約束をしたようで
あれから一週間たった。
活気あふれていたのはほんの一時期だけで、今では町のあちらこちらからすすり泣く声が聞こえる……。
それは勿論例外もなく私のところでも、家の女たちが声を押し殺し、泣くのを堪えているのが耳にいやでも入ってくる。
「うっうう……ロスタム。サイード……うう。アナタァ」
「泣くな。マミトゥ」
「そうそう。もう泣かないで母さん」
「うううぅぅ」
あふれる涙を抑えきれず、マミトゥさんはハンカチを握りしめる。
彼らはこれから戦場へ行く、ミタンニと戦い、国の自由と勝利をつかみ取りに行くのだ。
男はすべて強制的に彼の地へ連れて行かれる、女はなすすべもなく涙を流し、戻るとも分からぬ男たちを見送って行く。
勝てば天国、敗ければ地獄……。だけど勝とうが負けようが居なくなったものは戻ってこない。
だからこそ……
「ロスタムさん、サイードさん」
私は二人の前に立つ。
「誇りとか手柄とか、そういうのはいいんで」
流れ落ちそうになる涙を、手で拭い去る。
「絶対、絶対絶対……帰ってきてくださいよ?」
「うん、もちろんだよ。ね、兄さん!」
「……あぁ」
ロスタムの手が私の頭に置かれる。前あんなことがあったから気まずかった分その優しさが身に染みる。
「戻ってくる。だから、泣くなよ。泣かれたら、行きずらいだろ?」
「ロスタ……」
「いやああああああ!! ロスタムさーん」
アリーシャがロスタムにまるで体当たりをするように飛びついた。あまりの全力っぷりに私の涙がぶっ飛んでいった。
どんなに悲しいと思っていたって、涙って心底驚くと引っ込むんですってよ。知ってました皆さん?
「……」
というか、彼女自分のところの家族はいいのだろうか……。男兄弟いるか知らないが、使用人とか父親とか叔父とかいると思うのだが
これも愛というやつなのだろうか……。
(私には真似できないなあ……)
「ロスタムさぁーん!! いやああああっ 行かないでくださいませえ!」
「ちょ、アリーシャ!」
別れが惜しいのは分かるけど、ちょっと空気読んでほしかったな。
「お願いですから、いかないでください!!」
「そんなことできねえよ」
「いやよ、ロスタムさん! 私の傍にいてくださいませ!!」
「ちょ、アリーシャ落ち着け!?」
ぐいぐい体をロスタムに押し付け、意地でも離さないという態度に、強い意思を感じる。その愛らしい口からはマシンガンのように言葉が溢れ出し、小さな瞳から滝のように流れる涙。
「っそうですわ! どうしてもとおっしゃるのでしたら! 私も、私もついて行きますわ!」
「ば! 馬鹿なこというな。女が戦場行っても危ないだけだ!」
「だって! ……だって」
叱りつけられ、しょんぼりと明らかにテンションを下げた彼女の頭をロスタムは優しくなでた。
ズキッ
「……」
胸が少し痛んだのはなんでだろう。
「あー、だからさっ! 俺らはちゃんと戻ってくるから、お前もう泣くな! 大体、オレらがそう簡単に死ぬわけねーだろ?」
どこからくるんだその自信、といつもなら突っ込むとこだけど、今はその自信を信じたい。
彼がそっと微笑むと、涙を拭って小さくアリーシャはわかったと頷いた。
「はい。私待ってますわ。お戻りになるのを……。ロスタムさんを、ずっと待ってますから!!」
「アリーシャ……」
「私も!! 私もみんな待ってる! 信じてるよ!!」
ホマーが手を上げる。その陽気な姿に彼らは小さく笑みを崩した。
不謹慎かもしれないが、こういう時は明るく見送ったほうが彼らの心も軽くなるのではないだろうか。
カオルもホマーに倣い、笑顔を作って三人の前に立った。
「ロスタムさん、サイードさん。アクバルさん」
忘れていたと、私はとあるものを彼らに渡す。
「なんだこれ?」
「とある国では戦場に行く男に、色のついた布を首に巻いて送り出すんだそうです。過酷な戦場に行く、彼らの無事を祈って」
二人の首にパンダナを巻く。
「と、いっても色染めうまくいかなくて……。少しだけ刺繍でごまかしたんですけどね」
どうか彼らを守ってくれますようにと、盾と太陽の模様を刺繍した。けれど、これが現実的に効くとは思わない。
こんなもの、ただの気休めだとわかっているんだけど……どうしても持っていてほしい。
「ありがとう」
歩いて行った彼らの背を見送りながら、私たちは手を振る。
嘆くも、悲しむも、戦場へ行く彼らをとめることも、守ることもできない。できることはただ一つ
彼らの無事を祈るだけ……。
「ロスタム」
必ず、戻ってきて
あなた達は私にとってかけがえのない大事な家族だから
シーリーンが泣きじゃくるアリーシャの肩を掴んで、励ます姿が見えた。なかなか大変そうだったので、カオルも彼女を慰めようと歩き出す。
と
「……ん?」
風が、強く吹き荒れた。
スカートを押さえ堪えていると、それはすぐに去った。なんだったのだろうか、不思議には思ったが、とくに何も疑問に思うこともなくカオルはシーリーンたちのところへ急いだ。
時代が動き始めたなんてこと、彼女は知り得ることもなく
「さあ、立ってください。中に入りましょう」
今を生きるのだった。