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現代→古代  作者: 一理
アッシリアのようで
16/142

さすが姉のようで

 カオルはぼーっとしていた。いつもと同じ仕事をしているはずなのに、思案ばかりで何をするのにも手がつかない。

 朝からなんだか疲れてしまった。

(なんか自称女神にあってから、運が悪くなって言ってる気がする)

 惚れた腫れたは女神には関係ないだろうが、この際なんでもいいからそのせいってことにしておきたい。思わず溢れるため息に頭を抱えたくなる。

「元気ないわねえ」

 洗濯物をひろげていると、後ろから声が聞こえた。

 ゆっくり振り返ると、美しい顔を心配そうに歪めたシーリーンがそこに立っていた。いつから居たのかは知らないが、カオルの隣に立ち洗濯物に手を伸ばす。

「何かあったの?」

「いえ、別に」

「嘘ばっかりカオルってば、なんか不満なことや納得いかないことがあったら、そうやって額にシワ寄るのよ、しってた?」 

 そういって眉間を抑えられ、カオルは苦笑いを零した。

 さすが近所のご意見番と言われるだけはある。カオルは隠しきれないと判断して、素直に白状し今朝あったことを全て話す。

 話を聞き終えたシーリーンは干していた洗濯物を伸ばしながら、眉を寄せていた。

「あの子意外と純粋だったのね」

「確かに、私もそう思いました」

 普段のふてぶてしい態度から、恋人にもオレ様ワールド展開すると思っていたが、意外と相手を想い、気遣うことはできるようだった。

 洗濯を終え、二人並んで座る。

「ま、あの子前からそんな感じはなくもなかったのよね」

「と、言いますと?」

「昔ね、あの子がそうね、ホマーより少し小さい頃の話なんだけど」

 

 ロスタムは近所でも有名な悪ガキだった。

 でも自分が悪さをしたのを決して人のせいにはしなかったし、やりすぎたらちゃんと謝ることもした。今同様に根っからの素直な子だった。

 ある日のことだった、店の商品が一つ、また一つと消えていっていることにある従業員が気がついた。家の中は大騒ぎ

 最初ロスタムたちのイタズラだと思っていたけど、子どもじゃ運べないものもあったから、泥棒だって皆お互いを疑ってたわ。


「俺じゃねーよ!」

「嘘つけよ!」


 猜疑心に包まれた家のなかでは、ちょっとしたことで言い合いになり、お前がやっただの、やってないだと頻繁に揉め事が起きたわ。

 こまった父は、家の中の使用人を全員クビにして、新しい人たちを雇うって案まで言い出したの。


「……。待ってくれ!」

 そんな時、ロスタムは皆が居る前で言ったの

「俺が、俺が盗んだんだ! 小遣いが欲しくて! 俺、ちゃんと盗んだ分まで働いて返すし、責任もつから、だから、もうみんな争わないでくれよ!!」

 もちろん子供の言うこと、だれも信じなかったわ。

 ロスタムは必死に自分がやったんだって、言ってたけどね。

「俺がやったんだって!」

「どうしてなの、ロスタム?」

「姉さん! 俺……金が欲しかったんだよ」

「なら、お金だけ盗めばよかったじゃない」

 口を閉ざすロスタムに、確信めいたものがあった。

「こっそり盗み聞いたけど、盗まれたものって、金目のものじゃなくって、日常道具とか家具とか、そんなのだったね」

「!」

「ロスタム、最近仲良くなったって子。マルークっていったかしら……確か家苦しいんだって?」

「なんで知ってんの!?」

「その子の家の近所のお姉さんが言ってたの。お兄さん職人だったのに腕を悪くしてクビになったんだって、父親がいない上に、母は病気持ちなんでしょ」

 きっとロスタムのことだ、盗みには全く関与していないが、マルークのよそよそしい感じからなんとなく察して、かばっているのだろう。そう推測できた。

 この子は昔から優しく、そういうことには敏い子だった。

「庇うことはね、ロスタム。悪いことじゃないわ。でも、あなたがやってるその行為は、正しくないわ」

「俺、別に庇ってなんて……」

「彼らにとってありがたいことでも、誰かによっては困ることなの。よく考えてご覧」

「……」

「家の中は今荒れてるわ。物を手に入れてマルークの家族は少しは楽になってるかもしれない。けど、その一方で私たちは苦しんでるの。ささやかなものだって、その傷口はやがて広がっていくわ」

「……なんで、姉さん……。っだって! マルークは悪くないんだ! マルークの兄さんだって、ちょっと腕の骨が折れただけで、ものだって借りてるだけなんだよ!! いつか返すってば」

「そういうことじゃないの!」

 本当はわかってるのだろう。涙を流しながら必死に弁明しようとする弟に、胸が少しばかり痛んだ。

「……うん」

「ロスタム。あなたはホントはわかってるんでしょ」

「うん。間違ってるって、盗んじゃダメだって、教えてあげる」

「そうね、……でもそれだけじゃダメなの」

「え?」

 幼い弟の頭を撫でた。

「本当に理解をして、同感するの、そしてそれは決して口にせず、……ただ見守って、挫けそうなときそばにいてあげなさい」

 そういえば、彼は深く頷き

 次の日からイタズラすることは無くなった。

 ハニシュはつまらないと騒いでいたけど、シュルラットとロスタムに諫められ、渋々納得していたわ。


「結局、マルークはどうなったんですか?」

「兄と一緒に謝りに来たわ。そんで次の日に夜逃げ」

「え」

 シーリーンは苦笑いを浮かべた。

「その一家が夜逃げする前に、ロスタムったらボロボロになってたから……。もしかしたらマルークと拳で語ったのかもね」

「はあ……。どっかの熱い青春モノみたいな展開だなあ……」

「どういうふうに会話して、改心させたのかは知らないけど……。あの子ってね、そういうとこあるのよ」

 そういってシーリーンは笑った。

「でも、すごいですよね」

「ん?」

「だって、ロスタムの小さい頃って言ったら、シーリーンさんだって小さかったはずなのに」

 そうやって善し悪しを教え、諭させることができるのはすごいことだと思う。

 一体どんな子だったのだろう。

 カオルが感心していると、彼女は照れながら立ち上がった。

「ま、私も同じようなことやったのよ。そんだけ」

「え? あ」

 カオルも立ち上がった。

「意外ですね」

「そうでしょ。よく言われるわ」

 遠くでマミトゥさんの呼ぶ声が聞こえてきた。

「ま、とりあえずね。私が言いたかったことは一つよ」

 肩をぽんと叩かれる。

「あの子はあの子なりに考えて、あなたのことを想ってたのよ。自分なりに抑えてた……けど、恋は理屈じゃないのよね」

「理屈じゃ、ない……ですか……」

 犬を数匹つれ、現れたマミトゥと談笑するシーリーンの背を見つつ、カオルはロスタムを思った。

 思った以上に純粋な彼。


(純粋で真っ直ぐで、そして……愛と絆をここまで正直に表すなんて……。古代の人って、素敵なんだな)


 学ぶ生き様、知る想い、見えた愛情。

 カオルは微笑んだ。

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