さすが姉のようで
カオルはぼーっとしていた。いつもと同じ仕事をしているはずなのに、思案ばかりで何をするのにも手がつかない。
朝からなんだか疲れてしまった。
(なんか自称女神にあってから、運が悪くなって言ってる気がする)
惚れた腫れたは女神には関係ないだろうが、この際なんでもいいからそのせいってことにしておきたい。思わず溢れるため息に頭を抱えたくなる。
「元気ないわねえ」
洗濯物をひろげていると、後ろから声が聞こえた。
ゆっくり振り返ると、美しい顔を心配そうに歪めたシーリーンがそこに立っていた。いつから居たのかは知らないが、カオルの隣に立ち洗濯物に手を伸ばす。
「何かあったの?」
「いえ、別に」
「嘘ばっかりカオルってば、なんか不満なことや納得いかないことがあったら、そうやって額にシワ寄るのよ、しってた?」
そういって眉間を抑えられ、カオルは苦笑いを零した。
さすが近所のご意見番と言われるだけはある。カオルは隠しきれないと判断して、素直に白状し今朝あったことを全て話す。
話を聞き終えたシーリーンは干していた洗濯物を伸ばしながら、眉を寄せていた。
「あの子意外と純粋だったのね」
「確かに、私もそう思いました」
普段のふてぶてしい態度から、恋人にもオレ様ワールド展開すると思っていたが、意外と相手を想い、気遣うことはできるようだった。
洗濯を終え、二人並んで座る。
「ま、あの子前からそんな感じはなくもなかったのよね」
「と、言いますと?」
「昔ね、あの子がそうね、ホマーより少し小さい頃の話なんだけど」
ロスタムは近所でも有名な悪ガキだった。
でも自分が悪さをしたのを決して人のせいにはしなかったし、やりすぎたらちゃんと謝ることもした。今同様に根っからの素直な子だった。
ある日のことだった、店の商品が一つ、また一つと消えていっていることにある従業員が気がついた。家の中は大騒ぎ
最初ロスタムたちのイタズラだと思っていたけど、子どもじゃ運べないものもあったから、泥棒だって皆お互いを疑ってたわ。
「俺じゃねーよ!」
「嘘つけよ!」
猜疑心に包まれた家のなかでは、ちょっとしたことで言い合いになり、お前がやっただの、やってないだと頻繁に揉め事が起きたわ。
こまった父は、家の中の使用人を全員クビにして、新しい人たちを雇うって案まで言い出したの。
「……。待ってくれ!」
そんな時、ロスタムは皆が居る前で言ったの
「俺が、俺が盗んだんだ! 小遣いが欲しくて! 俺、ちゃんと盗んだ分まで働いて返すし、責任もつから、だから、もうみんな争わないでくれよ!!」
もちろん子供の言うこと、だれも信じなかったわ。
ロスタムは必死に自分がやったんだって、言ってたけどね。
「俺がやったんだって!」
「どうしてなの、ロスタム?」
「姉さん! 俺……金が欲しかったんだよ」
「なら、お金だけ盗めばよかったじゃない」
口を閉ざすロスタムに、確信めいたものがあった。
「こっそり盗み聞いたけど、盗まれたものって、金目のものじゃなくって、日常道具とか家具とか、そんなのだったね」
「!」
「ロスタム、最近仲良くなったって子。マルークっていったかしら……確か家苦しいんだって?」
「なんで知ってんの!?」
「その子の家の近所のお姉さんが言ってたの。お兄さん職人だったのに腕を悪くしてクビになったんだって、父親がいない上に、母は病気持ちなんでしょ」
きっとロスタムのことだ、盗みには全く関与していないが、マルークのよそよそしい感じからなんとなく察して、かばっているのだろう。そう推測できた。
この子は昔から優しく、そういうことには敏い子だった。
「庇うことはね、ロスタム。悪いことじゃないわ。でも、あなたがやってるその行為は、正しくないわ」
「俺、別に庇ってなんて……」
「彼らにとってありがたいことでも、誰かによっては困ることなの。よく考えてご覧」
「……」
「家の中は今荒れてるわ。物を手に入れてマルークの家族は少しは楽になってるかもしれない。けど、その一方で私たちは苦しんでるの。ささやかなものだって、その傷口はやがて広がっていくわ」
「……なんで、姉さん……。っだって! マルークは悪くないんだ! マルークの兄さんだって、ちょっと腕の骨が折れただけで、ものだって借りてるだけなんだよ!! いつか返すってば」
「そういうことじゃないの!」
本当はわかってるのだろう。涙を流しながら必死に弁明しようとする弟に、胸が少しばかり痛んだ。
「……うん」
「ロスタム。あなたはホントはわかってるんでしょ」
「うん。間違ってるって、盗んじゃダメだって、教えてあげる」
「そうね、……でもそれだけじゃダメなの」
「え?」
幼い弟の頭を撫でた。
「本当に理解をして、同感するの、そしてそれは決して口にせず、……ただ見守って、挫けそうなときそばにいてあげなさい」
そういえば、彼は深く頷き
次の日からイタズラすることは無くなった。
ハニシュはつまらないと騒いでいたけど、シュルラットとロスタムに諫められ、渋々納得していたわ。
「結局、マルークはどうなったんですか?」
「兄と一緒に謝りに来たわ。そんで次の日に夜逃げ」
「え」
シーリーンは苦笑いを浮かべた。
「その一家が夜逃げする前に、ロスタムったらボロボロになってたから……。もしかしたらマルークと拳で語ったのかもね」
「はあ……。どっかの熱い青春モノみたいな展開だなあ……」
「どういうふうに会話して、改心させたのかは知らないけど……。あの子ってね、そういうとこあるのよ」
そういってシーリーンは笑った。
「でも、すごいですよね」
「ん?」
「だって、ロスタムの小さい頃って言ったら、シーリーンさんだって小さかったはずなのに」
そうやって善し悪しを教え、諭させることができるのはすごいことだと思う。
一体どんな子だったのだろう。
カオルが感心していると、彼女は照れながら立ち上がった。
「ま、私も同じようなことやったのよ。そんだけ」
「え? あ」
カオルも立ち上がった。
「意外ですね」
「そうでしょ。よく言われるわ」
遠くでマミトゥさんの呼ぶ声が聞こえてきた。
「ま、とりあえずね。私が言いたかったことは一つよ」
肩をぽんと叩かれる。
「あの子はあの子なりに考えて、あなたのことを想ってたのよ。自分なりに抑えてた……けど、恋は理屈じゃないのよね」
「理屈じゃ、ない……ですか……」
犬を数匹つれ、現れたマミトゥと談笑するシーリーンの背を見つつ、カオルはロスタムを思った。
思った以上に純粋な彼。
(純粋で真っ直ぐで、そして……愛と絆をここまで正直に表すなんて……。古代の人って、素敵なんだな)
学ぶ生き様、知る想い、見えた愛情。
カオルは微笑んだ。