準備するようで
市場で七菜の服やマントやサンダルなど必要なものを買ってあげていると、七菜がふと自分の腕をじっと眺めているのが見えた。
「どした?」
「ううん……ただ、みんなどこいっちゃったのかなって」
「みんなって?」
彼女の腕にはシンプルな形の腕輪に大きな宝石が一個埋められていた。その宝石はここら辺ではなかなか珍しいターコイズだった。
それを見ながら七菜は元気なく項垂れた。
「イルタっていう女官が、もしものことがあったらこれを売ってどうにかしろって」
「一緒に来てたの?」
「うん」
気が付いたら神殿娼婦の馬車に乗っていた、彼女らは七菜を見かけたとき草むらで横たわっていたといっていた。着ている服がそこらへんの女物ものと変わらないということは、イルタという女官が七菜の入れ替わり、彼女を守るため隠した考えるべきだろう。ただ、その後彼女がミタンニの兵士に殺されたのか、それとも無事逃げ切れたのか分からない。
「……イルタは、大丈夫だよ。きっと」
「ありがとう」
ハットウシャへ向かうため、そこへ向かう馬車があるか探し始めたカオル。
その背を七菜は見ながら涙ぐんだ。
(紀伊さんいなかったら、私どうなってたんだろう……)
そういえばイルタって紀伊さんに似ていたような気がする。つんっとしているのに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるところとか、適年齢なのに結婚していないところとか。
(大人になるって、ああいうことなのかな)
そういうことをする自分の姿が思い浮かべることができず少し笑ってしまった。
「笑っているし」
さっきまで沈んでいた少女はいまは笑っている。落ち込んでいるよりはとてもいいがコロコロとよく変わる少女だと思う。
(妹がいたら、あんな感じなのかな)
と、市場を抜け家に戻っていると若い女の悲鳴にも似た泣き声が聞こえた。
「何?」
「さぁ」
家を人々が囲んでいる、倣って家を覗き込むと若い女が子どもの前で泣きじゃくっている。
「可哀想に、一週間前まで元気に外駆け回ってたのにな」
「首都での病がここらいにもやってきたんじゃないのか?」
「怖いこと言いなさんな」
老人たちの会話を聞き流し、死んでしまった子供を見ると腕に黄疸や皮下出血が見える。
「この家は貧乏で医者も呼べんかったからなぁ」
「あぁ、それにしても臭いな。ゴミを集めておったのか」
「病気になって死んでも仕方ないね!」
あまり評判のよくない家だったらしく、皆思い思いに好きなことをぼやきながらいつもの日常へと戻っていた。
カオルも居た堪れなくなり去ろうとしたら七菜が小さな悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
「でっかいネズミ!」
「あぁ、私も驚いたの。田舎では珍しいこっちゃないけど」
「お城になんかいなかったわ。猫はいたけど」
ハイハイといいながら歩いていく。
あとは、荷物をまとめてハットウシャに行く準備をするだけだ。




