さすがとしかいいようがないようで
「ただいま」
「ルシアー!!」
七菜が店から飛び出て気絶しているルシアに抱きついた。
「イナンナ様……す、すみません。ぼく、心配かけちゃって」
「もー、女の子なんだから心配したよー! 攫われてないかって」
「え?」
「え?」
カオルの「え?」に不思議そうに返す七菜。
少しして、ぷぷーと笑い出した
「あっそっかあ。紀伊さんルシアのことまだ『男の子』って思ってたんだね。ルシアはね、どっちかっていうと『男の娘』だよ」
「ちぇすと」
どす。……ズキッ!
「!」
「痛いー! 紀伊さん酷いー」
「じゃかしいわ」
カオルはそっと手首を抑えた。
右腕が痛い。自滅といえばそうだが、イライラする。
「あの時の、か?」
「何が?」
「別に」
しかし再会がよほど嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている七菜
まあそれも少しの間だけだったが
「イナンナ様」
カオルの後ろから前に現れた人物に、七菜は苦虫を潰したような顔をした。
「うっ」
店に戻る道中イルタとばったり会ったのだ。正しくは向こうから接触図って来たんだけどね
汗ダラダラな表情を浮かべる七菜に対し、真面目な顔のイルタが七菜の手を掴んだ。
「逃げましょう」
「え?」
いきなりな展開。これにはカオルも目を丸くする。
「わ、私女の人と愛の逃避行するほど、そっちの気はかけらもないんだけど~!? B、BLは大好物だけど、GLはまだ未開発でぇぇー」
手を掴まれ引きずられる七菜の、およそ見当違いな言葉にある意味ブレナイなとは思うカオル。
「何をおっしゃいます」
「え? イルタってそういう人だったの?! 私びっくりだよ」
「貴女様のお命が危ないのですよ」
「……え?」
おお、なんだか七菜も私と同じような感じになってきたな。
しかし私の勘が当たるなら、このあと私にはさらに面倒なことがやってくることだろう。自慢じゃないが、嫌な予感は外したことがない
「ままっまま、まって!!」
七菜がイルタの手を払いのけた。
「私にはやることがあるの! 逃げてる場合じゃないんだってば」
「命無くしてできることなどございません」
さすがイルタ。至極まっとうな正論だ
「じゃあ、いつやるの? 今でしょ!? 私は紀伊さんと話さなきゃいけないことあるの!!」
「お前真面目にしたいのかそうでないのか分からないな。別に逃げて戻ってきてからでも私は構わないけど」
「だから、ダメなんだって。もう時間ないんだよ」
「なんの?」
「カオルちゃん」
この忙しい会話の中、アリーが笑顔でカオルの名前を呼んだ。
「助けて~」
「この野郎よくもぬけぬけと……」
ロスタムがアリーと掴み合っていた。
助けてと言ってるが何か余裕そうな顔のアリー。それがさらにロスタムの逆鱗に触れたらしく血管浮いているのが見える。こういうときイブンは働かない。
「怖い怖い~。身ぐるみ剥がれそうだわー」
「なんの高価なもんもってねー貧乏くせー野郎がほざくな!」
「嫌だねー。育ちが出るねー。口がわっるいのなんのって」
カオルは呆れて見ていると、横でじゅるりと唾液を飲み込む音がした。
「ロスタム×アリー。いやアリー×ロスタム……どっちもうまい」
一瞬、にやりと笑う七菜。こいつ頭大丈夫か?
