口説いているようで
休憩地にて手ごろな岩の上にのって、これからのことを考える。
「ヒッタイトについたら、カリフさんに会って、それから、お手伝いして……うーん」
私の人生、現代でもこっちでも、変わらない気がする。それは私だけでなく、人としてだろう。何もせず生きていくなんてこと、できない。
「おばさん、ずいぶんと働き者なんだなぁ」
「殴られたいの?」
拳を見せると、サッと隠れた。
「おねーさん、名前は?」
「急に態度変えられると、腹が立つものがあるな。……私はカオル」
「カオル? 変わったイントネーションだな、何人だ? 長い黒髪、んーペルシアか? それともアムル人?」
「別の島から来たの、ここじゃないところ。言葉は得意じゃないから、なんと言えばいいか分からない」
嘘は言ってない。カタコトですしね、私!
「へー」
聞いといて、興味なさそうだ。
アリーはニカッと笑うとカオルの横に座った。なかなかちゃっかりした性格のようだ。
「ところで、さっきはなんで助けてくれたんだ?」
「別に他意はないけど」
ただ懐かしき人を思い出し、ほろりとなっただけだ。縁を感じたという、ただそれだけ。にも関わらずまだニヤニヤしているアリーはカオルの肩を抱き寄せた。
何をする気だと怪訝な顔で見ると
「俺が気に入ったんだろ?」
なんていう的外れなコメントが聞こえてきた。
「は?」
なんだろう、普通にイラっときた。
「まーまーまー。照れなくてもいいよ。慣れてるし……ね」
そういって顔が近づいてきた。カオルは素早く手を動かし、アリーの頬をツネッタ。
「痛ッッ!! なんでつかむんだよ」
「馬鹿なこと言ってるからだろ。自惚れんな馬鹿」
「なっ」
ふてくされたような顔でそっぽを向いてしまった。
「……」
しばらく黙っていると、急に神妙な顔でこちらを見た。
「俺って魅力ない? それともおばさん枯れてるだけ?」
無言でアリーの頭を掴んで揺さぶる。
されるがままのアリーは何か小さい声で悲鳴を上げて両手を振った。降参のようなのでやめてあげると頭を抑えながらカオルに近寄った。
「あぁ、もうわかったって謝るよ。だからさ」
肩を掴まれた。
「何よ」
「ん? 仲直りの口付を」
「アヒル口って知ってる? 可愛いんだってさ、やってあげようか?」
「……えーっと。やめておきます」
アヒル口が何かは分かっていないようだったが、目が怖かったからかお断りしたアリーは頬杖をついて、こちらをニコニコ眺めている。
どこかロスタムに似ているが、ロスタムとは違い、素直で自分に正直な青年だ。そしてさっきからとても落ち着きがない。
「今度は何?」
いいかげんうっとおしい。
「いやあ、カオルちゃんって呼んでいい?」
「馬鹿にしてる?」
「俺のこと呼び捨てでいいから」
「アリー」
「……おぉ、全くの躊躇も恥じらいもなかった」
「何? もう、めんどくさいなあ」
「えぇ、なんで俺に冷たいの? 最初に会った熱い視線頂戴よ」
「ンなものあげた覚えないわ」
「うえぇええ~泣いちゃうよ俺~」
あざといという前に彼の後ろに影ができた。
「泣け」
そして重い拳がアリーの上に落とされた。そちらに目を向ければ馬を引き連れたマーシャがいた。
「なんすか~」
「馬の手入れをしておけといったろ」
「やば! いや、あぁ、はいはいはい。分かりました。では行ってきまーす」
胡散臭い笑みを浮かべアリーは軽いノリで去って行った。
それを見送り、マーシャはこちらを見ると、カオルの頭を軽くたたく。
「なんですか」
「あの男をあまり信用するなよ、胡散臭い」
「別に、信用してませんけど」
胡散臭いのは言われなくとも分かっている。
「できれば関わりあいたくない。シリアについたら即刻切り離す」
「はぁ、お好きに。私はカリフさんのところへ行ければそれで」
立ち上がる、今日も晴天。
ヒッタイトまで、あともう少し
「……お前、言っとくけどあの男の責任者だからな」
「えええええ」
「あたりまえだろう。お前が弁護しておいてやっているんだから」
余計なこと言うんじゃなかった。
今は大人しいが、あのアリーという男何をするか分からない。悪い人間には見えないが、どこか怪しい。
なにか企んでいる。そんな風に見える。
(まぁ、なんかぼけーってしてるし、大丈夫かな)
マーシャが腰につるしていた瓢箪のような入り物をカオルに投げた。
「水分とっておけ。湿気があるが、蒸し暑いからな」
「ありがとうございます」
もらった水を飲んだ後、ふと思う。
「マーシャさん」
「なんだ」
「これ、マーシャさんも飲みました?」
「飲んだが?」
それがどうしたと言わんばかりの顔だ。
カオルは言うかどうか悩んで、言わなくていいかと流そうとしたが、マーシャに言えと言われ、言うことにした。
「これって間接キスだなって」
「……」
ほほを染めるマーシャ。
「……」
「……ば、バカ言うな。バカ」
あなた意外と乙女ですか?
とは言わなかったが、突っ込みそうになったカオルであった。




