鬼ごっこのようで
ほとんど勢いだけでアリーの屋敷から出てきたわけだが、『兄さん』って結局誰?
顔も知らないのに、というか私の欲しいモノって何?
「……はあ、嫌になるな」
自分の理性よりも、本能で動いてしまうなんて……獣と同じではないか。
こんなこと無かったのに……
「……はあ……買い物いこ」
ため息とまらんぜよ。
カオルはわずかにいただいた金を確かめ、歩き出す。
「ん?」
不穏な空気を感じ、振り向いた。
「わん」
「なんだ、犬か」
可愛いなぁ。撫でようと屈み手を伸ばすと、やはり殺気を感じた。
「……」
顔をあげ、殺気の感じる方向を見ると、ものすごく目つきの悪い険悪なオーラを放ちながら、早足をゆるめることなくこちらに迷わず向かってくる男が一人。
「…………」
カオルは少し見ていたが、やはり真っ直ぐこちらに向かっているのが見えている。
よし、逃げよう。
カオルは後ろを向いて走り出した。後ろで怒号が聞こえた気がしたが、そんな見知らぬ男にキレられるほどかかわり持った覚えない。
「……うぎゃあああ!!」
走りながら振り返ると、凄いどす黒いオーラを放ってこっちに向かって走ってきているのが見える。
怖いのに、どこか笑えるのはなんでだろう。
「まてごらー!!」
あ、やっぱきっとガラの悪いゴロツキなんだな……よし、逃げよう。
カオルはふと目についた裏路地に入って逃げ込んだ。
ここならばきっと見つからないはずだ、と、顔をあげるといつぞやの誘拐犯たちだった。人生何があるか分からないというが、本当だと思った瞬間
「え、っと……えー道間違えました~」
振り返るとすでに巨漢に道をふさがれていた。こういう時のこいつらの連携ってすごいよね。感服。
「せっかく来たんだゆっくりしていけよ」
「いえ、忙しいので」
「そういうなよ。あの時の礼もたっぷり……してやるからよ」
拳ならしながら女に迫るって、最低だと思います。
口にできない自分がいる。
「うぎゃあ」
巨漢に集中していたら身体を押さえつけられた。身体に力が入らない。なんでだろう……心に迷いがある。
ラシードの時に吹っ切れたのかと思ったけど、そうでもなかったらしい。
自分の身を守るためとはいえ、他人を傷つけていいのか……
「た、助けてー!!」
「おぉ、前とは違ってえらいしおらしいじゃないか? ええ?」
首を絞められる。
あ、ツんだ。
「カオルを離せ!!」
ドンッと何かにあたった巨漢がバランスを崩し、カオルは自由を得た。
首にある痛みはそこまででもなく、せき込みながら立ち上がった。見れば怖い顔で追いかけてきた男が助けてくれたようだった。
一人で男たちに噛みつく。
「……」
この光景を、私は知っている……。
「カオル! 逃げろ!」
「気取ってんじゃねーよ! 殺してしまえ」
腰に差していたナイフを取り出す男たち。
「さっさと行け!」
「行けっつったって」
こっちも囲まれてんだって……最初三人だった男がいつの間にか二倍の六人になっていた。
「っ」
ナイフ……怖い。
急に、なんでこんな心弱くなったんだろう……どうしようってそればっかり考えてる。
「うきゃ」
足元にナイフが転がってきた。
見れば助けに来た男が一人の男を殴り飛ばしたようだった。見た目ひょろいのに、意外と力あるようだ。
「たく、何ぼさっとしてんだよ」
こっちまで走ってきて手を掴んだ。
「拉致があかねえ、逃げるぞ」
「逃がすかよ」
まさしく袋のネズミ。
背中に嫌な冷や汗が流れるのが分かった。
「!」
不安に思っていると、手を強く握られた。
「そんな顔すんなよ、お前らしくねえな」
ごめんなさい、記憶喪失なんです。
彼はしばらく、相手を睨みつけていたけど……小さい声でささやいた。
「俺は……もし、お前が消えても、俺の前から居なくなっても、俺はずっと待ってる。お前が戻ってくるのを……だけどな」
ナイフを持った男たちが襲い掛かってきた。
男はそれを、片腕で受け止め、もう一方の手で相手を転がした。
「! それは……」
「俺の目の届かないうちに消えるのは許さねえ! 俺の目の前に居ろ!」
カオルの脳内に光が走った。
走馬灯のように走るその光景は、私の記憶。
「この野郎」
味方の男の背後により、ナイフを振り上げたゴロツキ男にカオルは回し蹴りを脳天に食らわせた。
死んだらどうするって? そうなったら心の中で償うよ。
悪人に容赦はいらず、そうしなければ、自分がやられる。自分の身は自分で守ろう。誰かの世話になることは悪くないけど、その分誰かが傷つくのは嫌だ。
「ねえ……」
カオルは、男たちに目を向けた。
「ひぃっ!?」
「表情がさっきと全然違う!?」
「……悪い人が行く場所って、どこか知ってる?」
男たちは殺気の含まれた、カオルの問いに縮み上がって、勝手に想像を膨らませて逃げ出した。
その背を見送りながら、カオルは首を傾げた。
「豚小屋にそんなに行きたくないの? ……まあ、処刑されそうだしね」
「お前にな」
「失礼な……そんなんじゃモテないよ? ロスタム」
カオルは手を伸ばした。
彼はカオルの手を引っ張り抱きしめた。
「お前がいりゃそれでいい」
(砂糖吐きそ……いや、いいんだけどね)
カオルは、頭の中がすっきりしたような爽快感に満足しつつ、自分の性格の難点に改めて考えさせられた。
分からないことを後回し、今を知ろうとするという、なんとも無駄な時間を過ごすやり方。
(なんという自分のマイペースなことだろう)
「ところで、なんで逃げたんだよ」
「そういやなんでここまで来たの? 私のためだったら地の果てまでついてくるの?」
逃げた理由をごまかすために、話を誤魔化してみたら失礼な発言になってしまった。
しかし、彼は怒ることなく呆れたと言わんばかりの態度でカオルを見る。
「あのな、俺もそこまで暇じゃねえんだよ」
「ここまで来ておいてよく言うよ」
「殴るぞ」
「殴れるものならどうぞ?」
やいやいといつもの調子で会話を続けていて、ふと気が付いた。
そういえば、自分はもう一人失礼な発言をした人がいたな、と
「……」
そこは保留で
「ねえロスタム」
カオルはロスタムの目をジッと見つめた。
「貴方は、私の知らない私を知ってるみたいだけど……何を知ってるの?」
「……内面の話か?」
「違う。私が『消えたとしても』の件。まるで、『私が消える前提』の話じゃない」
「……実際なんども消えてるだろ」
否定はできない。しかしわかってるくせに言わないとなると意思は固いようだ
「言う気はないと」
「何の話だ」
彼は自分に都合悪いことがあると、とても目つきが悪くなる。
今もとても鋭い目になっている、どうも顔に出るタイプだ。分かりやすい
「さて、どうしようかな……とりあえずそうだね」
カオルはロスタムの手をひいた。
「アリーの家にお邪魔しようか」
その時の彼の顔は、とてつもなく凶悪かつ不細工だった。