「イ、イナンナ様。実は僕が攫われそうになったのも関係あるのです」
「え?」
よだれを吹きながら七菜はルシアを見た。
「貴女様は最近動きすぎたのです。王の権威より宗教の権威のほうが上がってしまえば、いろいろと都合が悪くなるものも出てくることは、貴女様も御理解ございましたでしょう」
「うん。でも、その対処法として私がエンリル皇太子と結婚するんじゃなかったの?」
「それでも、都合がよくないものもいるということです」
「……なるほど。私が王権を背後に手に入れることで神官はさらに強く出られなくなるし、自分の娘を側室に入れたいのに私を理由に拒否られる可能性もあるから……か」
「ご明察のとおりでございます」
カオルは内心「そんなわけないだろう」と思っていたぶん、少し恥ずかしかった。
口に出さなくてよかったと。
「じゃあ王様助けてくれるんじゃないの?」
「決定的な証拠も根拠もないから、動かないでしょ。そこらへんちょっと警察みたいなもんだよ」
「そうなの?」
「それに、やたらめったら兵士を動かして権力を振るえば、逆手に取られてしまうかもしれないし……簡単に片づけられることじゃないんだよ。」
「お前意外と頭良かったんだな」
「これでも私立で上位成績いってたし……っていうかこのぐらい分かりそうなもんだよ紀伊さん」
悪かったな。
「イナンナ様」
「事情は分かっても、私には曲げられないものがあるの」
「……ん?」
カオルは自分のほうを見ながら言う七菜に困惑した。
「何?」
「紀伊さん、言ったよね。紀伊さんはここにいてはいけない。いたら魂を捉えられるって」
「うん」
「それってつまり、紀伊さんが死ぬってことなんだよ」
「分からない。前と今の言いたいことがさっぱり伝わらないんだけど」
「紀伊さんはまだ生きてる、でも捕まったら本当に死んじゃうの。そして永遠に囚われたままになっちゃう」
「お前は女神になるんだろ」
「……うん」
まだ何か隠している。
だが、私には分からないし、彼女も言う気はなさそうだ。
だから、エゴなんだよ
「言うけど、私死ぬ気はないよ」
「……」
周りの皆さんを空気にしてまで宣言することじゃないけど。
「死ぬ気もないし、死んでやる気もない。ここで死んで骨を埋めてもいい覚悟はある……でも、誰かのために死ぬのはしない。そんな偽善者ぶった行為はもうしないって決めた」
「紀伊さん」
「だから、誰かが私の代わりに死ぬってのも嫌だ」
「な、んで分かったの……紀伊さん」
「え? 死ぬの?」
「ぅえ? て、適当に言ったの?」
「いや、あそこの野郎どもに向けて行った」
まだお互いの首を掴んでいる。私の話は聞いてたらしく不満げな顔のロスタム。
「生きるとか死ぬとか、運命ってやつが決めるのかもしれないけど……私は目に見えないものは信じない」
「うわあ……紀伊さんらしい」
「正直そういうのめんどい。だから、もう生死がどうのっていうのはやめて」
「でも」
「くどい!」
「うぎゃん!?」
カオルは足で七菜の腰を蹴飛ばした。
ルシアがぎょっという顔をしていたが、イルタは微動だにしない。
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も。という言葉を知らんのか」
「で! でも、そういう次元じゃないでしょ」
「アリー様」
先ほど下でふたりの掛け合いを見ていたはずの彼は、木の上にいつのまにか登っていた
深刻そうな声色でアリーに声をかける。
「あん?」
「何やら団体様がいらっしゃいましたよ」
「団体様?」
カオルも軽く木の上に登ると、確かに兵士達が列をなし、こちらへ向かっているのが見える。
「……この場合逃げたら悪化ってやつ?」
「私のせいなのかな」
十中八九七菜のせいだと思うが。
「イナンナ様、お隠れください」
七菜とルシアはイルタにひっぱられ店の倉庫の隅に隠れた。
そこに隠れられると、見つかった場合被害をこうむるのはうちなのでは?
そう時間がかからないうちに、兵士達が店の前で立ち止まる。
やはりうちに用があるらしい。ただしくは、女神さまだろうが
「これはこれは」
騒ぎを聞きつけた我が家の大将アクバルさん、兵士に臆することなく対峙している。
「いかがなさいました」
「女神がここにいるはずだ。差し出せ」
「イナンナ様が? いいえ、私めは存じませんが」
兵士の代表が前にでて、周りをじろりと見まわす。
「女神は一般人の身分を隠し、恐れ多くも守護神イナンナの化身を偽った可能性がある。その真偽を確かめるべく我らは女神を捕獲しにきた。隠し立てすると、身のためにはならんぞ」
「そうですか」
さすがロスタムの父、アクバルさん。
まったくもって強気の態度を崩さない。ふつうはもっとへこへこするんじゃないのだろうか。
「残念ながら、知りませんな」
「そうか」
「ねえカオル」
いつの間にかシーリーンさんが横に立っていた。
「近衛兵が来てるけど、何かしたの?」
「いや、何もしてませんよ」
「しっかしまあ、イナンナ様が見つかったらとばっちり喰らうのは目に見えてるわね」
「はい」
気が付けばアリーもいない。なんとなく上を見ると木の上にいた。上から手を振るアリーに白い目を向けているイブン。
「……」
ばれないものなんだなあ
「はっくしゅん」
倉庫の裏からくしゃみ。
兵士たちの目が一斉にそっちにむかっている。
「……」
私たちもそちらへ向く。
「……誰だそこにいるのは」
「……うちの使用人でしょう。いまの時期倉庫を往復するのは珍しい話ではありません」
とか言いながらも小さく汗流してるのは、事態を察したんですねアクバルさん!
