番外編『若かりし日の紀伊カオル』後編
「大丈夫か」
朝丘の言葉にカオルは正気に戻った。掴まれた腕が痛い。ついでに頭も痛い。
「……ん?」
カオルは瞬きを一つし、周りを見ると、何やら形相の凄いアカリが走ってきて抱きしめられた。
「大丈夫? 生きてる?」
「あぁ、ちょっと意識トンだけど、大丈夫。BB弾だったみたい」
そりゃ本物の拳銃持ってないわな
しかしイラッときたぞ。
不良が嗤う。
「ぎゃははは! 爺の代わりに当たりやがった」
「なんだよ、邪魔すんなよー」
ゆらり……。
「あ?」
嗤っていた不良がカオルの豹変した態度に気が付いた。
カオルは走り出し、銃を持った不良に向かって飛び蹴りを喰らわせる。
倒れるバイク、倒れる不良。倒れた不良に近寄った
「喰らえ、腕挫十字固!」
「ぎゃああああ!」
「紀伊! 脇が甘い」
「てめえも言うとこちげぇだろうが!」
アカリが遠くから「スカート気を付けてね!」と叫んだ。それに「ズボン履いてるから大丈夫」と力を入れながら返す。
「てめえ、離れやが……」
木刀を持ってカオルに近寄った不良の前に朝丘は立った。
「どけ」
押しのけようとした不良を払い倒した。受け身も取れない不良は運悪く頭を強く打ってギブアップした。掴んでいた不良から離れたカオルが拳を握って叫んだ。
「見事な出足払!」
他の不良がバイクを鳴らした。
「ひき殺しちまえ!」
カオルが先生が倒した不良を掴んだ。
「えい」
片羽絞。
「うがあああううう」
ものすごい悲鳴にバイクの連中は止まる。
「武器をもって仲間引き連れてくるぐらいだからさぞかし仲いいんだろうなぁ」
カオルが笑顔を見せた。
「ちょ、調子にのんじゃねえよ。どうなるか分かってんだろうな」
「アカリ」
「メモった」
「あぁ?」
パトカーのうなる音を聞いて不良たちは蜘蛛の子を散らすようにバイクを鳴らして逃げて行った。
技の前に敗れ去った不良の二人は警察に捕まり、パトカーに乗せられている。
「逃げてもナンバーメモったから捕まるのにね……ふふ」
「こういうのって恐喝として逮捕されるのかな?」
その様子を見送りながらアカリと会話していると、頭上に重い拳を落とされた。
「うぎゃっ」
「この愚か者が!」
朝丘先生がカオルの肩を掴んだ。
「誰が助けろと言った。誰が出て来いと言った!」
「す、すいません」
生徒がブーイングを飛ばした。
「助けてくれたのにー!」
「頑固爺~」
「黙れ!!」
さすが朝丘、一喝でみんなを黙らせた。
「紀伊!」
「はい」
「怪我は!?」
「ないです!」
「よし」
抱きしめられた。
「!!」
「無事でよかった。心臓に悪いわ愚か者が」
カオルは頬を染めた。
柔らかくて硬くて、あいまいな肉体。
「カオル……」
アカリがドン引きの顔でこっちを見ていた。だって、素敵なんだもん。
伊達先輩がひょっこり顔を出した。
「紀伊、お前ってホントすごいやつだよなー。不良の前でよく出て行けたよな」
「伊達先輩」
「ふん、紀伊はお前なんぞと違って度胸があるんじゃ」
「いやいや先生。俺だって爺さんじゃくて乙女なら助けに入りますよ」
「なんだと?」
笑っているとアカリに腕を引っ張られた。
「ねえ、いつまで朝丘顧問の腕の中にいるのよ。別にうらやましくないけどいいかげん離れたら?」
「あぁ、そうだね」
朝丘先生がアカリから隠すように背中を見せた。
「姉妹でやきもちか、ガキだのー」
「うっわ、先生そういう意地悪のが子どもっぽいですよ」
「お菓子また作ってもってこい。うまかった」
「今の状況とあってませんよ」
わいわい騒いで、笑って。友達も加わって携帯で写真撮って、普通に携帯を没収された。
そんな高校の思い出
月日は流れ成人式の日
「二十歳おめでとう」
「きゃー。カオル……なんか、若くないわね」
「五月蠅いわ」
色っぽくなった友達の一人が現れた。色気むんむんでとても同い年には見えない。
それに吸い寄せられた男が彼女に言い寄る。
「おばさんみたいね。ふんだ、あんなのどこがいいのかしら、男ってわからないわね」
女がひがむ。
「カオル、良かったじゃん……仲間」
「次言ったら殴る」
「じゃあ、こうしましょ」
アカリがカオルの手を握った。
「おばさんとは呼ばせないの会を発足しましょ」
「ぷ、なにそれー」
和気藹々としていると、ふと誰かが言いだした。
「そういえば、昔の写メあるよ。ほらー」
「おお! 朝丘先生とカオルのツーショットじゃん」
「朝丘先生今なにしてるかな……」
「くたばってんじゃない?」
「誰がだ!!」
「「きゃー!!」」
友達が逃げて行った。カオルとアカリは後ろを振り返った。
そこには懐かしい朝丘先生の顔。
「先生ー」
カオルは朝丘に抱きつこうとしたらおでこに手を置かれた。
「ワシの服にそのけばいのつく」
「けばいのって、化粧?」
地味にショックを受けたカオルがショボーンとしていると頭を撫でられた。
「おう、おめでとう。じゃな」
片手をあげて去っていく。
「早!」
「先生逃げないで、もっとほら写真撮りましょ」
アカリが先生の服を掴む、カオルも腕をつかむ。双子に捕まり苦笑いを浮かべる朝丘。
「好かん、やめい」
「先生」
カオルはカバンから何か取り出した。
「これ、おかし」
「……持ち歩いとったんか。食い意地はってるな」
「違います。先生来ると思ったから作ったんです。アカリみたいにうまくないんですけど」
「ほうか」
先生は袋から取り出し、一つ口に入れた。
「固い」
「さーせん」
ニカッと笑った。
「普通!」
「正直なあなたが素敵です」
わしゃわしゃ。
「!」
頭を撫でられた。
「紀伊。お前はこれから何度もくじけるだろう。何度も倒れるだろう。なんどもなんども痛みをこらえる時が来るだろう」
「はい」
「だがな、それが人生だ。腐るな、生きろ」
胸をとんっと押された。
「お前はお前でいろ」
そういった彼の言葉。自然と胸におさまった。
忘れない。
ずっと、ずっと
あなたを忘れません。
信じた道を、私は突き進みます