聞いてはいけなかったようで
「わあ……なんっていうか、豪華だなあ」
机の上に並べられた食事はとても豪華だ。現代で居た時よりも豪華という。こんなにも煌びやかに並べられると、逆に食欲落ちてしまった。
根っからの庶民だと、見るだけで満足してしまうらしい。
「私は見慣れちゃった」
語尾に星がつきそうな笑顔で言う七菜に、カオルは少し癪に障ったが、家がきっとそうなんだろうなって、納得する。
「紀伊さんの膝の上にずっと座ってるね、ラシード君」
「そうだね」
とても食べづらいです。
ラシードの母親はにこやかにほほ笑んだまま、お酒を片手に隣に座る旦那さんと話している。
旦那さんは、この家についてから始終顔つきがよろしくない。
というより、あまり私たちを歓迎してないという雰囲気を醸し出している。
(気にくわない、というより、快く思ってないって顔)
何が不満なんだろう。
旦那が席を立ち、妻を連れて歩いて行った。
もちろん、こちらに失礼の無いように声をかけて。
「……」
ラシードは膝の上でちょこんっと座って、食べ物を咀嚼していたが、しばらくして飽きたのか手を拭いてカオルの膝の上から飛び降りた。
「ねーたん」
手を掴まれた。
「ラシード寝る。一緒に居て」
(え、私だけ夜までコース?)
まさかの? しかし何も言うことができず、なすがままに手をひかれ廊下に出ると、話し声が聞こえた。
「そういうことを言っているんじゃない」
「言ってるじゃない!」
どうやら夫婦喧嘩らしい。子どもに聞かせるのは酷だろう。
「なに、ねーたん」
「しー」
ラシードの耳をふさいだ。
子どもにとって両親が喧嘩している事実ほど、悲しいものは無い。
「じゃあいこっか」
「だって、あの人はラシードが攫われたのを助けてくれたのよ!」
「名声のための、自作自演かもしれんだろう!」
「!」
自作自演、名声? 私が? 何の話。
耳をふさいでいたら、ラシードが体を預けてきた。寝てしまったらしい。なんと能天気な。さすが子ども
「考えても見ろ、貴族の妾に手を出して産んだファラオの息子だぞ。あのアゼ様が自分の血のつながらない子どもを育てているのだぞ。利己主義のアゼ様が」
アゼ様すっごい言われてる。っていうか、誰の話?
「そんなこと、生まれた子供には関係ないわ! あなた最低よ」
「私がか!? 最低なのは利用されるために育てられているのを分かっていて、家の金を使い、自分の血の繋がらぬ兄を従者として仕わせ、各国に放浪している、アトゥムのことだろう!!」
「他に愛され方を分からないからよ! あなたには分からないの?!」
アトゥム……アリーのこと?
血のつながりのない、兄……イブンのこと、だよね。
ってことは、イブンのお父さんが、自分の妻と王様の間の子どもを、権力目的で育ててるってこと?
「……」
意味わからない。なんで、そんな……アリーが王族なら、王様にそういえばいいじゃん。なんで、貴族の家に留まって……ううん、それよりなんで、こんな嫌われてんの?
「おい」
びっくりして振り返ると、目つきの悪いイブンさんがそこにいた。
この人はこの人で、なんで私を目の敵にしているのだろう
「盗み聞きか。相変わらず行儀の悪い女だ」
「申し訳ありませんね」
皮肉をこぼしたまま、どこかへ歩いて行ったイブン。
カオルは気にすることもなくラシードを抱き上げ、部屋を探すため歩き出した。ら、夫婦げんかしていた二人と目があった。
あ、忘れてた。
かくなるうえは先手必勝!
「んん? お二人とも……何か?」
「え、いいえ? それより、どうかしましたの? ああ、ラシード寝てしまったのね」
奥さんがラシードを抱き上げた。
「どうぞ、おいしいお酒があるの、戻ってゆっくりしてらして」
「ありがとうございます」
笑顔で言われたので、笑顔で頭を下げ部屋に戻ろうとする。
と、旦那に声をかけられた。
「貴女は、たしかバビロニアにいた商人の」
「……すみません、記憶がないもので」
「あぁ、そうでしたね。……よろしければ、向こうの人に連絡しておきましょうか」
「え?」
「向こうの知り合いと会えば、記憶もお戻りになるでしょう」
にこりと微笑んでくれた。
先ほどの剣幕とはえらい違いで、少し引いてしまうカオル。
「あ、ありがとうございます」
「今は、イブン様のお屋敷にいらっしゃるのでしょう」
カオルは笑顔で、適当に相槌打った。
人の陰口って、なんだかヤダな。
「失礼します」
戻ると顔を真っ赤にした七菜とルシアが果物を頭に乗せて、ケラケラと愉快そうに顔を見合わせて笑っていた。……誰だこどもに酒飲ませた奴。
アリーのほうを睨むと、彼はあわてて手を振った。
「俺飲ませてないよ?」
「じゃあ誰が」
「イルタだよ。な」
「さあ、なんのことでございましょう」
上品にワインを飲み干しながらしれっと言うイルタ。
絵になります。
「あの人しれっと素面ぶってるけど、かなり酔ってるよ」
こそっと言うアリーの声が聞こえたのか、イルタはワインをコップに注ぎながら反論した。
「酔うなんて、このような甘い酒で酔うわけないでしょう。酒など嗜み程度に嗜んでおりますこの私に不可能なことなどありはいたしません。酒を飲んでいようが、女神様はきちんとお守りいたします。酒を勤務中に飲むのはいささか不本意ではあります」
「何言ってんのこの人」
「酔ってるから」
珍しく饒舌で、無駄なことばっかり言っている。
「きいさんら~、きいさん」
顔が赤いままへらへらしながら果物を持ってきた。七菜は自分の頭に顔と同じく真っ赤な林檎を一つ乗せた。
「ロビンフット!」
「貴様の頭を打ち抜いてくれようか」
と、カオルは口を噤んだ。なんて恐ろしいことを口走ったのだろうか。
だがあのドヤァ顔は許せなかった。
ワインを飲んでいたイルタがいつの間にかルシアの前に移動していた。
「女神様、そろそろお休みなられてはいかがですか?」
イルタがルシアの肩を掴みながら真顔で言っている。
「間違えてますよ」
「たぶん聞こえてないと思う」
アリーの言葉に、カオルは悟った。こいつらめんどくさい、と。
「きゃははは~、おえー」
真っ青になっていく七菜。
「人様の家で吐かないでくださいよ」
イブンが水瓶を持って戻ってきた。どうやらあれを取りに去っていたらしい。
目つき悪いが、気が利くらしい。
アリーが手を挙げた。
「俺も欲しい」
「私が汲みましょう」
「イルタさんは座っててください」
ある意味新しい一面を見つけることになった夜だった。