少年と出会ったようで
掃除と片づけを終わらせ、食事をするため移動すると、ふっくらしたおばさんが水の入った壺を重たそうに運んでいた。
「さぁ、女神様出番だ」
「えー」
おばさんに声をかけて、壺を運んでいく。結構重量のある水壺を三つぐらい運んだくらいで終わった。
「ありがとうね!」
「いいえ」
ふっくらしたおばさんは「ちょっと待ってなさい」というと奥に引っ込み、できたてほやほやのナンを持って来て、ほらっと手渡してくれた。
「昼飯の用意まだできてないから、それで腹の虫押さえておきな。あと、これもお食べ」
色の薄いリンゴもくれて、二人はお礼を言って席に着いた。
他の客もちらほら座って待っている。
「……」
ふと視線を感じ横を見た。
「!」
小さな少年が目が合うと急いで扉の後ろに隠れた。カオルはリンゴ持って立ち上がり少年のところまで歩いて行った。扉の陰にいる少年を覗き見るとお腹をおさえていた。
やっぱり
「はい」
リンゴを少年の手に持たせる。
「内緒よ?」
少年はぱああっと顔を明るくさせた。
「盗られちゃうかもしれないから、ここで食べちゃいな」
カオルも少年の横に座りおばさんからもらったナンを食べ始める。
「何してるの?」
七菜が顔を出す。
「紀伊さんの息子?」
「ここにきてまだ二年にも満たないよ」
分かってて言ってるんだからなお性質が悪い。七菜は少年に「飲み物いる?」と持っていた飲み物を上げていた。意外とモノを与えることもできたんだなぁと失礼なことを考えるカオル。
「!」
少年は七菜の腕をつかんだ。その眼のいくところはターコイズの腕輪だった。
「……これ、イルタの?」
「イルタを知ってるの?」
七菜は少年と同じ目線まで座り込んだ。
「イルタは、僕と同じ奴隷として売られてきたんです」
「そう、なんだ……」
しょぼんとしてしまった。
「ルシア!!」
商人のような恰好をした髭の立派なオッサンが現れ、鞭を撓らせ少年をぶった。
「いいつけを守らず何をしている。さっさと仕事しろ! 売られたいか!!」
「やめてよ!」
七菜が間に入った。
「こんな子どもに可愛そうだと思わないの!?」
「どこの小娘か知らんが生意気言いよって! 自分の奴隷ぐらい、どのように扱ったって構わんだろうが! 鞭を食らいたくなければ、さっさとどけ!!」
「っ」
七菜がターコイズに手を伸ばした。その行為の意味することを察したカオルはターコイズを隠すように七菜の手に触れ、前に出る。
「申し訳ありません、こちらのお嬢様はほんのものを知らぬ商人家の娘でして」
「え」
「なんだと、商人に見えんが」
今は市場で買った安物の服だから、そうだろうなぁとカオルは思いながらも笑顔を見せた。
「うちのお嬢様は倹約好きで、旅行に来たというのにこのように安い宿に泊まる有様で」
チュニスの宿の皆さんごめんと心の中で謝罪しつつ、ずいっと前に出て説得を続ける。
「うちはアッシリアのしがない商人家ですが、このお嬢様このように少々風変わりな風貌をしていますでしょう?」
「ん? ……うむ、まぁ、そうだな」
日本人特有の、平たい顔。
「ココだけの話、実は彼女アッシリアの王子のご寵愛を受ける身でしてねえ」
「なんだと!」
「まぁ、ウソだと思うでしょう。そうでしょうとも」
うんうんと頷き、耳打ちする。
「ですが、この言葉嘘でないと証明する品が、ほら、彼女の腕に」
ターコイズの腕輪を見る。
「彼女は倹約家ですから、豪華なものはいりません。王子の身に着けている服についているその宝石を下さい。とお願いし頂戴したのがあれです」
「お、おお」
カオルはふうっとため息を漏らした。
「まったく。うちのお嬢様はその日のあったことをすべて包み隠さず王子にいう癖がございましてね」
「!!」
「もしかしたらさきほどの脅しも王子に伝わってしまうかもしれません」
「なな、なんと! わ、わしを脅す気か?!」
「いえいえ、私は同じ商人として助言しているだけですよ」
なんて、嘘だけど。心の中で舌を出しながら表面上親切で言ってますという顔をつくろったまま笑顔を見せた。
「あぁ、あの少年のこと、お嬢様は気に入ってしまったらしいです。どうでしょう? お譲りいただけませんか?もちろんタダでといいません。今ならエアの像とわずかな賃金でどうでしょう」
普通に釣り合いません。
しかしここは商人『つながり』が大事と重々承知のはず、ならば乗るしかないだろうと男は頷く。
「いえいえ、ご寵愛を受けているお嬢様に対し、失礼な物言いをしてしまったお詫びということで、その奴隷は差し上げます」
商人は七菜に頭を下げている。
「私はヒッタイトの商人、ラームと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「え? あぁ、はい。どうも。いや、んんっ。ごほん。ありがとう。このご厚意は忘れません」
七菜は何が何だかという顔をしていたが、とりあえず合わせたようだ。
さすが女神のふりして王様にため口聞いていただけある。……褒めてるんだよ。
「えっと?」
にこにこ笑顔を作って去って行った商人を見送りながらルシアは驚いた顔をしていた。
「とりあえず、飯を食おう」
カオルはそういって宿の中に入って行った。
「だって、いこ。えーっとルシア?」
「いいんですか? ボク、役に立たない奴隷なのに」
「うん! 役に立たないとかないよ。それに、君はもう奴隷じゃないよ!!」
笑顔の七菜をみて、ルシアは涙ぐみながら顔を下げた。
「私の知らないイルタのこととか、いろいろ教えてくれる?」
「はい!」
何も悩みのなさそうな二人の笑顔を遠い目で眺めながらカオルは微妙な笑みを作る。
食事の用意の整った席に着きながらカオルはこれから増えた宿代について頭を痛めるのであった。
(たく、病気調べに来たのに……余計なことしちゃったよ)
後先考えない自分の性格を呪うのであった。
これがいいことだったのかどうかも怪しい




