『番外編』七菜とカオルが立場逆だったら
「いっつぁー……あれ? ここどこ?」
神殿の様にも見えるが、後ろを見れば果物や酒や象など、適当に置かれているように見える。
「あのレリーフ……どっかでみたことあるような」
「何者だ!!」
怒号が聞こえ振り返れば、偉そうなお爺さんが兵士を引き連れ歩いてきた。
あぁ、撮影現場だった?
「すみません、迷い込んでしまったみたいで」
「幾重にも兵士を見張らせている王宮内の神殿に入り込むなど、そんな奇跡の様な迷い込があるものか!!」
説明的かつ長い正論ありがとうございます。
でも、嘘なんてついていない。
「撮影の邪魔してスミマセン。出ていくので」
「待て! サツエイ? とは何か分からんが……怪しい格好だな。邪教の者かもしれない! 捕えろ」
「話し出すと長いですね。とは言えない……あ、言っちゃった」
兵士が武器を構え走ってきたので、カオルも急いで走って逃げた。
悪いことしてないのに捕まるってどういうこと?
ちゃんと出ていくっていってんじゃん。
人の話を聞かない権力者はこれだからいやだわ。
カオルは持ち前の運動神経を活かして颯爽と走り抜けていった。もともと普段から走っていたので、息切れを起こすこともなく難なく逃げ切れた。
後ろを見れば誰一人ついてきている気配がない。
「意外と諦めの早い人たちだな。もしかして撮影中だったからアドリブでもやったってことかな」
答えてくれる人がいるわけもなく。カオルはとぼとぼ歩く。
大きな建物を出ると、街並みが見えた。
つい先ほどまでいた、車や自転車が見えない。それ以前にビルも姿をすっかり消し去り、見える家はなにやら昔ながらのといった具合だ。
人々の姿は肌の露出を極端に抑えているようにも見えるが、足元はサンダルか裸足というものだった。
さて、一体どうなっているのだろうか。
カオルはそっと家の物陰に隠れた。
なぜなら現代の服を着て歩くカオルの姿を、この行き交う人たちは変なものを見るような目で見てきたからだ。
こっちとあっちじゃ、数的に変なのはこっちになる。
「……」
仕方なく人目のない裏道を通って、先ほどいた建物からぼちぼちと離れることにした。追手があるかどうかはわからないが、念には念をいれて離れておきたい。
「あんた、ねえあんた」
見知らぬぷっくら太った女性が、手を来い来いと忙しく動かしながら私を呼んだ。
「はい?」
「珍しい格好だね。どこから来たんだい? ね、ルート教えておくれよ。金払うからさ」
「い、いえ。ルートと言われても……」
普通に服屋さんで買ったんだけど。
困惑していると誰かに肩をぽん、と叩かれた。
やった助け舟! と振り向いたのがだめだったのか、それともおばさんとの会話に上の空だったのがだめだったのか。
いや、多分変な撮影現場みたいなとこに入ったことかな
「やっぱりこいつだ! 捕まえろ」
いつの間にか人を取り囲んでいた兵士さんたち。
鎧着てるくせに音そんなにしないのね!
「ひゃああああ」
カオルは急いで走り出し、逃げ出していった。
なんでそんなしつこいの? 不法侵入だって別にわざとじゃないんだから話聞いてくれてもいいんじゃないですかー!?
「解せぬ! 解せぬぅぅう!! 何もしてないのにー!!」
若干涙目になりながら走っていくと、誰かに腕を引っ張られた。
「うぎゃう」
急に姿が消えたターゲットに気が付かず。そのまままっすぐ走っていく兵士たち。
ドキドキとうるさい心臓を抑えながら、自分を引きずって家と家の間に隠してくれた人を見た。
「あらまあ、大丈夫だった?」
綺麗な声。赤い口紅が艶やかに彼女を彩る。
深淵なる黒い髪と同じ、黒い瞳。
「え、あ、はい」
「面白い服着てるわね。どこのもの? 素敵だわ。珍しい生地ね」
急に体中を触られる。服を見ているということは、この人もさっきのふっくらしたおばさんと同様に商人なのだろうか。
なんだか身ぐるみをはがされそうな気がしたカオルは、俊敏な動きで相手のスキを見出し走り出した
「あっ! ちょっと」
「すいません!! 自分ちょっと急いでるんで」
嘘ではない。元の世界に帰らなきゃいけないのだ。私は
「ちょっと疲れたー!」
叫びながら走っていると、足をひねって縦回転しながら転がり、人工的に作られたちょっと大きめの水路にミラクルな動作で落ちた。途中でなんか蹴っ飛ばしたような気がした気がしたが、気のせいだろう
どんなお笑い芸人だって、リアルでこんなことできないだろう。
「う、うう。最悪」
腰も頭も全身が痛い。意外と浅いです。
「それは俺の言葉だ」
横を見れば、なぜか同じ場所で落ちてる男がいた。濡れた帽子を手の中で絞りながらも、その顔は怒りを抑えるようにピクピクとヒキつっている。
「え?」