「女神はこの店によく来ているという噂を聞く、調べさせてもらうぞ」
「構いませんが、店を調べるのは夕方にしてもらっても構いませんか? 今は忙しいので」
「……よかろう。だが、倉庫だけは今見せさせてもらう」
「!」
一瞬悩んだようだったアクバルさんだったが、頷いた。
「大丈夫かしら」
「いいかげん移動してるんじゃないでしょうか。ずっといるわけでもなさそうだし」
「あら」
ひそひそ話していると、倉庫裏からこっそり様子を見に行っていたらしいロスタムが、険しい顔で腕でバッテンの形を作っていた。焦りも見せるそこから導き出される答えは
「……まだいるみたいね」
スカートのすそを掴んで引っ張るジェスチャーをしているので、どっかにひっかけて身動き取れない状況なのだろう。
さすが七菜。問題持ってくる天才だな。
カオルはジェスチャーで「切れ、千切れ」とやったが、できないというジェスチャーだった。
「一体どうなってるのやら」
「でもねえ、今動けないし……そうだわ」
シーリーンは手を叩いた。
「ごめんなさいお父様!」
「どうしたシーリーン」
「今は倉庫でね、服を若い女性のお客様方が試着してるとこなの」
「……倉庫で?」
「ええ倉庫で。だって場所なかったんだもの」
苦しいがさらっと嘘を吐けるシーリーンさん、尊敬します。
めっちゃ疑われてますが
「嘘だと思うのなら覗いてもいいですわよ、まあ、おススメしないですけど」
「う」
男ばかりの兵士を逆手にとったいい考えだが、苦しい。
「じゃあさっさと着替えて帰ってもらうよう言ってくるわ。ね、カオル」
「え、あぁ、はい」
倉庫の裏へ行く。
そして、七菜が商品の紐でこんがらがっているのが見えた。
「なにしてんの」
バカなの?
「女神様、くしゃみしたのと同時にあわてて転げて、紐にこんがらかっちゃったんです」
「……あほか」
脱力しながら紐を引っ張る。イルタと協力しながらなんとか解くことができた。
「いたたたた」
「しかし、注目されている中もはや逃げられませんね」
イルタは覚悟を決めた顔で言った。
「私が囮となり走ります。その隙にイナンナ様は反対方向にお逃げください」
「安直、却下」
「紀伊さん……即答」
「自業自得なんだからとっとと捕まって悔い改めて来い」
「それって私犠牲ルートじゃん。邪道だよ!」
「いや、王道だ。事実だし」
「うわーん、紀伊さんひどいー!」
「声でかい」
口を叩き、黙らせる。
「偽りでも真でも、我々には女神様が必要なのです」
イルタは静かに言った。
「神のいる国、それだけで周りの国への抑制となるのですから」
「僕も、女神様にいてほしいです」
「うう、二人とも」
一人個人的には必要とは言ってなかったけど、そこはいいんだな。
「じゃあ、一旦は逃げるんだ?」
「それしかないかな」
「逃げてどうするの」
「また女神活動して好感度上げて、慈善活動してましたって面で戻ってくる」
「自分でいうな」
まあ捕まったら敵さんの思惑通りに運びそうだし、そのほうが賢いかもしれない。
「じゃあ私に考えがある」
「すご、頼りにならない考えっぽい気はするけど、紀伊さんすごい」
「殴っていいですか」
「その考えとは?」
カオルはにっこり笑った。