因果応報のようで
「アクバルさん」
倉庫の裏からのんびり歩いてきたカオル。
「おお、カオルか。客人はどうだ」
「まだ商品選び中のようです」
「そうか」
策はある。うまくいくか分からないが……そういう目でアクバルを見れば、彼も小さく頷いた。内容は分かってないだろうけど、私に一任してくれるようだ。
「おい、早くしろ。ああ、そうだ。着替え終わったら俺たちに顔を見せてから行くよう伝えろ。女神が紛れ込んでいるかもしれないからな」
兵士の機嫌を取っていると、さわぎを聞きつけたホマーが店からやってきた。
「もうすぐお昼なのに、どうしてみんないないのー?」
カオルの目が光った。
「ホマーちゃん。いま少し取り込んでるんですよー」
わざわざホマーと同じ目の高さまでしゃがみ、兵に背を向けた。
「どうしたの? カオル」
「ホマーちゃん、木の上に怪しい人が居るので、指差して兵士さんたちに報告してもらってもいいですか?」
「上?」
ホマーちゃんが木の上を見た。
「あー!! えっちい人だぁ!」
「げっ」
「アリー様、あの女我々を売りましたよ」
兵士は上を見上げた。
「そこで何をしている、何者だ」
彼らが居る木の周りを、兵士たちはよってたかって取り囲んだ。
「これ、お前の策か?」
見上げているとロスタムが声をかけてきた。策というほどのものではないが頷く。
この騒ぎの隙に、イルタと七菜、ルシアはこっそり倉庫から逃げ出し、シーリーンは急きょサイードに頼んで集めていた自分の友達を倉庫に招き入れた。
「題して『自業自得は自業自得で回収』」
「ごめん、意味わからん」
「見ての通り、アリーに七菜の分の自業自得を払ってもらったってこと。さっさと帰ればいいのにいつまでもいるからだ。ふっふっふ」
「お前こえー」
兵士たちに見つかっては面倒と木の上で身をひそめていた二人だったが、カオルの裏切りによってものの見事に無駄となった。
下に降りれば兵士との交戦は免れない。空を飛べるわけでもないし、困窮を極めた。
アリーはどう潜り抜けようか考えている中、従者であるイブンの目が光る。
「見つかってしまいましたねぇ、ゴシュジンサマ」
「主人様!? しかも棒読み!」
「おやおやー? ……あそこにいるのは兵士たちが探していた女神じゃないですかぁ? いやあ、偶然でございますねぇ」
「!!!」
後ろを見て、七菜と目が合った後、牙をみせながらカオルはイブンを睨みあげた。
彼はにやりと笑った。それはさながら獲物を見つけた時の様な獣の笑み。
唸る獣同士の牽制にアリーは引く。
イブンの思惑通り、兵士たちは木の上の不審人物より、女神の方へ走り出した。
「女神が居たぞ! 捕えろ」
「キャー! 助けて紀伊さん!」
「おい、カオル……イナンナこっちきてるぞ」
自業自得は自業自得で回収ですか!?
カオルは素知らぬ顔で首を横を振った。
「いえ、私は貴女なんて知りません」
「なんでぇ!?」
こちらにたどり着くまでに「わー捕えろー」と七菜一行はいっきに抑え込まれている。女しかいない一行、そりゃ即捕まりますわな。
「……!」
その時見なければいいのに七菜を掴んだ兵士の中に、小さなナイフを持った兵士を見つけた。
(殺す気か)
そう気づいてしまえばもう本能的にカオルは走り出した。
「七菜!」
「!」
「しゃがめ!!」
言われた事に素直に従った七菜。もしくは防衛本能かもしれないが
カオルが繰り出した回し蹴りは、彼女の背後にいた兵士に見事クリーンヒットした。
「がっ」
兵士が飛んで行った。
空気が固まる。
「……」
綺麗に入ってちょっとドキドキしてる。やばくない? これってやばくない?
