そんな空気のようで
まだ朝日の昇りきらないぐらいの早朝に、ナサ一家やいろんな商人家が一つの部屋にみんなで集まり、強く腕を組み、唇をしっかり閉じていた。
私たち使用人も影からこっそりのぞく。
「どうですか?」
話し合いばかりしている彼らのためにお茶を運んできたのだったが、どうにも入れそうな様子ではなさそうだ。扉の近くで隠れるようにこっそり盗み聞きしている先輩使用人の方々に声をかけると、首を横にふられた。
「あ、カオル……ダメね。どう頭捻っても赤字になるって」
「まぁ、ですよねぇ」
今回のイベントは女神による『国民感謝祭』というのも、アッシリアの国民全員に王宮から家具や食べ物、牛や馬などを一家に一つ贈られるというものだった。普通に考えれば大盤振る舞いな行為に国民は大喜びするところではあるが。
そんなとんでもなイベントに大打撃を受けたのが、商人たち。
贈る商品を商人たちから格安で買占め、無料で配る。国民にとっては願ったり叶ったりだろうが、買い占められ売り物がなくなり、欲しいものが手に入れられなくなった国民から不満を言われる上、商売あがったりな商人には利益などない。
追い討ちをかけるように腹ただしいのは買い取られた値段が通常の一割ということ。
「横暴だ」
「俺たちは国民じゃないのかよ」
「全く腹が立つ!」
しかし国の取り決めを無視すれば反逆者として処刑、もしくは追放なので私たちはぐっと我慢するしかないのだった。
それにしても、イナンナこと七菜さんは本当にやると言ったらやるということらしい。
けれど、彼女の考えならこの後戦争をおすんだろう。だとしたら何してるんだろう。国民に高価なものを与える際にはもちろん金がかかる。そのあと軍事金を国民からもらう。プラスマイナスゼロ。ある意味いま商人から反感買ってるからマイナスじゃないだろうか。
「……勢いだけで行動してる?」
ならば、私も、彼女に何かしなければいけないだろう。
「……思い知らせてやる」
「カオル?」
「あくどい顔してるわね」
「こういう時は、そっとしておくにかぎるわ」
そういって女たちはカオルを置いてそっと元の仕事に戻るのであった。
「しかも買い取るにあたって城のほうが経済難になるからって、カールムの税を上げるってよ!」
「まったく、もう少しうまい金のまわし方ってあるだろうに、考えないのかねえ」
「その話だが、裏がありそうだぞ」
「アクバルさん!」
意識を飛ばしていたカオルの肩にアクバルは手を置いた。バビロニアからやっと戻ってきたらしい。
「お茶か、わしのぶんもいれてきてくれ」
「はい」
あっぶなー。吃驚して落とすところだった。
冷めたお茶を入れなおすために戻る。
「おかえりなさい、お父さん」
ホマーが抱きつく。
「あぁ」
「裏があるって?」
「聞いた話によると、女神感謝祭で国民の国に対する好感度を上げ。資金は倹約し、ハニガルバトに戦を仕掛けるつもりらしいぞ」
「!!」
「戦争……!」
「心しておいたほうがいいかもしれん」
「ヒッタイトとハニガルバトが戦争するんじゃなかったのですか?」
「分からん、戦況というものは嵐と同じだからな」
深刻そうな顔をする男たちとはうって違いにこやかな笑みを浮かべるシーリーン。
「ところでお父さん」
商人家の長女は父に意味深な笑みを見せた。お茶を汲み、戻ってきたカオルはみんなにお茶を配る。
「ロスタムなんだけ――――」
「わぁああああ!!」
ロスタムは急いで姉の口をふさぐ。あまりの行動にみんなは鳩がマメ鉄砲を食らったような顔をして見合わせる。
でもあんまりにも騒がしいから他の人も何か察したらしい。頷いている。しかしアクバルさんは分からない。
「どうした?」
「なんでもない何でもない!!」
「ちょっとロスタム!?苦しいわよ」
「姉さん、ちょっと」
額に青筋立ててロスタムはシーリーンを連れて行った。
「……そういえば、カオル」
「なんでしょう」
「嫁に行く気はないのか?」
「え」
イキナリなんですか。
「アナタ! 久しぶりに帰ってきて疲れたでしょう? 今日はお祝いしましょう!」
「いや、先の赤字が見えてる。だから倹約しておけ」
「お父さん、向こうはどうだった?」
「そうね、聞きたいわ!ねえみんな」
ホマーちゃんとマミトゥさんはアクバルさんに食いつくように話しかける。周りの人も理解があるのか、そうそうとのっている。
アクバルさんも困惑して首をひねっていた。
……え?何この空気。