現代のようで
一週間病院ですごし、異常がなかったため退院できた。
両親にものすごく心配された。それは申し訳ないと思う。思うのだが……
「頑張れ、カオルー!」
「負けるな姉ちゃん!!」
「アナターガンバレー」
目の前に対峙するわ我が家の大黒柱でもある、実の父親。
―――― 紀伊 繁である。
退院後、なまった体を戻す為ランニングしていると父に声をかけられ、柔道場を借りて今に至るのだが。
「ナゼ、黒帯ノ父ト勝負セネバナラヌノカ……」
腰が引けてしまう。
強面を崩さないまま腕を組んだままの父がこちらを見下ろす。
「こい。お前の全力、見せてみろ」
「えぇぇ……」
とてもいきなりですね!
お母さんが嬉しそうに手を挙げた。
「ソレデワ……はじめ!!」
手を降ろされると同時に父が動いた。
カオルは掴まれぬようリズムを崩さず後ろに下がり、相手の腕から逃れた。
「っふ」
お互い攻防を繰り返し、カオルは守りから攻めに変える。
が、襟首を掴まれた。
「ぐ」
投げ飛ばされそうになるのを堪え、同じく相手の襟首をつかみ、足に力を入れる。
ぐぐ、と力を入れるが、思うようにいかない。手を抜いているわけではないが、どうにも踏み込めない。
その様子を見ていた外野は驚いた顔で見守っていた。
「一年以上寝てたのに、父さん相手によく姉ちゃん粘れるよな」
「馬鹿ねタクロー、父さんだって手加減してるわよ」
「イイエ。シゲル、テガゲンシテナイワヨ」
「「え?」」
父の目はぎらぎらと輝いている。
おそらく一度でも投げられれば、もはや再起不能に陥るだろう。
――― 家に居たらあれこれ悩んで辛いから、ランニングはじめたってのに……また動けなくなったら
カオルは歯ぎしりを一つした。
「考え事か、舐められたものだ」
急に力を抜けられ、カオルはバランスを崩した。
体制を戻す前に再び襟首をつかむ手に力がこもり、足払いをされ、投げ飛ばされた。
「うあ!?」
しかし、それはまるで稽古の時の様な感覚。
すぐに手加減されたのだと知った。
「……父さん?」
「次は本気で叩き落とす」
スッと構えを取る父。
カオルはキッと顔つきを厳しいものにした。
手加減された心遣いに、自尊心が傷ついたからだ。
男だから女だからと、対等に扱われない態度が嫌いな性質のカオルは、すごく負けず嫌いだった。
たとえそれが相手のためでも
どんな時でも戦いは正々堂々真っ向勝負
「負けない……!」
カオルも構え、相手を見据えた。
「……」
「……」
場が無音に包まれたとき、カオルは動いた。
「やあああああ!!」
カオルは目を覚ますと、ソファーに寝転んでいた。
「負けたのか」
本当に叩き落とされると思わなかった。
生まれてこの方、父に勝ったことは一度もなかった。口論でも、体術でも……だからこそ尊敬できる。
「……なんで投げられたの?」
横にいたアカリに聞く、彼女は肩を竦めた。
「父さんなりの、愛情表現なんじゃないの?」
不器用だから、と別室にいるのだろう父のほうへ目を向けるアカリ。
「母さんは?」
「タクローと買い物」
そっか、と呟く。
アカリはカオルの隣に座り、テレビをつけた。
「何か面白いのやってないかな」
バラエティやら、ニュースやらチャンネル変えていたアカリの手をカオルは止めた。
「今の、見せて」
「え?」
チャンネル変えると、ニュース番組で、行方不明になっている少女の捜索を打ち切ったという内容だった。
休日に一人映画を見に行き、そのまま帰らなくなった少女。
その少女の名前は
「小野田……七菜……!」
「この子、確かカオルと同じ映画館に行ってたみたい。あの映画館呪われてるのかもね」
「そうだ、そう。ああ、そうだ……」
「ん?」
思い出した。
映画館。
「私、映画館で……くだらない宗教騒動に巻き込まれたんだ」
「え? 忘れてたの?」
アカリが立ち上がり、何かを取りに行った。
―――そうだ、思い出した。
私が見た映画の別のやつに、古代の女神についてを題材にした映画あった。
その映画では主神を差し置いて、女神が最高神の話であり、その代表物として古代の壺が展示されていた。
ずっと昔に発掘されたそれは、その時代の神が舞い降り実際に作った壺。
「あの壺……」
壺と映画を壊しに反対派が攻め入ってきて、その時みんな手を挙げ壁際に固まるよう言われた。
指示に従っていたら、子どもが落としたぬいぐるみを拾いに走り出した。それを反抗する大人と思った反対派が確認する前に発砲。
とっさに庇った私の背に、発砲によって割れた壺が刺さった。
「そうだ、そこから記憶がなくなった。……でも待って」
あの壺。
展示されていた壺に見覚えがあった。
「これ、カオル」
手に何か落とされた。
「運悪くあなたの背中に埋まりこんだ破片らしいけど。壺についてた装飾にしては、一個しかないし、バランス悪い奴よねー、埋まってたことには変わりないし、壺のか分からないから、一応いただいてたんだけど」
手の中にある石。
それは一度だけ手にした、大切なものだった。
「……アイスジェイド」
ロスタムがくれた、願いの叶う石。
あの時は確か、誰かに押され手から飛んで行った石が……私の作った壺の中に入って運ばれていったっけ。
そしてその後七菜に連れられ、祭りでライオン騒動……。
私の背中にあった……?
七菜は私の背中を触って『ある』と言った。
この石のこと?
「……」
カオルはある可能性に気づいた。
夢かと思ってた。でも七菜の存在が、そうではないと示した。
もう歴史は塗り変えられたと思った、でも石がこの手にある。
つまり、まだ戻れる。
あの世界に
「タダイマー」
「今日は御馳走だってさー」
タクローと母の声がした。
生まれ育った故郷を捨て、もう一度……あの世界に
選べる? また捨てれるの? もし、知り合った時間が消えていたら? 大切な人たちが居なかったらどうするの?
恐怖。
悩むには、重すぎる。