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現代→古代  作者: 一理
バビロニアのようで
116/142

探しているようで

 そこまで大きくない町とはいえ、このナサ家の店以外にも、ハニシュやシュルラットの店ももちろん存在するわけで

 もしかしたらそっちのほうへ間違えて行ってしまったのかもしれない、ということでカオルは歩き出した。

「ルシア~。ルシアやーい」

 こういう時程イルタ連れて来ればいいのにあの女神様は全く。

 探す呼び掛けの声も、戦争だと言わんばかりの勢いで商品をくれと叫ぶ周りの客の騒音にかき消され、これっぽっちも意味をなさなかった。

(新年怖い……)

 ……地道に探すほか方法はなさそうだ。

「ん?」

 カオルは顔を上げた。

 塀の上で高みの見物をしているアリーが居た。もちろん、イブンもそばにいる。

「おい」

 カオルは放棄されていた箒を手に取り、アリーの足を叩いた。

「やあカオルちゃん。なにしてんの?」

「人探し、気の弱そうな背の低いボサっ毛のそばかすのある少年知らない?」

 アリーはイブンと見合わせ、腕を組んだ。

「見たような、見てないような?」

「そうなんだ。じゃ、ありがと」

「あれ? もっと食いつかないの?」

「これだけ人いたら他人の空似もあるかもしれないし、それに一々これだけの人間の顔見てないでしょ」

「では何故聞いたのでしょうね、あの女」

「分かってねえなイブン。女っていうのはなんでもいいから会話する口実を作ろうとするもんなんだよ」

「口実ですか……。の、わりにもうすでに歩いて行ってますが」

「え? ちょ、カオルちゃん!」

 アリーは塀を飛び降りカオルに追いついた。

「何?」

「自分の用事終わったらすたこら戻るってどういうこと? 礼儀に反してるよ。もっと話そうよ!」

「そっちも忙しいこっちも忙しい。で、略しただけだけど」

「俺避けてるようにしか見えないけどなあ」

「何? 心当たりあるっていうの?」

「あるよ」

 カオルは立ち止まってアリーを見た。

「探し者は女神が連れていた子どもだろ?」

「よくお分かりで」

「だって君がこの忙しい中動き回るのはたいてい女神関連ぐらいだろ?」

 得意げな顔で笑うアリーに、カオルは目を細めた。

「アイツ以外でも動くときは動くわ」

 まったく失礼な。

「まあそう怒らないで。その子どもだったら攫われてったよ」

「え?」

 さらっと言い放ったアリーに、イブンが補足した。

「あの攫った男どもは確か、港のほうに行ってましたね。今なら間にかも知れませんよ……ま、我々には関係ありませんが」

「港か……アリー」

「はいな」

「馬かして」

「乗れるの? さすがカオルちゃ―――」

 アリーの腕を掴んで歩き出した。

「乗れるわけないじゃん。乗せてって」

「相乗りだって照れる~」

「いいように扱われて、悲しいばかりです」

 男たちの雑談を聞き流し、馬に乗り港に向かった。七菜はそのつもりないのかもしれないが、周りを振り回す天才だとつくづく思ってしまう。

 ルシアの身も心配だが、海という時点でいい思いがない。できれば行きたくない場所ではあったが、背に腹は変えられない。

 そしてしばらく経ち、海の匂い強い港についた。 

「うー……お尻痛い~」

「結構意外だよね。カオルちゃんなら乗りこなしそうなもんだけど」

 馬の顔を撫でながらそんなことをいうアリー。

 自分だってそりゃ乗れたら楽しいんだろうなとは思う。

「……私だって一応繊細な婦女子なんだけど」

「繊細……」

「女子……?」

 アリーとイブンが同時に真顔になったので、カオルは飛び蹴りした。イブンは主を盾にさっさとよけていたが、従者としてそれでいいのか?

