冬は関係ないようで
寒い冬がやってきました。そのころには商談も成立し、ラシード君がご両親と一緒にエジプトに帰ってしまった。
箒片手にカオルは空を見上げ、そっと溜息。
「ふーん……」
「お姉様……どうかしました?」
アズラーがカオルの服の袖をひく。カオルは首を横に振った。
「いや、ただ寂しいなって思って」
「お姉様には私が居ますよ!」
「そういうのは求めてないけど、ありがとう……慰めてくれて」
頭を撫でれば、猫の様に目を小さく細めた。
そういえば、イリアス様どうなったかな。立派な男になってるかな。
「あら? そういえば、マーシャさんいないんですね」
「また商品運びの旅に出たよ」
「そうなんですか……」
「寂しい?」
「い、いえっそうじゃないです」
手を振って否定する。きっと昨日のことがあったから気にしているのだろう。
ちなみに私は謝らない。
(これを機に友達、それ以上になったらいいな)
「お姉様、私……働きたいんです」
「うん」
「お姉様と同じところで働けれないでしょうか」
「無理かな」
「!!」
即答して悪いんだけどね。
「居候だし」
仕事手伝います。といって早数週間たったけど、仕事をもらうどころか子守りを任され、バビロニアを知ってほしいと観光ばかりする生活でした。
そんなことを知らず、頼りにして聞いてくれたのに、本当に申し訳ないと思う。
「あ、そういえば、お姉様はどこの国の出身なんですか?」
「出身はもっと遠いけど、アッシリアから来たんだ」
やることがないので、掃除していたカオルだったが、めんどくさくなって箒片手に、手ごろな場所に座った。
「母国はどんな国だったんですか?」
「んー……どんな国だったんだろうねー」
「あ、ご、ごめんなさい」
何故か謝罪を口にするアズラー。
「……」
「……別に売られてきたとかでも、記憶喪失とかでもないよ」
「ええ!?」
思ってたのか。
カオルは微笑んで立ち上がった。
「箒、片してくる」
スタスタ歩いて行く。彼女は悩んでいる仕草をしているが、分からないもんは分からないと吹っ切れた顔で着いてきた。
「寒いね。躰冷えたし、あったかい飲み物でも飲みながら部屋で談笑しようよ」
「はい、お姉様」
ハートのつきそうな返事だ。
とてもまねできない。そんなことを思いながらカオルは歩き出した。
「あ」
しばらくして部屋に戻ると、見慣れた顔が見えた。
「ロスタム……」
わりと早い再会。
アズラーがカオルの後ろから不審者を見るような目でロスタムを見ている。
カオルは苦笑いをしてアズラーに紹介することにした。
「アズラー、こっちはロスタム。私の恋人」
「こ、恋人!?」
「ロスタム、こっちはアズラー。……見ての通り」
「分かるか」
ベットの上でふんぞり返っている通常通りのロスタム。
気怠そうに立ち上がると、ほらっと両手を広げた。
「?」
カオルはきょっとんっとした顔で首を傾げた。
(意味が分からない)
しょうがないので、机の上に持ってきた飲み物一式をおいて、ロスタムと同じポーズをとった。
「なんだそれ」
「ロスタムの真似……?」
「あー……って! 分かれよ!」
そう言って強引に抱きしめてきた。
(ロスタム、欧米人みたい……)
冷えていた体が一気に温かくなった。人肌は良いモノです。
「……悪い。迎えに来るの遅くなった」
「え?」
早いと思ったんだけど。
「えぇっと、あぁ、うん。そうだね。うん」
「なんだよ」
少し離れて彼の顔を見れば、変なものを見るような顔をしていた。
「いや、別に」
カオルは小さく笑った。
(一日千秋って言葉教えたらすごく納得しそうな顔だな)
しかしそういう風に想われるってすごく幸せなことだ。
「あのおー」
「?」
ふり返ると気まずそうなアズラーが扉の陰からこちらを見ている。
「あぁ、ごめんごめん。入っていいよ」
「俺を無視する気か」
