不安なようで
背中を押すと焦りだした七菜は躰をひねり、カオルに再び抱きついた。駄々っ子のようなしぐさで微笑ましく見えるがその腕に加えられた力は全く可愛くないものだ。腹を圧迫されカオルは呻く。
「く、苦しい」
「なんで? ねえなんで? 助けてよぉ!!」
助けていう彼女に色んな意味で敗けそうなカオルは「分かった分かったから」と少ない腹に残る酸素を絞り出していった。人の力はこれだから侮れない。冷や汗をぬぐいながら椅子に座った。
「助けてって具体的にどうしてほしいの?」
「うん。とりあえず私の今の現状について説明するね」
七菜は戦争を示唆したが、戦況は劣勢。王の怒りを買い殺されそうになったところ、ヒッタイトに贈ることに変更。ヒッタイトとできれば対等な位置で交渉したい、協力という形にいきたいという思惑から女神を贈り、疫病を治すことでそれを成そうとしているという話。
「……普通に助けてって言えばいいじゃんね、背に腹は代えられないッつのに」
そんなことで意地や見栄を張ってどうするというのだろう、偉い人の考えは分からない。
「何言ってんの? 弱気な態度じゃ他国に不利な欲求されても断れずそのままいいなりになるじゃん。どんな状況でも誇りは失っちゃだめだよ。多少強引でも!!」
「なるほど、それで女神様は私に対してそんな強気なのか」
七菜はてへっとキャンディーのマスコットキャラのように舌をぺろっとだした。
結構お気楽に事を構えているが、本当にちゃんと考えているのだろうか?
「ねぇねぇ紀伊さん」
「ん?」
「お腹すいた」
子どものようにお腹をおさえながらじっと見つめる女神様。
カオルは溜め息を吐いて料理することにした。なんで自分がこんなお母さんみたいにこいつの世話を焼かなければいけないのか、文句は言いたいが、相手が未成年で自分が成人という立場から仕方ないと諦めた。
「豪華なもんはでないですから」
「分かってるよ」
笑いながら言われると、腹が立つものがある。
「左様ですか」
料理をしている最中、後ろで物音が聞こえた。何か弄っているのだろうか、特に見られて困るものもないので気にせず好きに放置しておいた。
しばらくして簡素だが料理ができた。
「できたよ……って何してるんですか」
「え? あぁ、せめて少しはかわいらしく机にテーブルクロスを」
「それはクロス用じゃなくて私のマントな」
ご丁寧に油入れの壺にどこかでつんできたのだろう花を挿しこんでいた。
「わ、メッザとケバブだけ? ねぇラム肉は? これぽっちなの~ねえー?」
「サラダが嫌なら食わんでいい」
「食べるけどー! お腹すいちゃうよー」
育ちざかりにはキツイと散々文句を言いながら食べる七菜を見ながら、カオルは考える。
市場、いかないとなぁ。
昔から仕事ばっかり優先して食事をおざなりにする傾向があるカオルは、買い置きをあまりしないタイプで、さっきも料理をしようとして材料が全くなかったのだ。一個だけあったリンゴを七菜に与え、自分も食事にする。
「紀伊さんって、男居なかったでしょ」
「あ?」
「うわ、こっわ。そんなドスのあるいい方しなくてもいいじゃん」
ミルクを飲み干しながらリンゴに手を伸ばす七菜。
女子高生らしくこういう話が好きらしい。
「仕事一筋~って感じだもんねー。でも商人のあの人がいるか……あ」
リンゴを持ったまま七菜の顔が曇った。
「?」
顔を覗き込むと、悲しそうな顔で七菜はカオルに「どうしよう」とつぶやくように言った。
「あの人、私を助けるために川に……どうなったんだろ」
「何の話?」
「商人の人が、商人の、あの男の人……私を助けるために、敵と一緒に川に落ちたの。そのあと私も気絶して、気が付いたら娼婦たちの馬車に」
「それ初耳なんだけど」
商人の男。私の知りえる商人の男は四人いる。ハニシュにシュルラット、アクバルやサイードに……ロスタム。
無事に帰ってくるって、ヤクソクした。きっと大丈夫。
「……」
「ごめん、いやなことばっかし私持ってきて」
七菜はしゅんと項垂れた。確かに七菜が来てからいい情報は一つも聞いていない。けれど七菜がすべて悪いというわけでもない、カオルは七菜の頭をなでた。
「その話は聞かなかったことにする。それより、自分のこと考えなきゃ」
疫病を治させないと、七菜もアッシリアも悪いままだ。
ヒッタイトとより深い友好をつくるにはこの方法しかないのだろう。なら、早くしなければ、手遅れになる前に。
「紀伊さん、ありがとう」
カオルは何も言わず、食べ終わった食器を片づけるために立ち上がった。
ケバブとは、日本でいうところの焼き鳥っぽいの。
ここではナンに少量の鶏肉とサラダを挟んだもので、肉の量が明らか少ないので七菜は文句を言っている。




