問いも答えも変わらないようで
夢の中で七菜が空から舞い降りてきて、小さい頃見たことがある魔女っ娘のステッキを振り回し、私の顔面にクリーンヒットさせるという、とても嫌な夢を見た。
一体なんだったのだろう。ストレスのせいで胃が痛い。たかが夢でストレスを感じたくないというに
「はぁぁぁ……」
頭をぐしゃぐしゃにして七菜を追い出そうとするが、なかなか消えない。重い溜め息を吐きながらも布団から起き上がる。
(はあ、朝からすっきりしない)
あぁ、なんでだろう、ぐっすり眠ったはずなのに、ちっともすっきりしない。
「カオル?」
ホマーが扉の横でこちらを覗き見ている。カオルは可愛い訪問者に笑顔でおいでおいでと手招きしながら呼んだ。
「どうしました?」
「カオルもう大丈夫? なんか疲れてるみたい」
「いえ、……そんな心配しないでください。ただ人ごみに疲れてしまっただけですよ! ほら、もう元気です」
ガッツポーズをみせれば、ホマーはにっこりほほ笑んだ。
「よかった!」
ホマーはカオルに抱きついてきた。
ふと思い出す、ホマーは私がこの家に来て、言葉も日常生活のやり方さえも分からない中、今のように優しい春の木漏れ日のような笑顔を浮かべ、私を常に遠くから眺め、励ましてくれたことを……
そのことを思い出すと、少し涙ぐんでしまった。あぁ、私は恵まれている
「ホマーちゃん、ありが―――」
「お兄ちゃんといつ結婚してくれる?」
笑顔が凍った。
木漏れ日のような笑みが、今砂塵の如くチリとなって消えたわ。
どんだけ結婚勧めるの? 私そんなにギリギリですか?
「あのねホマーちゃん」
少女の肩を優しく掴み、できるだけ穏やかな声でホマーに語る。
「私、もう25なの。若くないのね。分かる? ロスタムは19か20ぐらいでしょ? 差があるのわかる? きついのね」
「なによ、姉さん女房なんていっぱいいるわ」
「あ~……。うー、なんといえばいいのか」
「カオルは、兄さんが嫌いなの!?」
……沈黙が降りた。
「ですから、なぜそうなるんですか」
「だって」
ホマーは頬をぷうっと膨らませた。可愛いけれど可愛くないぞ
「ちっともカオルは兄さんに好意的じゃないんだもの! 嫌いなの!? どうなの!!」
「嫌いじゃないデスよ」
「じゃあ好きなの!?」
「今日はやけに強気ですね!!」
本当に年下ですか!?
ホマーは口を大きく尖らせた。顔芸のレパートリー多いね。
「何かあるんですか?」
カオルは優しくホマーに尋ねると、彼女は顔を小さく俯かせ唇を尖らせた。
「だって、だって」
「ん?」
「アリーシャが親に兄さんと結婚するって言ってるの聞いたの、このままじゃ向こうの親がうちに来たら話が進んじゃう!」
「ホマーちゃんは、アリーシャさんが嫌いなんですか?」
「そうじゃないわ!」
カオルは笑顔でなだめるようにホマーの頭をなでた。嫌いでないのなら、そんなことを口にしてはいけないという想いをのせて。
分かってくれたのだろう、ホマーはおとなしくなった。まだ不満げに口がとがっているがそんなとこも可愛い
「ロスタムのこと、大好きなんだね」
頭をなでると、ホマーは顔を下げた。
「好きよ? でも、そうじゃなくて……兄さんはカオルのこと本気で」
「ホマー!!」
「わきゃっ!? 兄さん!?」
突如現れたロスタムにホマーは身を縮み上がらせた。
ホマーはロスタムに睨まれ、出ろという動作に素直に従い出て行った。そのしょんぼりした背中を見送っていると、入れ違いに今度はロスタムが入ってきた。
カオル的には入ってこなくても良かったのに、とは思う。
「……」
「カオル」
ロスタムが私を見ないまま口を開く。
「ホマーが言ったことは気にするな」
「別に私は気にしてないけど」
私が彼女たちに何度も同じ事を言われていることを、彼は知らないのだろうか? 自分の部屋なのになんとなく居心地悪く感じ、彼と同じようにカオルもロスタムに背を向けた。
「知ってるだろうけど……私は、誰とも結婚するつもりはないから」
「っ……お前が、異世界人だからか?」
「……そう」
「じゃあ、お前が異世界人じゃなかったら、俺を見てくれたのかよ!!」
「!」
肩を掴まれ、振り向かされる。
彼の顔は辛そうで、苦しそうで、悲しそうだった。
私がさせている。
分かっている。けれど、安易にその気持ちを受け入れることは、とてもじゃないが私にはできない。
彼のことを好きか、嫌いか。と、問われれば、好きだ。
でもそれは愛慕じゃない、恋慕じゃない。ただの親愛的感情でしかない。だからこそ期待させてはいけない、はっきり断ろう。
「……ごめん」
「なんだよ、それ」
「ごめん。ロスタムをそういうふうに見えないし、想う事もできない」
ハッキリ断った。でも、どうして
「オレは、お前を見つけてから、ずっと好きだった。お前じゃなきゃ、川に飛び込んでまで助けるかよ!!」
「それは……感謝してるけどさ。とりあえず、ロスタムちょっと落ち着いて、ね?」
あなたは退かないの? どうしてあなたは、諦めないの?
どうして、涙を流すの? その涙はどうしてなの? ……私には、分からない。
「俺の、女になれよ」
彼じゃ乱暴に目をこすった後、不意打ちのように奪われた唇が、温かく、そして、冷たく震えていた。
ああ、ちくちくと痛む。心の痛みは、精神に与える攻撃力が尋常じゃないということ、今更身に染みて分かったわ
傷つくのは私じゃないのに、全くどうして、心がこんなにも辛いのだろうか
「ロスタム」
彼の顔をそっと優しく両手で挟む。
「カオル……」
「ロスタム。分かって……」
彼は目を閉じると、小さく吐息を吐き、姿を見ることもなく逃げ出すように歩き出していった。
私はその場を動くことができず、床に座り込んだ。
なんだって、こんなことに……
「帰りたい」
元の世界に、帰れるのなら。気兼ねなく、恋愛できた。悩むことなく生きれた。私が考えすぎなのだろうか
でもそうでしょ? 未来の記憶があるのに、古代で生きて、もし未来のことを漏らしてしまったらと考えるととても怖い。その行動のせいで未来が変わってしまったら。
個人の力じゃそうそう未来が変わらないのは分かる。……それでも
「分からないよ」
どうしたらいいのかなんて、分からない。
答えがあるのなら、教えてよ
私はどう生きればいいの?