任せたようで
なぜ、と言われても『成り行き』としか言いようがないが、そこは女神を演じてきた七菜様。笑顔で言い切った。
「もちろん、アッシリアのみならず、オリエントに愛を届ける為です」
意味が分からないよ。カオルは七菜にこっそり声をかける。
「七菜、結局どうするつもり?」
「とりあえず、打開策を見つけたからお城に向かう」
「勇者だな」
一体どこからそんな発想が出てくるのか。ねずみのせいにするにしても、病気が治らなければ意味がないのではないだろうか、っていうか病気治るまで戦争協力しないって話だったら間に合わないのでは?
それに、どうゆう方法で城へ向かい、女神というつもりなのだろうか。
「……」
考えてないんだろうなぁ。
「紀伊さん」
「断る」
「まだ何も言ってない!!」
頬を膨らませて文句を言う七菜。
全然可愛くないから。口を尖らせながらにらむ七菜の唇をつかむ。
「女神様」
先生が七菜の手をつかんだ。
「ぜひ患者たちに一目会ってやってくれませんか。女神様が来てくだされば患者たちの気も変わろうものでしょう」
「え、ええ」
まさかの展開に七菜は困ったようにカオルを見た。
「もちろん、女神様は愛を届けにきたのですから」
「あ、な、き、ちょ」
七菜は奇声を放ちながらも何かを伝えようとしていたが、自分でそういった手前なんということもできず、口を金魚のようにパクパクさせながらカオルを見つめる。カオルはしらっとした顔で七菜を見た後、先生のほうをふり返った。
「女神様が患者さんたちの看病を買って出てくれるそうなので、私はこれでお暇します」
「おぉ、なんとありがたい。看病の手伝いまでしてくれるとは」
「紀伊さん!!」
先生に手を掴まれ逃げられない七菜を無視して去ろうとしたところ、別のところにいたはずのルシアがやってきた。
「ルシア?」
「どこか行かれるのですか?」
「私、もともとこっちにいられるの三日までだったの。だからこれからは七菜のそばに居てやれないの。ね、ルシア」
彼と同じ目線になり、肩をつかんだ。
「七菜は我儘だし、いいかげんで馬鹿だけど、根はいい子なんだ。分かるよね」
「なぜそんなことをいうのですか? ご主人様はどちらへいかれるのですか? ボク、いらなくなったのですか……?」
捨てられた子犬のような顔で見つめられた。そんな目をされたら……いや、別に何も思わなかった。私に子どもを見てきゅんとなるという感情はないらしい。
「違う違う。いらないとかじゃないし、っていうか私ご主人様じゃないから」
「いいえ違いません! だって、僕のこと守ってくれたじゃないですか!!」
「七菜の気持ちの代理しただけだよ。七菜は君のこと守ろうと前に出た、そして大事なものも渡そうとした。その気持ち、汲みとってほしい」
「もちろんナナ様も、ボクにとって大事な恩人です。命を賭して守る覚悟です」
「そこまではいいけど」
カオルは困った顔で笑い、ルシアの頭をなでた。
「私は、君の恩人じゃない。ただ口のまわるおばさんだから。……言ってて悲しくなってきた。とにかく!」
カオルは立ち上がった。
「七菜のこと、頼んだから。彼女、寂しがり屋みたいだから傍にいてあげて、それで時々でいいから」
微笑んだ。
「叱ってやれ」
よく落ち込み、よく我儘いい、よく無鉄砲なことをする彼女だ。誰かが止めてやらねばなるまい。女神ゆえにそうしない人の代わりに、できるなら叱ってほしい。それができないなら――――
「もしくは、話し相手になってやって」
「ボクなんかでよろしければ、いつでも」
「じゃ、頼んだから」
ウガリットに戻るため、踵を返した。
「紀伊さん!!」
七菜の声、振り返ることはせず去った。
これ以上残ることはできない、ここから先は、七菜の良くも悪くも運次第
「頑張ってねー」
振り向かず、手だけ降った。
あなたは女神、私は庶民。共通点は同じ国の異邦人。違いはただ少しの志し。
――――歴史だって関係ないよ、私たちは『今』この時代を生きてるんだもん。だったら、私たちだってこの時代の人じゃないの? それでこの時代で何か残したいと思うのは、いけないことなの?
私は残さないよう、目立たないよう生きていこうと決めていた。ここで朽ちることを決意していたのに、ここで本当の意味で生きることを私は逃げていた。
彼女の言葉で、私はそのことに気付かされた。私はたぶん、七菜に嫉妬していたんだと思う。
同じような境遇で、気が狂いそうな現象にあっているのに、彼女は女神と称され王宮で手を汚すことも、汗を流すこともせず楽に生きて暮らしているということや、楽しそうに笑っているということが、気に食わなかったのだろう。
(本当の女神になるといった彼女に、私は危機を抱いた。それは単にすべてを奪われると思ったからなのだろうか……)
事実、彼女は私から私の大事な人たちを連れ去って行った。
(違う、戦争は彼女のせいじゃない)
分かっていても、不安になる。きっと彼らは大丈夫だと言い聞かせてはいたけど、もし大丈夫でなければ? もし、誰か一人でも欠けてしまったら?
(その時、私は彼女を許すことができるのだろうか。いくら彼女のせいではないとしても)
私の日常を壊した彼女を、許せるだろうか。
分からない。そうなってしまえば、心細い彼女の支えになるのはルシアしかいない。彼女もまた運命に翻弄された可哀想な少女なのだから……
「私は何故、ここにいるんだろう」
彼女は神に望まれたのだろう。なら、私は?
答えは出ず、知るすべもなく、ただ彼女は来た道をたどる様にして帰っていくのであった……。




