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現代→古代  作者: 一理
現実のようで
137/142

団欒のようで

 お母さんはいつも幸せそうに優しくニコニコしている。タクローや、アカリは母さんに似たのだろう。

 それに比べ、いつも仏頂面の私はきっとお父さん似。

 この無駄にパワフルな運動量や、相手が何であれ容赦ないところとか、まさに遺伝である。

 別に嫌じゃないけど、嫌じゃあ無いんだけど……


「いい加減にしてくれない?」


 アカリの怒りのこもった声で我に返った。

 近くの柔道場を借りて父と二人で朝からずっと勝負をしていたのだ。今の時刻はもはや夕方の六時。

 お昼ご飯を食べた記憶がないから、もうずっと父と一緒にいたのだろう。

「まったくもう! カオルは病み上がりだっていうのに、父さん! いい加減にしなさいよ!」

「う、むう」

「カオルも! 自分の体力の限界知らないわけじゃないんだから、やめる時はやめなさい!!」

「う、うん」

 アカリは片づけを手伝ってくれながらも、ずっとプンプンと怒っていた。

 体の心配をしてくれているのか、はたまた呼びにわざわざこらされたのが気に喰わないのか……。

 片付けも終わり、帰るときに見学していたのだろう人が

「オリンピック出るのかい? 応援するよ。頑張ってね」

 と言われてしまった。

 否定する前に去られてしまったので、もう次からあそこ行けない。

 

 別に楽しくって夢中になったわけでも、悩み事を払しょくしたくてこの時間まで父と戦っていたわけではない。

 ただ本当に、ほんとーにつまらない話なのだが。



 父に負けたくなかったのだ。



 私は父に似ている。仏頂面で、気が利かなくて、融通が利かなくて……ものすごく負けず嫌いなのだ。

 まだ勝てたためしはないのだが、一度始めるとどうしても勝つまでやりたくなるのだ。そして、対する父も、負けず嫌いなので、相手が病み上がりであろうと、女であろうと、まして実の娘だろうと容赦なく技をかけてくるような人なのだ。


 アカリが怒っているのは、馬鹿な私たちの『負けず嫌い』な部分を思ってのことかもしれない。

「ほら、さっさとお風呂入って着替えてきてよ。ご飯食べたいんだから」

 家に着くなりそういってお風呂場に放り込まれた。

 父は私が出るまでは入れないらしい。

「……」

 アカリが怖いのでさっさと汗を流すカオル。

 さあ出ようというとき、負けたことが悔しかったのでシャワーの温度を水に設定するという、少しだけ小さな意地悪して風呂場を去った。


 のち風呂に入り、シャワーを使った父の謎の奇声の意味は分からなかったが、驚いただけだろうから気にしないことにして飯をよそおった。

「姉ちゃん、母さんがさー今日可愛いぬいぐるみ買って来たんだけどさー。それにリボン買ってつけてるんだよ」

「へー、ぬいぐるみをねー? 何かあるの?」

「ナニモー?」

 嬉しそうにフフフと笑う母。

 彼女の膝の上にあるのは可愛い猫の少し大きなぬいぐるみ。

「カワイーデショ?」

「まあ、確かに」

「いらなくなったら頂戴」

「どうすんの、タクロー」

 タクローは頬を少し赤く染めた。

「好きな女の子にあげるのさ。へへ、きっと似合うんだろうなー」

「「へえ、そう」」

「もう少し興味持ってよー!」

 普通男の子からそういう話を振るのは中々ないと思うが、わが弟ながらなんというオープンさである。

 父が風呂から上がってきて、席につく。

 が、つく前にカオルの後ろを通り、自然な体運びでカオルの頭にこぶしを落とした。

「ぐふっ」

「父さん!!」

「ふん」

 タクローが笑いながら小さい声で「何したの?」と聞いてきたが、カオルは頭を抑えるので精一杯で、何も答えられなかった。

「サア、ゴハンタベマショー!」

 母の言葉に、父が「いただきます」と言ったので、私たちもそれに倣いおなじように「いただきます」と言った。


 いつも暖かい母のご飯は、とてもおいしく……愛情を感じられた。

 私はこのご飯を食べて育ってきた。

 いつも微笑んで優しい母と、ぶっきらぼうで厳しい父と、同じ時間に生まれてきた双子の片割れと……お調子者で、心優しい弟といる、この空間で

 本当の家族。


 とても愛おしい家族。

 この中の誰かが欠けても、きっと悲しい。それはきっと逆でも言えること。

 私があっちの世界を選ぶということは、私はこの心地よい安心できる幸せの団欒を去るということ

 結婚して、土地を離れるのとは話が違う。

 

 愛してるから、命よりも大事だからって

 感情任せにこちらの世界ではなくあちらの世界を選ぶほど、私は恋に純情でもないし

 それを決断するには、私は大人になりすぎていた。


 あちらに『戻りたい』……という意思と、こちらで『忘れたい』……という想いが、私を苛んでいく。決められないのは、私の意思の弱さ。

 曖昧でいられないのは、私の性格の強さ。

 