 馬を預け、ルシアを探すだそうと歩くと、なんとなく見慣れた船が見えた。

「あの船……」

「知ってるの?」

「たぶん」

 カオルは颯爽と船に乗り込んだ。

 乗組員はどこかに出かけているのかあっさり侵入できた。

「貨物庫のほうかな」

「なんか慣れてない?」

「そりゃ、ね」 

 カオルが部屋に入った途端、喧騒が聞こえた。

 後ろの方で周りを警戒していたイブンの声がここまで届く。

「アリー様、乗組員が戻りました。一旦逃げましょう!」

「カオルちゃん!」

「え? わっ」

 アリーのほうへ戻ろうとしたら、誰かに手を掴まれ乱暴に部屋に招き入れられた。

「いて」

 床に転がるカオル。

 上をみると、ラフサンがいた。

「……やっぱり海賊船だったんだ」

「うん。お久しぶり」

 彼はにこにことしている。

「ここに、新しい子が来たはずだけど知らない?」

「さあ、聞いてないよ」

 彼はとことことベットまで行くと、ゆっくりと座った。目が見えないはずなのに、やけに軽快な動きだった。

「カロロスと、ダーイさんは?」

「さあ?」

 彼は肩をすくめた。

「さあって……」

「気が付いたら居なくなっちゃった。それよりカオルお話しよう。僕、暇で暇で」

「悪いけど、そんな時間ないんだ。また生死のわからない船旅をする気は無いからね」

「そっか、じゃあシルシュにまだ出航しないように言っておくから、少しだけお話しよ。僕も、知りたいことあるんだ」

「ん? シルシュって? 知りたいことって何?」

「シルシュはシルシュだよ」

 もしかしてあのじいさんの名前なのだろうか。

「ラフサンはあのじいさんの孫なの?」

「違うよ。ねえカオル」

「ん?」

「君には僕がどう映る」

「どうって」

 盲目の少年の様にしか見えない。ただ、海賊船にいるのに、絶対的な権威を持っているようには見える。

「普通の子どもだけど」

「そうだよね」

 何が言いたいのだろう。

「僕ね、目が見えなくなる前はねもっと大きかったんだ」

 なにが?

「知ってることもいっぱいあったし、見えるものもいっぱいあったんだ」

 博識ということか?

