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現代→古代  作者: 一理
アッシリアのようで
19/142

私はいないようで

「はぁっはあっはぁ」

 走ったわけじゃない。病気なわけでもない。ましては興奮しているわけでもない。

「うぇえ……え、ううう」

 小野田七菜は、猛烈な吐き気と息切れを催していた。

 大きな音が響くたび、戦車の車輪がこちらに近づく音が耳に入るだけでも、体はびくつき、頭がおかしくなりそうになる。鼓動は早まり、汗が止まらない。

「女神様。お水をお持ちいたしました、どうぞお飲みください。少しが気分が落ち着くかと」

「あ、ありがとう、イルタ」

 イルタは近衛隊出身の武術などを叩き込まれた有能な女官で、表向きは七菜の護衛であるが、裏向きは、監視役でもあった。

 手渡された水を一気に飲み干すけれど、ぐるぐると駆け回る不安な気持ちは収まらない。

「いかがなさいました?」

「大丈夫、慣れない土地で少し、気分が悪くなっただけ」

「そうでございますか」

 私は女神、怖いだなんて言えない。嘘をついてでも誤魔化さないと……。それを知ってか知らずかイルタは七菜のずれたショールをかけ直し、戦況が一目ですぐわかる丘まで背を支え誘導した。

 力が抜けそうになるのを精いっぱいごまかし前を歩く。

「はぁはぁ……」

「女神様は戦争は初めてでいらっしゃいますか」

「……」

「天界は神々の栄光の地、このような醜く獣の如く稚拙な争いなど、ないのでしょうね」

 七菜はイルタが苦手だった。

 自分が女神などではないと分かっていて、皮肉を言っているのだろうか。もしかしたら王宮にいるだれもが女神なんて嘘だと分かっているのかもしれない、ただ権力だけ利用したいがために、自分は此処にいるのだろうかと思わされる。

(利用されているだけだとしても、それでも構わないわ。私だって、今の地位を利用してやるんだから)

 そして、偽りでなく、本当の女神に……私にはもう、それしか道はないのだから

 そう思っていても、足元の道すら私には今見えていない

「女神様」

 イルタの顔がゆがんだ。七菜の手をつかむと走り出した。

「こちらも間もなく戦況に巻き込まれます!!お下がりください」

 走り出すと同時に大きな歓声が聞こえた。

「ニンウルタ将軍が討たれたー!!」

「退けー!!体制を整えろ!!」

「歩兵隊は前にー!!戦車隊は下がれー!!指揮はウバルルム将軍に任せる」

 テントに戻ると、アッシュルウバッリト王は苛立ちと興奮で叫んでいた。

「ニンウルタが戦死だと――!!? なんの冗談だ!」

「王よ、ここも直戦場になりまする、城へお戻りください」

「うぐぐっ……女神イナンナよ!!」

「……え? きゃああっ」

 首を掴まれ、体が宙を浮く。

「よもや貴様が言った我がアッシリアはミタンニから解放されるという予言、口から出まかせではあるまいな!! 我がアッシリアを、滅亡へ導くつもりではあるまいなあああ!!!」

「ちが、う……わたし、ウソなんて」

「お待ちください! 王よ」

「煩い! 殺してくれるわ!!」

「ヒッタイトに援軍を頼みましょう!!!」

 イルタが、頭を下げながら叫んだ。

「ヒッタイト?」

 投げ捨てられるように七菜は床にたたきつけられた。涙をこらえながら痛む体を抑えイルタを見つめた。

「はい、聞く噂によれば彼国は天の石の製造に成功したそうです」

 天の……石? 解放された首を抑えながら急いで酸素を体に取り込む。

「鉄の製造です」

「!」

 王は思案するように腕を組んだ。

「ヒッタイトに借りを作ることになるか」

「やむ得ないかと」

「そういえば、王」

 将軍の一人が前に出て一つの情報を口にした。

「ヒッタイトでは疫病が何度も流行っているそうです、今の時期も疫病が流行り、何百人も亡くなっているとか」

「だとしたら、援軍など出さないのではないか!!」

「はい、その恐れがあります。ゆえに」

 七菜は将軍と目があった。嫌な予感しかしない。

「女神を贈り、疫病を鎮めさせたもうた暁にその礼とし、協力を仰ぐというのはどうでしょう」

「わ、私は愛と豊穣の女神……っ! そんな、疫病なんてッッ!?」

 王は私を見下すように睨みつけた。

「それならば天の国に今一度帰り、最高神アシュールに天災の御取り成しを願えばよい」

 頭が真っ白になる。あれ? おかしいな、酸素ってどうやって吸うんだっけ?

 地面に温度など感じないはずなのに、ひどく冷たく感じる。体中の体温を奪われていくような、血の気のひく感覚

「な、何、何よ……それ。嘘、そんな、それって……そんな」

「ナムルーダ将軍、20の兵を率い、女神を連れ急ぎヒッタイトへ向かえ」

「はっ」

「嫌よ! 私はアッシリアの女神よ!? なんでヒッタイトなんて」

「ヒッタイトを救うことは、ひいては偉大なるアッシリアを救うことにもなります」

 イルタが頭を下げたまま言う。

「では、参りましょう」

 引きずられていく自分の現状を焦りながら考え、七菜は分かった。

 私は、死ぬんだ。絶望しかない。どうしよう、どうしたらいいの、こんなのって

「嘘でしょう!? 私は、アッシリアの女神! アッシリアのっ」

 こんなところで、朽ちるのなんて

 ああ、誰でもいいから、お願い! 誰か助けて!

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