「き」
カオルは七菜の手を掴んだ。
「貴様も同罪かああああ!!」
「ごめんなさーい!!!」
「カオル!!」
イルタとルシアもどよめいた兵士の隙をつき、逃げ出したカオルの背を追いかけた。
「カオル!!」
ロスタムの何度もカオルの名前を呼ぶ声が聞こえてはいたが、言葉を返すことはできなかった。
君は関係ない。
だからどうか追わず、私も女神も、そんなもの知らないと答えておくれ
あの言葉は嫌いだけど、これはもう
「運命、か」
「はあっはああ! ひぃやああ~!! 死ぬぅー」
「おま、遅い捕まる! 若いんだからしゃんこら走れ!! ……うわ、きたな涎たらさないでよ!」
「らってぇええ」
イルタもルシアの手を引っ張っている状態だ。
「どちらへ向かわれるのでしょう」
「どこへいくつもりだった?」
「私どもはヒッタイトに行く予定でございました。そこならまずイナンナ様を守ってくださるでしょうから」
「そうなんだ」
「でもさ、そんな安易な考えならエンリル=ニラリならすぐわかりそうなもんだけど」
「安易……」
後ろから追い上げてきたアリー組。安易と言われたイルタの顔に暗い影がさす。少しカチンときたようだ。
「では、どう策があるのかお聞かせ願いましょうか」
射殺さんばかりの目でアリーを睨むイルタ。見ているほうが怖い。
「エジプトに来ればいい。幸い女ばっかだから俺が連れて行っても問題なっしょ?」
と、イブンのほうを向いて言うアリー。
彼は不満そうにこちらを見て、小さく頷いた。
「……不思議だなあ」
途中で発見した使われてない家の中に隠れていると急に七菜がつぶやいた。
「ん?」
「いや、私だけだったら誰も助けてくれないと思ってたから」
「何言ってんの」
カオルは七菜の手を強く握った。
「イルタいるじゃん」
「……あ、あぁ。うん、ソウダネ」
「……」
周りの視線が哀れなものを見るような感じになってんだけど、どういうこと?
「じゃあ決まりだね!」
アリーがそう言うのと同時に、兵士が現れた。
なんというしつこさ。
「この方を女神イナンナと知っての狼藉ですか!」
イルタが一喝するが、兵士は武器を下げない。
「貴様らは怪しすぎる、話は牢屋で聞こう」
「……ら……?」
カオルはアリーを見ながら言った。
「うん、がっつりカオルちゃんも入ってるから」
「愚鈍」
「おい目つき悪い人。聞こえてんだけど」
わたわたしながらルシアが落ちていた木の棒を拾い上げ、構えた。
「僕が女神様を守ります!」
「まあ抵抗するならそれしかないよね」
アリーは剣を抜いた。
「……え」
「何? 殺すなってこと?」
「いや、剣持ってたんだって」
「え、そこ?」
それでマント着てたんだ? 割と本気で驚いちゃった。
兵士が隊長の号令とともに走り出した。
この狭い家の中を走ってくるなよ。そう思いながらカオルは七菜を後ろに放り投げながら構えた。
「ふぎゃ。うぎゃあ」
ちら見で後ろを見れば、さらにイルタによってルシアと一緒に後ろに放り投げられていた。
わかります。邪魔だもんね。
「女神以外は最低殺しても構わん」
剣を抜いた兵士が襲い掛かる。
(今なら家の中でよかったって思うかも)
狭い家の中に、大量の人。剣を振るうならできる攻撃方法は2パターン。
突くか、上下に振るか。
横を素早い何かが通ったと思ったら、イルタで
「うぎゃ」
兵士の足を思いっきり踏み込み、緩くなったその手から剣を奪い取っていた。
いまどきの女官ってすごいんだなあ
「っと、チェスト!!」
イルタを見ていると、目の前で剣を上に振り上げる動作が見えたので、すかさず蹴り飛ばした。
こういうのって遅れたらアウトだと思うんだ。
「すごいねえカオルちゃん。さあ、みんな逃げる……よっ!」
アリーが三人をいっぺんに蹴り飛ばした。お前のほうがすごいわ。
「馬を奪ってきました!」
いつの間にか姿を消していたイブンが馬を連れて戻ってきた。あの短時間のうちに……奪った?
「さっすがイブン! ほら、カオルちゃん」
こいつら慣れ過ぎ!!
カオルは驚きながらも差し出されたアリーの手を取るため奥から出口まで走り出すと、後ろで小さな悲鳴が聞こえた。
「いったぁ」
「女神様!」
逃げ出す途中転んでしまったらしい七菜。
その七菜を庇うイルタの背後に、最初に彼女によって剣を奪われた兵士が、拾い上げたのであろう木の棒を大きく振るっているのが見えた。
「危ないっ」
イルタと兵士の間にカオルは割って入った。
右手で相手が武器を持つ手首を抑え、横に払い、左手で転がす護衛術……それは何度も完璧に実践できた技だった。
今回も難なくできる……はずだった。
「っィツ!!」
右腕に激痛が走り、次の行動が遅れた。
その隙を兵士によって先手うたれた。
「がはっ」
腹部に走る痛み。サンダルなのになんでこんなに痛いんだ。
カオルは宙に浮く感覚が終わった瞬間、後頭部に鋭い痛みが走った。……それと同時に、意識が黒に染まって消えた。
「紀伊さんー!!!」