捕縛されているようで
カオル。
名前を呼ばれて顔を上げる。よく似た顔つきの、愛想のいい笑顔を見せては幸せそうに微笑んでいた。嗚呼、懐かしい顔だ。そうだ私にはあまり似てない双子の片割れがいたんだ。
『おいしいお菓子を作って人を笑顔にするんだ』そういって彼女は勉強のため海外へ渡って行った。最後に会ったのは二十歳の成人式の時だろう。
……嗚呼。彼女の名を呼ぶが声にならなかった。
広い無限に広がる宇宙のようなこの空間。きっとこれは夢だろう。けれど、目の前に儚く浮かぶ人物は確かに自分の知っている双子の片割れで、手を伸ばせば向こうも返してくれた。
お互い老けた……いや、訂正。お互い成長した。だからこそ疲れてるらしい。
「はは、お互いなんか悩みあります、みたいな顔してる」
体温の感じない手を握ると、向こうも微笑んだ。たぶん同じことを思っているんだろうな。
おでこをこつん、と当てられる。
「?」
彼女の口が動く。読唇術が使えなくても一緒に生まれてずっと一緒に育ってきたから、彼女が私に伝えたい言葉が容易に分かる。
「そうだね」
久しぶりに微笑んだ気がした。
「夢でも、会えて嬉しい」
頬が涙を伝うのが分かった。
「頑張って、……夢、叶えて」
暗闇を明かり照らすように、白い光が世界を包んでお互いの姿を隠した。
「夢……だよね」
分かってはいた。けれど、今は何が『現実』かあやふやだ。
「起きた?」
「え?」
もう一度、え?
なんで? アリーがいるの? あぁ、正しくは私がアリーといるのか、だけど。いやそういう問題ではないんだけどな。目覚めたばかりの鈍い思考回路では情報が全く脳に入ってこない。
「アリー様、船の出航の準備終わりました」
「あっそう、じゃあ飯の用意頼むわ」
「畏まりました」
恭しく頭を下げ去っていくアリーと一緒にいたマントの男。カオルは周りを見るとどうやらいつの間にやら船に乗せられているらしい。
「ここ……ヒッタイトのカールム?」
「そうだよ。だから俺もマント着用」
へえ、いや納得できない。
「なんで私までここにいるわけ」
「お持ち帰りしようと思って」
「誰が誰を?」
「分かってるくせにー!!」
拳を握り殴りかかろうとした際、違和感に気が付いた。
(腕が上がらない)
というか、気絶している間に手首を縛られているようだ。これではまるで罪人のような扱い。マントの下でくくられているため他者は気が付かない。
「チッ」
「カオルちゃんが強いの知ってるからね」
船が出港した。
「ちょ、ま、ウソでしょ!」
立ち上がり港のほうを見れば、どんどん船が離れていくのが見える。これ、完全拉致じゃないですか
アリーをキッと睨みつけ、怒鳴る。
「いいかげんにしろ! 私はお前とエジプトに行く義理もなければ意味もない!」
アリーに顎を掴まれる。
「義理も意味もいらない。ただ俺と来ればいい」
「お前、自己中心的にもほどがあるぞ」
「人間なんてそんなものだろ」
唇が合わさる、口内に侵入してくるものが不愉快で、カオルはそれを思いっきり噛みつこうとしたが避けられた。
そういう勘はまぁまぁあるらしい。
「船旅は長い、まぁゆっくり仲良くしようよ」
「ッ……!!」
「うぎゃ」
首筋を軽く噛まれ、カオルは渾身の頭突きをかました。苦し紛れの一撃だったがいい感じに入ったので良しとしよう。
アリーは恨めしいものを見るように顔を抑えながらも指の間からカオルをにらんだ。
「ちょっと観光行くと思えば楽なもんじゃない。なーにわーわー怒るんだが。ワニみたい」
「噛みつくぞこら」
んでもって引きちぎるぞ、という前に首元がちくりと痛んだ。
それに目を向けるまでもなく感触で分かった。
「女に剣向けるなんて、よっぽど神経質な従者なんだな」
「ふん、マトモな女なら男に攻撃したりしないさ」
「やめろイブン」
しぶしぶという感じで剣を下げた。一応主従関係はあるみたいだが、緩い感じはする。いったいどういう関係なのだろう。分からないが、カオルは気に食わないと口を尖らせ、考えることを放棄した。
この従者はイブンというのか。まるで鷹のような顔つきで……あえてかしらんが目つきも悪い。
絶対こいつ性格卑屈だわ。
そんなこと思っているとイブンと目があった。
「お前卑屈ってよく言われるだろ」
「気が合うね。私もあんたのことそう思ってた」
雷がバチバチ言う中、一人酒を片手に床に座り込んで飲みだすアリー。ぐいーっと一気飲みを終わらせた後、ため息を吐いて笑顔で二人を見た。
「君ら仲いいね」
「「御冗談を!」」
船が進む、何とか隙をみて逃げなくては、そう思いながらもただ空を見上げるしかない。潮の匂いを嗅ぎながら目をそっと閉じた。
(私……何してるんだろうなぁ……)
広い青空を見上げるのを放棄しながらカオルはただただ悩むだけだった




