四月一日
カオルは一日中あちらの世界のことを考えていた。
立って座って空を眺めて、それでもこのモヤモヤするこの気持ちをいったいどうしよう。
「よっしゃ、散歩いこ」
カオルはジャージに着替え、外に出た。
桜の花が舞い落ちる美しい光景。
和の国日本、どんな逆光にも負けず、小さいながらもつぶされず、己の文化を独特的に発展させていった国。
私はこの国を誇りに思う。
約束された保護と、平穏の元この国に残るか
それとも、己の感情だけであちらの世界を取るか
「……」
とぼとぼ、いつのまにか下を向いて歩いていると、きゃっきゃという笑い声が聞こえた。
「……?」
公園のほうへ目を向ければ、ブランコに乗って楽しそうにしている姉妹がいた。
「あ、靴飛んじゃった」
「取ってきてあげる」
お姉さんらしい少女が靴を取りに走り、ふとこちらに目を向けて手を振った。
「カオル! ばいばーい」
「え」
少女は靴を持って妹のところへ行って、手をつないで別のところへ走って行った。
カオルは困惑した。
「呼び捨て?」
なんで少女が自分の名前を知っていたのだろうか……。
首をひねりながら歩いていくと、犬の散歩をした青年が河川敷の道を立ち止まりどこか遠くを眺めていた。
「こんにちわ」
青年はこちらを見ないまま言った。
カオルは何故自分がいるのが分かったのだろうと思いつつ、挨拶を返した。
「犬っていいよね、自分に正直だから」
青年はそう微笑んで歩き出した。すれ違いざま肩をぽんっと叩いて
「自分に正直でいいんだよ、カオルさん」
と歩いて行った。
カオルは後ろを振り返ったが、彼は止まることなく犬に引っ張られるように歩いていく。
知らない初対面の人のはずだが、何故彼も人の名前を知っているのだろうか
どうやら知らぬところで個人情報が漏えいしているような気がする。
「……」
カオルは再び歩いていると、赤ちゃんを抱いた女性が愛する旦那に手を振っているのが見えた。
「向こう着いたら電話ちょうだいよー」
旦那さんは笑顔で去って行った。
赤ちゃんを抱いた女性は家に戻る前にこちらに気が付いて手を振った。
「こんにちわ」
「え、あ。こんにちわ」
周りには誰もいなかったのでカオルはとりあえず返事をした。
とてもきれいな女性はこちらにやってくると、ポケットを指差す。
「悪いんだけど、家の鍵ポケットにあるのとってくれる?」
「えぇいいですよ」
カオルは彼女のエプロンポケットに手を伸ばし、鍵を手にした。
すると、彼女は「あぁ、違ったわ」と、にこやかにほほ笑んだ。
「鍵は開いていたんだったわ。ごめんなさいね」
「いえ、構いませんけど」
「お詫びにそのカギあげるわ」
「え?」
彼女はニコニコ微笑み、家のほうへ歩いて行った。
「じゃあね、カオル」
そういって扉を器用に開けて家の中に入って行った。どうなっているのか、そしてこの鍵を一体どうしろというのだろうか。
カオルは首を傾げながら鍵を持ったまま歩き出した。
見知った道のはずなのに、ふわふわした感覚のまま歩いていると、ふと目に留まる細道。
なんとなくその道へ向かい歩き出すと、古びた教会へとたどり着いた。
「……」
手にかけ、扉を開けてみようとしたが、鍵がかかっていて開かない。
ふと、左手に持っていた鍵に目を落とした。
――― まさかね
カオルは鍵を差し込んで回した。
かちり、音がして扉が開く。
「……嘘」
少し怖いんですけど。
カオルはそう思いつつ、なんとなく教会の中に入った。
美しい天使が描かれたステンドグラスに降り注がれる太陽の光。
眩いが見惚れてしまう。
「にゃあ」
足元を見た。
可愛い白いネコがいた。
「迷い込んだのかな?」
しゃがみこむと、扉のほうで人影ができた。
「おい、みーこ」
「ねこちゃんなら、こっちにいますよ」
相手はこちらを見ると、同じように目を見開いた。
「……カオル?」
名前を呼ばれカオルは立ち上がり、相手を見た。
「……ロスタム?」
古代の服ではなく現代の服を着ているので、一瞬分からなかった。
ロスタムはカオルに抱きついた。
古代にいた時とは違う匂い。
「会いたかった。……ずっと会いたかった」
「ロスタム……」
古代人の彼が現代人になって現れた。
「懐かしいな」
「ロスタム……も、現代にとんだの?」
「はぁ? んなわけないだろ」
あきれるものを見る目で見られた。
「『ロスタム』は古代での名前だ。今は俺も日本人だしな」
「生まれ変わりってこと?」
「そういうことだな。……最近になってさ、『夢』を見るようになったんだ。お前と出会った夢」
「……」
「恋して守って、追いかけて、喧嘩してさ」
彼は照れくさそうに笑った。
「ずっと、会いたいって思ってたんだ」
「……」
ロスタムは嬉しそうに語るのを見ながら、笑みを崩した。
「カオル?」
「そっか」
掴まれていた手をそっと離し、歩き出した。
「カオル!」
「ごめん」
カオルは振り返った。
「君はロスタムじゃなかった」
「俺はロスタムだ、お前の知ってる……」
「そうじゃない!」
カオルは首を横に振って悲しそうに微笑んだ。
確かに彼は『ロスタム』だ。
キオクも、話方も、見た目も、私の中の記憶の中のロスタムそのもの
でも、彼は違う。
彼は未来のロスタムだ。
私の過去のロスタムじゃない。
「ありがとう、恋しいと思ってくれて」
「カオル……?」
「未来のあなたはロスタムを捨てて、本当の自分を生きて」
教会の光が、強く輝いている。
カオルは振り返ることなく、その場を出ていき。
空を見上げて歩いた。
「未来の彼らに会ったって意味ない。私が大好きだったのは、あの時代のあの時を一生懸命生きていた人たちなのだから」
車の急ブレーキの音とともに、カオルの躰は大きな影に包まれた。
最後に見えたのは、貴方の笑顔。
私も微笑んだ。
これで、会えるね……。
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「殺すな、こら」
カオルは朗読をしていた七菜の頭を殴った。
「エイプリルフールネタだよ」
「内容がBADEND過ぎるわ」
「一応考えてたルートの一つらしいけど」
「主人公死ぬ話って何?」
「えー? 作者曰く『当初のラストは古代巡回終わったらそれとなく死ぬ予定』だったって」
「私に何の恨みが……」
七菜は本を閉じながら手を振った。
「ま、どうなるかは分からないけど、もう私にできることはないから頑張って」
「何をどう頑張ればいいのか」
「そこはほら」
七菜は拳を突き上げた。
「ガッツで」
「限界があるわッ!」
ということで 番外編(嘘END)内容でした。