「相手するけど、冷え切ったから身体暖めようって部屋きたのに、追い返すなんてできないよ。せっかく飲み物あるし」
机の上に置いた飲み物を持ち上げ、アズラーに渡す。
彼女は椅子に座りそれを受け取り、ホッとした顔で飲んでいた。
「とりあえず、家に帰るぞ。いけすかねー奴いないみたいだしな」
「イナンナのこと?」
「この家の息子だよ」
「えっと、二人とも酷い言いようですよ」
確かに。
カオルは今のシィーね、と口止めをした後、ロスタムを見た。
「見張られてるんじゃなかったの?」
「それがな、事態が俺たちの知らぬうちに新展開を迎えたってやつだ」
「ははは、バカみたいな言い方」
頬を引っ張られ黙るカオル。
「エンリル・ニラル皇太子が、イナンナの権力問題で対立したらしくてな、イナンナ的にはこっちに気が回らなくなったってわけだ」
「へえ……。にしても、急だね確かに」
「だろ?」
アズラーは二人を見ながら、そっと疑問に思っていたことを聞いた。
「カオルお姉様……ややこしいことがあってこっちに来てるって言ってたけど、それって、女神様と対立してのこと? ってことは、お姉様……王族?」
「全然違う。王族じゃないし」
「お姉様って……」
ドン引きだわーって顔で見られた。慣れたがその顔はむかつく。
「じゃ、じゃあ」
ロスタムのほうを見た。
「コイツも違うから」
「俺もこいつもただの商人だ。なんでこうなったか俺たちにも正直分からん」
「確かに」
カオルは同意した。
アズラーは納得できない顔をしていたが、頷いた。
「分かりました……じゃあ、イナンナ様がロスタムさんのこと好きで、カオルお姉様のこと恋敵って見てるって感じですかね」
何その売れなさそうな恋愛漫画的内容。
「「ない。ない」」
二人で同時に手を振った。
アズラーって、想像力豊かだなぁ。ある意味感心だ
「じゃあ、じゃあ」
「まだあるの?」
顔を真っ赤にさせ、アズラーは叫ぶように聞いてきた。
「いつ、ご結婚なされるんですか!!?」
「なっ」
ロスタムは、狼狽えた後、真顔でこっちを見た。
「……なんね」
「いや、相変わらずなんにせよ無頓着な表情だなって」
「それ初めて聞いたし」
私の悪い点とかズバッというのはロスタムぐらいだわ。
「お前のことだ『結婚とか考えてなかったわー』って思ってたんだろ」
「いや、アズラーから言われるのかーって」
「え? すみません!」
「いや、謝らなくていいんだけど」
ホマーかシーリーンあたりが言いそうだなって思ってたのに、意外なところだったなぁ。
「結婚考えてたんですか?」
「っというか、もう夫婦みたいな感覚だった」
それも老後の。
「お前って」
ロスタムが真顔でカオルを見た。
「なんか枯れてるよな」
頭部に手刀打ちを喰らわせた。
「な、なんか鈍い音が」
「気のせい、で、アズラー。私もうアッシリアに帰るみたい」
「あ、そうですか……寂しくなるな」
「それでなんだけど、サマンさんに一応アズラーのこと言ってみるから、あとは自分でグイグイ押して、働かしてもらえるように頑張って」
「はい、お姉様っ!」
アズラーに抱きしめられた。
倒れていたロスタムが起き上がった。さすが慣れてる人は早い。
「いつか俺死ぬだろ」
「ごめん」
手をのばし、立ち上がるのを手伝う。
「じゃあ、いくぞ」
「すぐにはいけないよ。サマンさんたちに挨拶しなきゃ」
「俺から言ってある」
「私からは言ってない」
ぐむむと唸るロスタムと、ひょうひょうとしているカオルを見てアズラーは微笑んだ。
(……この人たちすごくお似合いだな。きっと誰にも割って入ることのできない絆が、二人にはあるんだ。素敵!)
会ってすぐのアズラーが分かるのだ。誰だってそう思うだろう。
お似合いのカップルは言い合いしながらも、お互い掴んだその手を離していないことに気が付いていなかった。