「いきなり人を足蹴にしてこんな場所に落としておいて、謝罪の一言もないのかよ」
何か足に当たった気がしたが、彼だったらしい。
「ごめん」
カオルは一言そういって水路から上がった。
「ごめんで済むわけねえだろ! そんなんで濡れた商品は戻ってこねえんだよ!!」
「お金の持ち合わせもないんで、また後日ということでお願いします。……げ」
濡れた服を絞っていると、兵士と目があった。
「わわわ」
「ふざけんじゃねえ! どこのやつだ。ベールもかぶってねえし。異端信者かよ」
この立て込んだ中男が水路から這い上がり、カオルの腕を掴んだ。
「ちょちょちょちょちょ。ほんと、今立て込んでるんで、また改めて謝罪いたしますので」
つかまれた腕を外そうとするが、固い。
なんという執念。
「おい、そこの市民。その女をこちらに引き渡せ」
終わった。カオルはそう思っていた。……が、少し違った。
「るっせぇ! 今は俺のほうが先なんだよ!!」
え、逆切れ? 兵士のほうが偉いんじゃないの? この人、馬鹿なの? ラッキー
「ねえ。本当申し訳ないんだけど、これも運命だと思ってくれる?」
「あん?」
「そいやあああ!!」
つかまれた腕を叩き落とし、相手の襟首を掴んで投げ飛ばした。
「ぐあああ」
兵士たちも巻き込んで男は倒れこんでいった。カオルは親指を立ててにっこりほほ笑んだ。
「さらば」
「て、てめえええええ」
走り出したカオルは、目を見開いた。
力を抜いたとはいえ、投げ飛ばされた人間がすぐ起き上がってこちらに向かって走ってくるではないか。
なんという執念(二回目)
「うぎゃああああああ!!??」
びっくりしてカオルは悲鳴を上げ、全力で逃げた。
途中二人組の男とすれ違った。
「ようロスタム。そんな怒り狂ってどうした」
「危ないぞ、ハニシュ」
「邪魔だ!!」
後ろでなんか痛い音が聞こえたから、殴られたか押されたかしたかな。ドンマイ、ハニシュ。
「っていうか、そんな怒らなくたっていいじゃん!!」
カオルは振り返った。ロスタムと呼ばれた男は対峙するように構えた。
「見知らぬ女に蹴られるわ投げられるわ……怒らねえほうがどうかしてるわ!!」
確かに。
「だから、謝ったじゃん!! 今取り込んでるってちゃんと説明もしたし」
「逆切れすんじゃねえ! これだから女は」
「今のカチンときたわー。何? 男女差別? 男尊女卑主義なの? だっさいわー。だからモテないのよ」
「か、関係ねーだろ! この年増」
「と、年増じゃないし! この餓鬼」
よれよれの兵士がやってきた。
「お、い。女、いい加減に」
「「煩い! 今こっちは立て込んでんだ!!」」
二人の余りの勢いに涙目になって、下がって行った兵士。周りの観客がわあわあ面白いものを見るような目で見守る。
「どっちが勝つか賭けるか」
「頑張れねーちゃん」
「男の面目守れよー」
やんやっやんや。
誰かが落とした植木の割れる音で、私たちは動き出した。
相手の拳が、顔を狙って放たれた。女相手に顔面直線ってどうよ。
カオルはそれを難なく避け、逆にその腕を掴んだ。
「うぐ」
さっきので学習したのか足に力を入れるロスタムに対し、やや後ろに回り込んで足払いを繰り出す。容易に彼の足は浮いてしりもちをつく。
そのまま押さえつけ、寝技に持ち込んだ。
「食らえ、腕十字」
「う、動けねえ!! え? え? いてぇ!! いてでででででで!!!」
バンバン床を叩くロスタム。
そりゃ痛いでしょうね。私も少し大人げなかったかな。
力を弱めようとした
が
「やめろこのババぁーーー!!」
骨の折れる音がした。
「なるほど、君がロスタムの腕を折ったという婦人か」
「申し訳ありませんでした」
彼の家の前で正座して頭を下げるカオル。
「いや、残念だが謝罪だけされても困る」
髭の立派な男性は彼の父親で、この立派な商家の大黒柱だそうです。
「はい、なんと申しますか……あの。すみません。なんでもさせていただきます。はい」
「だから、君にはこれから住み込みでこいつの世話をしてもらう」
「はい……。はい?」
ロスタムがピカソみたいな顔をした。
「こんな野蛮人が俺の世話見れるわけないじゃないか、ですか!!」
「黙れロスタム。お前も追い掛け回したりして非があるだろう」
いえ、彼は全くの無実だとおもうのだけれど。
逆らえないのだろう、彼は何も言わなくなった。
「じゃ、決定ね」
「あ、あの時の」
美しい女性が小さな可愛らしい少女を連れて笑顔で手を振っていた。
「私はシーリーン。これからよろしくね。カ・オ・ル」
カオルは乾いた笑いしか出てこなかった。
「どうなるんだろ、私」
たとえとんで来方がカオルと七菜が逆だったとしても
カオルは女神になんてなれないし
ロスタムと必ずどんな方法でも出会っていただろうという話。
絶対始まりは追いかけっこから