動物に縁があるようで
エジプトに来てからだいぶ経った。
記憶は戻らない。
「……」
気持ちがいいよと教えてもらった場所で、寝転んで空を仰ぎ見ていた。
川の近くなので、水の音が心地よく響いている。耳を傾けながらも目を空に向ければ流れる雲が見える、雲の形も流れも青い色も、どこの国から見ても同じらしい。
「……」
目を閉じると、影ができた。
何故?
閉じた目を開けカオルは横を見ると、ラクダが居た。太陽の位置からちょうど邪魔になる感じの距離の近さ
「……あ、え……っと? 何?」
「ぶふっ」
鼻を震わせ、座った。すまし顔のラクダはカオルに顔を寄せ匂いを嗅いだ後、満足したのか、はたまた最初から興味なかったのか、目を閉じて眠ってしまった。
「え、ええ~……なんなの?」
アリーは「それ俺のじゃないし、君にあげるよ」と星が付きそうな勢いの爽やかさで面倒を押し付けてきたが、「俺のじゃないし」という部分が気になる。
「あんたさ」
カオルは起き上がった。
「群れから外れたの? どっかの飼い主から迷子なったの? 帰らないの?」
頬をなでると、目が薄ら開いた。
「一人じゃ寂しいでしょ」
「……」
「家族はいないの?」
ラクダは話さない。分かってる。でも、聞きたい。
「私も一人、さみしいかどうかも分からない」
記憶がない。知り合いをみても、初対面に見える。残された記憶の中で覚えている顔は、ここにはいない。
けれど、さみしくはない。何故だろうか
吹っ切れた気分だ。
「……さてと、そろそろもどろっかな」
立ち上がると、スカートの裾に重みが
「?」
見れば子鰐がぶら下がっていた。
小さいながらも鋭い目がこちらを見て何か訴えているようにも見える。
「……」
カオルは試しに指でワニの鼻の頭をつついてみた。
微動だにせず。
「そういえばエジプトでは鰐の頭の神様がいたね……? セベクだっけ」
川で生活を過ごしていたエジプトの民は、恐ろしい鰐を神格化させ奉ることによって身を守ろうとしていたとか……。
奉っても襲われるときは襲われるんだろうけど、心持違うのかな……で、その鰐にスカートを二度も噛まれ離れないのは、どういった意味があるのだろう。
「お前、私についてきたって仕方ないでしょ」
口を叩くと噛みついた体制のまま体を捻って回転した。
おい、それ捕食行動だろ。
スカート食べたっておいしくないでしょ。
がさ。
「ん?」
目を向けた。
葦の草むらから顔を出した、ライオン。
「……」
ライオン。
「……ん?」
カオルは目を擦った。
なんで、こんな町近くにライオン?
「!」
スカートを掴んでいた小さなワニが甲高い鳴き声を上げた。
お前か!
「というか、スカート噛んでんのにどっから声出した!?」
そうだ、ラクダに乗って逃げよう、と振り向くと、すでにラクダの姿はなかった。
「ええええええええええええ!!」
ラクダってそんな移動早かったっけ!?
「ガルゥゥルル」
結構アバラ骨スっかすかな感じのライオンが走ってきた。
「うひょおあ!?」
カオルは急いで近くにあった気に上った。ライオンは大きく飛んで木にしがみついたが、爪が食い込むことがなく、落ちた。しかし尚諦めることなく木の周りをうろうろする。
恐怖です。誰か助けてください。
「はいはい、君も怖いんだね」
子ワニを抱き上げた。しかし、スカートを噛みついたままなので太ももが見える。
「誰もいないから気にしないけど、風吹いたら死ねるわ」
もろ見えだもの。
「うわあ、爬虫類ってこんな感触なんだ……っていうか、うるさっ」
手元でわめく子鰐に、足元で唸るライオン。
まさしく孤立無援。
「ん?」
川から大きな何かがでてきた。見れば巨大な鰐。
「……」
子鰐を見た。鳴いている。
まさかの親召喚ですか、そうですか。
足元でワニとライオンが威嚇しあっている。
「うわ、すご」
ワニの頭を抑えようとしたライオンに対し、体をくねらせ口を大きく開け威嚇している。
何ともすごい光景
「これが自然界の本能」
しかし、川の王者に陸の王者か、どっちが勝つのだろう。
見ていると、ラクダがのんびりこっちに向かっているのが見えた。今まで何していたのかと思っていたが、どうやらアリーたちを連れてきてくれたようだ。
増援嬉しいが、遅くないですか。
何故歩く。
「ラクダが助け呼んできてくれたのは感謝しなきゃいけないよね……きっと」
目を逸らしていると急にライオンが雄たけびを上げた。
「!」
そちらを見ればワニがライオンの足に噛みついていた。されるがままでないライオンも離せと言わんばかりに鋭い爪でワニの頭と目を潰しにかかっている。
「カオルちゃん!」
アリーが使用人を連れて走ってきた。
火や槍を持ってライオンと鰐を囲み、どうにかしようとしているが、二匹の殺し合いが激しく手の出しようがない。
今ならこっそり逃げれるのではないだろうか
「降りよう」
そして走って逃げよう。
下を見たとたん、もっていた木の枝が折れた。
「え?」
体のバランスを崩し、一回転して落ちた。
その時ちょうどライオンの上にジャストヒット! あんまり嬉しくない奇跡だったが、ライオンはいきなりの重い一撃に驚き、逃げて行った。その様子を見送り、横を見れば
低いうなり声を上げた血に染まった親鰐が居た。
「ひぃぃえぇ」
小さく悲鳴を上げて、ゆっくり後ろに下がった。
「大丈夫、鰐は陸じゃ行動おそいから、逃げれるさ、だ、だいじょ……」
ワニが大きく口を開け、顔を振った。
「こわ!」
恐怖に飛び上がると、懐から子鰐がぽろっと落ちた。
「あ」
子鰐は親のほうに行くかと思えば、何故かこちらにやってくる。
いや、今そんなフレンドリーなスキンシップは結構です。
「カオルちゃん!」
複数の人間が大人鰐を追い払うと、子どもをおいて川に一目散に逃げて行ってしまった。置いて行かれたというのに子鰐はどうもこちらに来たいようで、鳴き声をあげて微妙に走りながらやってきた。
「……川はあっちだ」
イブンが子鰐を掴んで、川に向かって投げようとすると
「……」
子鰐と目があった……気がする。
「ま、待って」
「!」
イブンの腕を止めた。
手から子鰐をもらい、なでた。その背中は小さくひんやりと、柔らかい。
「ほら」
地に降ろせば、動かない。
少し離れれば、少し近寄ってきた。
「懐かれた……のかな?」
「親だと思ったんじゃない?」
「急に? そんなバカな」
アリーは子鰐を持ち上げて、カオルの手の中に落とした。
「どうする? いらないなら、川に投げようか」
「いや、うーん……」
川を見た。親はいない。
「じゃ、育ててるよ」
帰らないのなら仕方ない。少しして大きくなって外敵から身を守れるぐらいになったら野生に返そう。
ラクダがいつの間にか横に立っていた。
「……お前、色んな意味で賢いわな」
鼻を撫でれば満足そうに眼を閉じた。
決してほめたわけではないのだが、気にしないことにしよう。