また帰ってきたようで
「ということで帰ってきました」
「おかえりー」
ホマーに抱きつかれた。腰にダイレクトアタック
頭を撫でているとニコニコしていたサイードが何も言わずススス……と音もなくロスタムに近寄り、何か耳打ちしているのが見える。
「!」
しばらく黙って聞いていたロスタムが赤面し、サイードの首を掴んで小声で何か訴えている。
すぐ終わりそうになかったので、無視してホマーと手をつないで家の中に入って行くことにした。
「お帰りなさいカオル」
「シーリーンさん、マミトゥさん。アクバルさん、ただいまです」
にこっと微笑むと、黙っていたアクバルさんが一歩前に出て私の肩を掴んだ。
「悪かった。私は一家の主でありながら、お前を守ることができなかった」
「そんな! お気になさらず」
もともと面倒を持ってきたのは私だ。
がたっ
「?」
カオルは突如揺れた箱のほうに目を向ける。少し揺れただけで、もう微動だにしていない普通の箱。
「……何か飼ってるんですか?」
結構犬とか猫とか鳥とか紛れ込んでくるから、可能性はなくもない。
「いいえ? 何も。何かしら」
シーリーンが近寄り、箱に触れる。
と、急に箱が遥か頭上を飛んでいき、中から現れた『それ』が手早くシーリーンを縄で縛りあげた。
「きゃっ」
縛られたシーリーンの躰に縄が食い込んでいる。カオルはホマーの目を隠しながら真顔でそれを見つめた。
(ありがとうございます)
目の保養です。
「ふはーはははは! カオル召捕ったりぃぃい!」
「全くもう……人違いよ、ハニシュ」
「あれ? シーリーンの姉さん」
「というか私に何の恨みがある」
カオルはホマーに離れるよう指示してハニシュを見た。
ハニシュはシーリーンの縄をいちいち回収し、不敵な笑みを見せ、走り出す。
「恨みは無い! だが、これも『仕事』なんでな!」
カオルは、無駄に短距離を走って目の前で立ち止まり、自分の肩を掴んできた彼の手を払ってその顔面を掴んだ。
「あれ?」
「残念だったね。『仕事』できなくって」
「うぎゃあああああ、めっちゃ痛いぃい」
「嘘。力入れてないのに?」
「え? うそ」
「嘘」
そういって顔面を掴む指に力を込めた。
暫く黙ってみていたアクバルだったが、咳払いをしたので、カオルは手を離した。倒れるハニシュ
「で? なにがしたかったのよ」
シーリーンがハニシュを見下ろしながら聞く。その横に立ち見下すホマー。
「っていうかカオルに勝てると思ったの? ねえねえ、今どんな気持ち?」
「ハニシュちゃん物騒な仕事始めたのねえ」
「誰の指図だ?」
冷静に事の事情を聞く夫婦に
「みんなで扉の前でなにやってんだ?」
「おや、ハニシュさん」
家の前で話し合っていたロスタム・サイード兄弟が家に戻ってきた。
ハニシュが口を開こうとするたびにワラワラ集まって話し出すナサ家。
彼が涙目になってるのを見て、カオルは手をあげて止めに入った。
「うう」
「どうせ、イナンナの差し金でしょ?」
「結局言わせてくれねえし」
「浅はかな……」
ロスタムがハニシュの首根っこを掴んで立たせた。
「で? なにしよーとしたんだ?」
「カオルを神殿に連れて行くつもりだった」
「いくらで?」
「馬鹿にするなよ。俺は金で動く男じゃないぞ」
悪さしたという自覚がないのか、なんとも偉そうな態度だ
「何で動いたのさ」
「おっと、それは言わぬが花ってやつだな」
「聞きたいからその鼻をへし折ってやろう」
「やめろー!」
冗談なのに鼻を持って逃げるハニシュのノリのいいこと。だけど怯えている目が本気に見えるのは何故だろう。そんなことしないというのに
「私兵を使えなくなった女神が、こっそり俺に頼んできたんだよ!!」
「へえ、どうやっても諦めないんだなぁ。というかお前も諦めてちゃんと仕事しなよ」
しかし二人のその根性は認めてやろう。
腕を組んで悩む仕草を見せるロスタム。ハニシュの肩を掴んで何かこちらに見えないように小声で話し合っている。
「まあいいや」
カオルはハニシュに背を向けた。
ホマーの手を握って部屋に戻ろうとしたら、雄たけびが聞こえた。
「お前は生きろぉぉぉー!」
「は?」
びり。
何かが破れた音と、胸部に突如訪れた寒い空気。スカートが長くなったのか、足を踏み出せず、カオルはそのまま倒れこんだ。
ホマーが頬を真っ赤にして周りの男に叫ぶ。
「見ちゃだめー!?」
「……」
男達は何も言わず、目をそらす。
カオルは自分に起こったことが理解できず、身を起こした。
「痛いし、なんかさぅ……きゃあああああああっ!!!?」
カオルは両手で胸を隠した。
(何故ポロリ!?)
