ぐだぐだしているようで
愛と豊穣と、金星の女神イナンナが、何故冥府へ行ったのか。
権力のためか、イシュタルは愛する夫のためと文献には残っているけれど……はたして本当はどうだったのだろう。
もしかしたら、最高位についている自分が、本当にみんなに愛されているのかどうかを女神は体を張って確かめたかったのかもしれない。
だからこそ、夫であるドゥムジが裏切ったことが許せず、自分の身代わりに冥府に送りこんだのかもしれない。
裏切られた痛みは憎しみになり、そのまま真実の愛を曇らせてしまう
「……カオル」
「シーリーンさん」
不安かと問われれば、不安だと即答する。けれどふさぎ込んではいられない、戦場にいる男たちを支援するため、食糧や必要物資を集め、城に献上し、自分たちの身も守れるように武器を所持して、気をしっかり持たなければいけない。
いつものように商品の品数をチェックしていると後ろから声をかけられたのだった。
「今少しいいかしら、カオル」
「はい?」
言いにくそうにシーリーンはカオルを見ている。何事かとみていると、おずおずと切り出した。
「ヒッタイトにいるカリフおじ様が、カオルを呼んでいるの」
「私をですか?」
「えぇ、手伝ってほしいことがあるそうなの。私たちじゃ役に立たないって、ひどい話よねえ」
カリフからだろう書簡を手渡される。うん、長文になると解読が難しいぞ古代文字
なんとか読み取れそうな部分から読み解き、口にした。
「ウガリット……にいるんですか? カリフさん」
「そう。でね? カデシュを通るときに、これをどうぞ。うちの商家紋だから、持って行って」
「おおっ! はい、わかりました」
身分証明は大事だ。
カオルは預かったものを大事に布に包み、腕の中に大事にしっかり包み込む。
「あと、母さんが呼んでいたわ」
「マミトゥさんが?」
「ええ、たぶん心配性な母のことだから、カオルがヒッタイト行くって聞いてあわてて旅セットそろえてると思うわけ」
「いや~ありがたいですね」
「そうでもないと思うわよ」
「え?」
能天気なカオルを見ながらシーリーンは鼻で笑い、呆れたと苦笑いされながら肩を軽くたたかれた。
「忘れたの?母さん大量買い好きだから、きっとたくさん荷物持たされるわよ」
それは、……目に浮かぶようだ。
備えあれば憂いなし、それはマミトゥさんのいいところでもあるが、悪いところでもある。何せ量が半端ではないのだ。
「……私の故国に『不自由を常と思えば、不足なし』という言葉がありましてね」
「カオル、私はなんの手助けはできないわ」
叩かれていた肩を掴まれ、背中を押される。
別にあって困ることはないのだが、あまり持っていても盗賊やらなんやらに狙われるだけだし、まず無事アッシリアから出られるかどうかも怪しい。
あれ? 本当に怪しくない?
「今思ったんですけど、北上するってことはミタンニ戦の横をがっつり通るってことですか!?」
「あぁ、そのことなら大丈夫よ、南に向かうから」
「え? ヒッタイトって南でしたっけ?」
「違うわよ。さすがに近く通るのは危ないでしょ? だから地中海にあるカールムで船に乗りついでヒッタイトに行くの。いい? バビロニアにいったら知り合いの商隊いるから、彼らと一緒に行って。シリアのダマスカスまで行けば、案内人がいるから」
「……はぁ」
もう、途中から何言ってるか分からなくなった。
さすがにいろいろな単語が出てくると、地名なのかアッシリア語なのか、ごちゃごちゃになって分からない。まだ言語の苦手な私が黙っていると、それを察したシーリーンが苦笑いをした。
「粘土板に書いておくわね」
「すみません……ありがとうございます」
正直粘土板も自信ないデス。だって、地理わかんないのに土地名だけ聞いても……まあなんとかなるとは思うけれど
書いてもらったメモされた粘土板をもらった後、他の人に呼ばれ去って行ったシーリーン。その様子を見送りながらカオルも手にしたものを片づける。
言葉早く完璧に覚えないとな~と思いつつ、マミトゥさんのもとへ向かおうと歩き出す。
そして、ふと思いつく。
「ああ、そういえば、イナンナことナナは……本当に戦場に行ったのかしら」
だとしても、私には何の関係もないはずなのに……やっぱり同胞だからか、心配だったりする。とかいいながら結構痛い目見ればいいのになって思う意地悪な私もいたり
「……」
とりあえず、考えても仕方ないので自分のことを考えよう。
ヒッタイトって今でいうどこの国かわからないけれど、遠いのだろうか
(私あんまり地理って得意じゃないんだけれどなぁ)