 父と戦っても、アカリと談笑しても、母に甘えても、タクローを弄ってみても、払しょくできないこの葛藤の気持ち。

 解放されないのに、ならないもどかしさ。

 きっと私は知ってしまった。

 あの世界の居心地の良さを。彼の傍にいることの幸福を。女でいて尽くすことの喜びと、仕事を認められ、必要とされるその場所を

「……」

 私は親不孝なのだろうか。


「カオル?」

 ハッとする。

 食事を終え、ソファーに身を沈めていたらしい、まったく途中の記憶がない。

 横に座る母が少しだけ心配そうに眉をゆがめていた。

「なんでもないよ。ごめん、眠たいみたい。もう、寝るね」

 立ち上がると、手を掴まれ強く引っ張られた

「わ」

 母の匂いに包まれた。

 柔らかい母の胸、髪の毛の触感、暖かい手がカオルの頭を撫でた。

「ヨシヨシ、イイ子。ワタシノ愛オシイ子」

 恥ずかしげもなく愛をささやく母の言葉に、なぜか涙があふれてきた。

「オカアサンネ、生キテテヨカッタナーッテオモッタ事、三ツアルノ」

 顔を上げられずにいると、背中を撫でながら母は続けた。

「一ツメハ、茂ト出会ッテ結バレタ事」

 母は本当に父が大好きで、いつも愛してると言っていた。父はたまにしか返さないが、本当に嬉しそうに父に愛を送っていた。そんな母をみるのが私たちも大好きだった

「二ツメハ、アカリ・カオル・タクローが産マレテ来テクレタ事。トッテモ嬉シカッタァ」

 私たちの誕生日はいつもたくさんのキスや抱擁をくれた。

 生まれてきてくれてありがとうと、愛しているわ。と、常に私たちを慈しんでくれた。

 無償の愛というのは、こういうことをいうのだと、幼いながらに思った記憶がある。

「あれ? カオル姉ちゃん、母さんに甘えてんの? じゃあ僕もー」

 カオルの顔をみないままでタクローは右に座って母に抱き着いた。

 扉が開くと、将棋の本を持った父が現れ、母の左側に座った。タクローが父を見て「めずらしー」と言葉を漏らす。

「はあー、言いお風呂だった……。あれ、何? みんなそろって」

 ソファーの後ろに立ち、四人を見るアカリ。カオルの頭にそっと手をのせた。

「母さん……」

 アカリは涙声で小さい声ながらも、母を呼んだ。

「母さん、三つめは……?」

 泣いてることに驚いた顔をして、何か言いそうだったタクローの口を押えるアカリ。

 母はにっこりほほ笑んだ。

「ミッツメハ、コウヤッテ家族一緒二居テ、皆デ笑ッテイラレル事ヨ」

 けどね、カオル。

 と、母は続けた。

 

 いつも一緒に居られることはないの。時々、離れ離れになっちゃうこともあれば、もう会えないこともあるわ。遠くに行っちゃうことも、あるわね。

 それでも良いの。

 私はねカオル。みんなが幸せで笑っていてくれれば、それで幸せなの。

 他はなーんにも望まないわ。

 だってそうでしょ?


 私は幸せなんだもの。

 茂がいて、あなたたちが生まれてきてくれて、無事育ってくれて、今こうやって思い出を作って

 ね、素敵なことでしょ? 

 泣かなくていいのよカオル。

 あなたが何に悩み苦しんでいるかわからないけれど、自分の気持ちを一番に大事にして。


 お母さんは、すっきりした顔のカオルが好きなの。

 アカリは笑顔が可愛くて目標のあるステキな子。タクローは優しくて面白い子。貴女はハッキリして物怖じしない子。

 みーんな私の大事な子

 私があなたにしてあげられることは、少ないわ。

 もう貴女は大人だもの、私が居なくとも平気でしょ?


 でもね、忘れないで。


 私はいつもあなたたちを想ってるわ。

 たとえ、どこか遠くへ行こうとも、近くにいてもなかなか会えなくても

 私たち親が思うことは一緒。

 子が幸せでありますように。

 

 そういって私の頬をなでる母の手は、涙でぬれていた。

 もらい泣きなのか、思うことがあるのか……アカリも涙を流し、母を見ている。

 タクローは照れくさいのか、クッションに顔を埋めて、小さく笑っていた。

「忘れないで、カオル」

 優しく額にキスを落とす母。

「貴女は一人じゃないわ」

 私はただ、子どものように泣いて何も言えず、頷くしかできなかった。

 父が遠慮がちに手を伸ばし、カオルの頭を撫でた。それはまた、嬉しくて涙が溢れて

 誤魔化すように笑った。

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