後ろを見れば人のスカートを掴んでこけているハニシュが見えた。
さらにそのハニシュの足をひっかけたポーズのまま固まっているロスタムが見える。
「……見た?」
カオルは胸を抑えロスタムに聞いた。
「み、みえ……見てない」
「……」
「いいじゃないカオル」
シーリーンはカオルに持ってきた服を渡しながら、微笑んだ。
「いずれロスタムと見せ合う仲になるんだし」
「だあああああ!!」
カオルは顔を真っ赤にして走り出した。
その様子を見送ったシーリーンが振り返る。
「ウブねぇ。ね、ロスタム。そう思わない?」
「……煩い」
「見せ合う仲って何を?」
ホマーの質問に、サイードは笑顔でロスタムを指差した。
「兄さんに聞いてみたら?」
「聞くな!!」
「何を見せ合うのー?」
「聞くなって!! おい、こらハニシュてめー……いねえ!?」
逃げ足の速い彼の姿はすでになかった。
「でもねえロスタム。私も孫の顔が見たいわ」
「母さんまで……」
「ねえ何を……むぎゅ」
ホマーの口をふさいでサイードはあっちいこうかーと歩きだした。
「ロスタムあんた男でしょ。いつまでカオルに主導権握られてるのよ」
「人が気にしてること言うなよ」
「まあゆっくりでいいだろ」
アクバルがそういって部屋に戻ろうとすると、シーリーンは呟いた。
「本当に?」
「?」
「どうしたの? シーリーン」
「……人の運命なんてわからないわ。もしかしたらすぐ消えてしまうものかもしれないし、ずっとそばにあるものかもしれない」
目をそっと細め、自分の手を握りしめた彼女。
その心中にあるのは亡き夫のことだろう。
「……姉さん」
「だから、ロスタム……後悔しないように」
「ああ」
「ヤッチマイナ!」
「おいいいい! 良い姉最後まで演じられないのかよ!」
「その言葉は聞き飽きたわ」
シーリーンはにやにやしながらロスタムの肩を掴んだ。
「でもぉ、わりと本気で早く手中に収めないと、他の男に取られるわよお? イケメンが前カオルとちゅーしてたってホマー言ってたし」
(あの野郎か)
脳内に浮かぶアリー。
ロスタムは歯ぎしりをして、外へ向かう道へ足を動かした。
「どこいくの?」
「とりあえずハニシュのバカ捕まえてくる」
「ロスタム」
シーリーンの呼びかけに答えロスタムは振り返った。
「悪いことじゃないけれど、カオルのことだけじゃなくて自分のことも考えなさい」
「ああ? 前はカオルの気持ちも考えろって言ってたじゃないか」
「そうね……そうだったけど」
彼女は微笑んだ。どこか寂しそうで、辛そうな笑みだった。
「今は、『今』しかないから……」
ロスタムは目を見開いた。
「どうしたの? シーリーン」
マミトゥは不思議そうにシーリーンの肩を掴んだ。アクバルも何か思案するような顔で彼女を見つめる。
「まさか、姉さん……」
「……たとえ何も残らなくても、お互いを想った心は永遠よ」
……一方そのころのカオルはというと
「ぐああああああ」
見られた。その場にいた人全員に見られた! ぽろりを!!
「はずかしいいいいいいいい」
酷く悶絶していた。