反省しているようで
カルカミスからウガリットにある与えられた家に戻ってきた。
簡素な日干煉瓦で作られた家はほとんど泥やなんかで塗り固めた家だけど、居場所としてはなかなか安心して住める。
「で、話というのは?」
「だから、助けてって言ってるのよ」
「それが人にものを頼む態度ですか。というか、女神様なんですから、こんなところにいていいんですか」
「敬語おっかしいー」
「殴っていいですか」
らちがあかない会話を繰り返していると、七菜は椅子に座り、笑顔で室内を見てまわした。
「なーんにもないのね」
「話聞けよ」
「……あのね、紀伊さん」
七菜は珍しくしゅんとしたおとなしい態度で下を向いた。
「まず、ごめんなさい。私紀伊さんの言ってる言葉の意味、分からなかったの」
「何の話ですか?」
「初めて会ったとき、私が女神になるって言ったら怒ったじゃない」
「それはそうですよ。歴史は人の手でつくっていくもの。私たちはこの時代に生まれた者ではない、つまり私たちにこの時代の歴史に鑑賞する権利はないと、私は考えているから」
「……何言ってるか分からないけど」
「殴っていいですか」
七菜は顔をこちらに向けた。
「それじゃ、私たちはこの世界で、生きちゃダメってことなの?」
「……」
「歴史だって関係ないよ、私たちは『今』この時代を生きてるんだもん。だったら、私たちだってこの時代の人じゃないの? それでこの時代で何か残したいと思うのは、いけないことなの?」
「……戦争をそそのかすのはおかしいでしょう」
「だから、それについてはとっても反省してるの。戦争ってあんなに恐ろしいものだと思わなかった。もっと客観して見れると思ってたの。私がバカだった。でも聞いて」
涙を浮かべる七菜だが、カオルにはそれが何の涙か分からなかった。
「紀伊さんは、この世界に来て商人に助けられたけど、私は違うわ」
「神補正どうのこうの?」
「最初はテンションあがったの。『やった! 退屈な日常から逃げ出せた!』って、神殿だったし、どのファンタジーな世界かなって」
大理石でできた床に、広い建物内、たくさん奉納された象に、池の水に浮かぶハスの花、そして後から出てきた神官の人たち。
彼らは私を女神か、聖女か、何と呼んで傅いてくれるんだろうって思ってた、けれど違ったわ、私を怪しい人物と罵り兵士を呼んで、すぐ囲まれたわ。
でも大丈夫王子様がやってきて助けてくれるって思ってた。わくわくしてた。どんな設定かなって、牢屋にぶちこまれても、盗賊か何かと知り合いになって逃げる話かな? って思ってドキドキしてた。
「でも、どれもこれも何もなくて。分かっちゃったの。ううん、最初っから分かってたわ」
これは現実、ただの運命も何もない、バットエンドしか見えない現実って
「死にたくなかった。学校でも、家でも、私の居場所はないのに、こんな誰も知らないような世界で死にたくなかった」
「……」
「だから、漫画のように、神の娘を演じたの。そ、うしないと、死んじゃうと思って。でもたぶん、信じてないと思うけど、王様は、わっ私を女神に仕立て上げて、国民の意思を操ろうとしたの」
涙を流しながら、たどたどしく語る七菜。カオルは七菜を抱きしめた。
生きたい。ただその意志だけで自分自身も偽り、周りを偽り、いつ捨てられるかおびえながら、バカみたいに笑っていた。疲れるし怖いけどそれでも、生きたいと願って。
「帰りたいよっ……怖いよ、死にたく、ないっ」
「死にたいと思う人は、いないよ」
頭をなでる。
「みんな必死なんだよ、他者を蹴落としても生きて、必死に足掻く。生きていてはいけないことはない、生きていいんだよ」
「でも、どうしたらいいのか分からないの」
「このまま国外逃亡したら?」
「やだ、逃げるなんてヤダ。女神になるもん」
「ん?」
なんて? 首をひねると七菜は涙をぬぐっていた。
「紀伊さん、私を女神にして!」
「殴るよ」
さっきまでの反省はどこへ
「私は紀伊さんみたいにアテもないし、ぶっちゃけ文字読めても書けないし。この世界の生活なんて一切分からないし、古代の生活なんて金持ちじゃないと絶対耐えられない!」
「何のこと?」
「トイレとか、下着とか!! 無理いって用意してもらってるもん。ありえないでしょノーパンとか。男がスカートでノーパンだってありえないのに、自分もとか」
「女神演じてびくびく暮らしてたっていう割にはお前ちゃっかりしてるな」
「あ、でも顔がいい男ならそれはそれで楽しんだ部分もあるけどね。兵士×奴隷……ぐふ」
「?」
七菜は立ち上がりふんぞり返った。
「てゆーかただビクビクしてるわけないじゃん。こっそり自分用の信用のおける兵士探してるとこ。今信じられるのは紀伊さんと、王子だけだけど」
「ねぇ」
「?」
七菜の肩をつかむ。
「帰ってくれ」
女神になるのか、帰りたいのか、どっちかはっきりして出直して来い。




