お・願・い・し・ま・す」
「……何をするつもりだ」
「こうするつもり」
嫌々な顔で主を掴んだイブンを見た後、立ち上がったカオルは体を捻り気合い入れた。
「とう!」
横蹴り。
アリーに綺麗にヒット。
「!?」
驚くイブン。アリーは驚く間も悲鳴を上げる間もなく床に倒れた。
「よし」
「貴様!」
剣をすらっと抜く。やる気満々なイブンにカオルは叫ぶ。
「何でよ、過保護かお前!」
「お前がおかしいんだろうが!!」
「私は身の安全のためにやっておいたんだ!」
間違えても殺ったわけではない。そしてこれは立派な正当防衛だ。
「どういうことだ」
「さっきの話から察するに、アリーはテンションあがったり酒に酔ったりすると、こう、とんでもなことしだすんだろ?」
「ええまあ」
そこは否定しない従者。ある意味お墨付き。
「さっきから地味にセクハラされてるからね、迷惑行為される前に行動不能にさせてもらったってわけ」
「なるほど」
それでいいのか剣をしまう。
「私もあんたらと一緒に寝たくないから、隣の部屋行く。いいでしょ」
「逃げるなよ」
背中に刺さる視線に振り返った。
「海の上をどう逃げろって?」
強気な笑みを浮かべ睨み返す。
「……」
「……」
しばし降りた沈黙。
カオルはあることに気が付いた。
「ねえイブン」
「なんだ」
扉を足で蹴った。
「開けて。隣の部屋までエスコートしてよ」
「何故してやらなければ……」
「じゃあ縄解いてよ」
「……」
主を突き飛ばし、立ち上がった。
大事にしたいのかそうでないのかはっきりしないなこの人。
「行けばいいんだろ行けば」
扉を開けてくれた。
もう少し女性に優しくてもいいんじゃないだろうか。
「ありがとう。帰りも扉閉めて行ってくれるんでしょ? もちろん」
「いちいち聞くな。開けたら閉める……当たり前だろ」
その言動にイラつく。たぶん向こう同じこと思ってるだろうけど
((ほんっと可愛げがない!!!))