 彼は自分の手をそっと見つめた。

「守るものだってあったんだ。でも、壊れちゃったんだ。終わったから壊した」

「壊れた? 壊した? どっち?? っていうか何を」

「名を変え、姿を変え、存在すら希薄なものに変わったとしても、やっぱり弱くなったままで」

「おーい、どういうこと?」

 ラフサンは微笑んだ。

「僕は尖筆と粘土板を放棄した」

「……何故?」

「時間に捕まっちゃったから。時間につかまったものは、もはや『そう』とは呼べない」

「何とは?」

「今の此処は石板の中の一文字に過ぎない」

「あのー、一方通行過ぎて辛いんだけど……」

「カオル」

 頭を撫でられた。

「探し物は手の届かない近くにあるよ」

「すごい矛盾した場所にあるね……え?」

 扉がひらいた。

「おい、嬢ちゃん。また船旅したいのか」

「うげ、唾吐きじいさん」

「やめろキタネエ名前つけんじゃねえよ」

「新しい少年連れ込んだんじゃないの? そいつ連れ戻しに来たんだけど」

「おう、いるぞ。この時期は一人二人いなくなってもすぐにはばれねえからな」

「ばれるわ。いいから返せ」

「……いいだろう、ほれ、さっさと帰れ」

 彼は道を譲った。外に出ると、アリーとイブンがルシアを回収しているのが見えた。なんと行動の速い二人だ。

「おい」

「ん?」

 カオルはじいさんに呼び掛けられ振り返った。

「二度と人の船に軽々しく乗るんじゃねえよ」

「頼まれたってこの船にはもう乗らないよ。てか人さらいやめたら? シルシュさん」

「!」

 彼は驚いた顔を見せた後、思案するような顔を見せた。

「ふうん、生意気な女だ……ま、だからしぶとく生きてるのかもな」

「最後に聞くけど、カロロスくんとダーイじいさんは?」

「見ての通りだ」

 つまらないことを聞くなと言わんばかりの声色で答えられた。

 カオルはこれ以上何かを問うこともせず、気絶しているルシアの元へ歩いて行き「ルシア?」と声をかけたが、意識が戻りそうな気配はなかった。

「言っとくけどな。嬢ちゃん」

「?」

 カオルは振り返った。

「俺らはそいつ攫ったわけじゃないぜ」

「じゃあなんでこの船にいるのさ」

 言い訳にすらならない。会話を打ち切ろうとしたら、爺さんに蹴られた。

「痛いんだけど」

「お前一度そうと思ったら頑固だな。まあ連れてきて迎えが来なかったら売り飛ばす気ではあったがよ」

「悪いじゃん」

「そもそも、俺たちはそいつを助けてやったんだ」

「助けた?」

 ということは、他の人さらいから獲物奪ったってこと?

 思案していると、爺さんは鼻を鳴らした。

「獲物横取りしたってことには違いねえが、相手は人さらいじゃねえ。お前らの国の偉さんか知らねえが、どっかの偉さんがもう一人狙ってのことだろうな」

「で、ルシアは襲われたと」

「ただしくは、囮になったみたいだがな」

 七菜を攫おうとする輩なんて……考えれば居そうだが、何故今更だ

 船が動いた。

 シルシュが船の上から顎鬚を撫でながら親指を下に下げながらこちらを見ている。

 地味に腹立つ。

「おい嬢ちゃんよ」

「なんすか」

「アッシリアの神に感謝しやがれよ」

 カオルは首をかしげたが、ふとルシアのことを思い出しアリーの方へ振り返った。

「アリー。悪いけど、店まで付き合ってくれる?」

「いいけど、お礼はなに? エジプトまで付き合ってくれる? 今ならチューでも可」

「面白い冗談だね」

「真顔で言われても怖いだけなんだけど……ところでさ、一つ気になったんだけど」

「何?」

 イブンが抱いているルシアに目を向ける。

「そいつ、探して子?」

「うん」

「ルシアっていったよな」

「うん」

「少年って言ったよな」

「うん、なんだよ」

 回りくどい言い方にイラッとしたカオルはメンチ切ると、イブンがメンチ切り返しながら言った。

「ルシアとは普通女性につける名だ。少年と言ってるが、こいつ少女のようだが」

「……え?」

 カオルはルシアを見た。

 子どもって中世的だから分からん。だって、ボク言ってたし……。

「……ごめん」

「いや、俺らに謝られても……」

「おめーの目は節穴だな」

「煩いよ、爺さん。ラフサンと一緒に居なくていいのか」

「おめーに心配されなくとも平気だ。おう、もう二度と来るんじゃねえぞ」

「よほどなことがない限りはね」

「おめーがくたばることがなけりゃ、会うこともないだろーよ」

 船がとうとう陸から切り離された。

 じいさんは「ま、おめーしぶといから、わからんかもしれんな」と言って最後に嫌なえみを浮かべながら小さく手を振って去っていった。

「どういうことなの……」

「探し人も見つかりましたし、戻りましょうか」

「イブン、お前その子頼むわ。俺はカオルちゃん乗せるし」

「言われずもがなです」

「ワタシだってお断りだ」

「相も変わらずってとこだね」

 馬のところまでいき、私たちは戻るため同じ道をたどるのだった。

 帰る道中~

 女だったのか……。

「ふーん、名前って侮れないなぁ……アリーって名前も男名?」

「ん? まあ結構つけてるやつ多い名前かな。てか、ぶっちゃけ俺の本名アリーじゃないし」

「ふーん。お忍びの名前ってやつ?」

「うわ、反応薄すぎて泣けるわ」

 カオルはそんなことを無視して考えた。

 そういえば、名前って結構その人の生まれについて分かるよな。でも、ラフサンはどこの国の子なんだろう……。

「ラフ、サン……」

 ……まさかね。

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