番外編『若かりし日の紀伊カオル』前編
―――これは紀伊カオルが高校生の時の話
「アカリー!」
肩を叩かれ、カオルは振り返った。
「あ。ごっめーん。カオルだったね~後姿そっくりだったからまた間違えちゃった」
「後姿と声はまぁ似てるからね」
「ううん……煩いなぁ。なあに? 呼んだ?」
机に伏せて寝ていたアカリが顔を上げた。やや似ている双子。姉が紀伊アカリ。妹の私がカオル。
「今日はカオルもポニーテイルだったんだ。言っといてよ~」
「なんで私が他人のために髪形変えなきゃいけないのさ」
「いいじゃんカオル」
髪の毛を後ろからアカリに引っ張られる。アカリも今日はおそろいのポニーテイル。
「三つ編みしてあげるよ」
自分でなく他人を変えさせるあざとい姉
カオルもそこまでこだわるほどじゃなかったから、黙ってされるがままになる。
「つーかさ、二人ともせっかくの美人JKなんだし、髪の毛染めたら?」
「そーそー、せっかくハーフなのに日本人しすぎー」
「……」
「……」
アカリとカオル、二人顔を見合わせた。
「何? なんかうち変なこと言った?」
「言ってないよ? どした双子?」
友達が逆にきょっとんとした顔で二人を見た。二人は首を傾げて同時に言った。
「「JKって何?」」
「ぷっ」
友達は大笑いを始めた。涙を浮かべるほど面白かったらしい。
「略だよー。KYだったら『空気読めない』みたいな」
「JKってなんだと思う?」
からかうような質問にイラッとしながら考える。『J』……じゃ、じゅ、じょ……
アカリが手を打った。
「分かったわ! 『(J)冗談(K)きついよ』でしょ? てかもうそうでいいじゃない」
「ここでは違うし! 美人な冗談キツイなんだしってなんだし!?」
「知らないし」
「カオルは?」
「え」
答えなきゃいけないのか。アカリが答えたからもういいかと思ってた。
「えー……っとね。あー……『(J)上級生(K)蹴る』」
「「「ダメだろ!!」」」
みんなで突っ込まれた。
「正解は女子高生だよー」
「うちらのことー」
「「へー」」
双子はどうでもよさそうに流した。
アカリが「あ、そうだ」と思い出したようにカバンから何かを取り出し、机の上に置く。甘い匂いのするそれは昨日作っていたお菓子だった。味見したら怒られたっけ
「ほら、頼まれてたもん。あ、カオルもほい」
「ん」
「サンキュー」
手を伸ばした友達の手を叩き落とした。
「ダメよ。出すものださなきゃ」
「カオルはいいのに!?」
「姉妹だものー」
ね、と笑うアカリの目は笑ってなかった。カオルはどうでもよさそうに席を立った。
「どこ行くの?」
「柔道部の集合かかってたの思い出した」
「あの頑固じじいの顧問によく堪えれるね~」
顧問の悪口を言う友達を無視してカオルは教室を出る。
昼休みは人がまばらだ。早く食べ終わった奴はもう一度何か食べようと購買へ急ぐし、まだ食べてるやつは食べてるし、廊下でずっと会話しているグループもいる。
カオルは職員室前に集まった。カオルを含め、男女合わせて13人の柔道部員
頑固じじいこと、定年越えたの朝丘源五郎先生。生徒指導の教師でもある。厳しく、敬語、上下関係にはとことん五月蠅い。
「遅い!」
カオルは耳をふさぐ、遅れてきた一年が肩を小さくして怯える様に下を向く。
「何をいっとるか聞こえん! もっと大きな声で言わんか!!」
遅れた理由を答えるも声が小さくさらに怒られていた。先輩が小さい声で囁きあう。
「あーあ。一年のせいで昼休みなくなるよ」
「つーか掃除間に合うかな」
他の生徒も大きな声に驚いてこちらをチラチラ見ていたが、このメンツをみて柔道部と分かったらしく、何かこそこそ言いながら離れて行った。
「いいか、柔道というのは、武道の一つ! スポーツだからとて甘く見るな。精神、肉体、己を鍛え成長させ人間性をつくるのだ。お前たちの技は未熟だが……その技はあるいは『武器』になる。だというのに、そのような甘い精神で行動しておっては、いずれ人を傷つけるかもしれん!」
「やってもねーことでいちいち怒るなっつの」
同級生の男子がつぶやく。
一年生は今にも泣きそうだ。というか、半べそかいている。
カオルが手を挙げた。
「先生、話の腰をおって悪いのですが、休み時間が終わります」
「う? ううむ。まぁいい。伊達!!」
部長が名を呼ばれる。
「試合表だ、試合に出るものはそこに書いてある。練習は本腰入れてやれ。分かったか」
「はい!」
チャイムが鳴ったのでそれぞれ解散する。
伊達先輩がカオルの肩を叩いた。
「よっ紀伊。お前って相変わらず怖いもの知らずだよな」
「何がです?」
「朝丘先生の話に口挟めるのお前ぐらいだぜ」
そう言って去って行った。今こそ折れてくれるが、つい最近は怒鳴られていたものだ。姉直伝の正論返しを繰り返すうちに勝ったけど。いや、違うな
「……失礼します」
カオルは職員室に入った。
「ティーチャー・アサオカ・セーンセーイ」
「日本語を話せんのか」
顧問のとこまでいって、手を取りぽんっとそれを落とす。
「はい」
「なんじゃ」
「アカリ特性クッキーです」
チョコチップ入り、動物の型。
先生は変なものを見るような目でクッキーを見た後、カオルを見た。
「お前らお菓子を学校に」
「やだなー先生限定の贈り物ですわよー。可愛い部員からのお裾分けですわよー」
「日本語しゃべれ」
「え、日本語でしたけど」
地味に傷ついた。
「ふん、まあもらっておく」
「……先生、実は甘いもの好きですよね」
「……お前、気持ち悪いな」
「……」
カオルは何も言わず真顔で去って行った。その様子を見ていた他の教師がよかったですねーとにこやかに言ったが、朝丘はぶっきらぼうに「ご機嫌取りだろうぞい」と言って、一つ口に入れた。
掃除の時間もあっという間に過ぎ、放課後になった。
のんびり準備を済ませ、カオルは部活へ行くため教室の外へ足を向ける。
「カオル!」
アカリが急いで走ってきた。アカリは料理部のため先に家庭室に行ったと思ったがと不思議がると、腕を掴まれた。
「ん? 何?」
「大変! 校門見て」
校門を見れば黒いバイクにまたがる不良。
「ドラマみたいじゃない?」
「え、そこ? 見せたかったのそれだけ?」
呆れつつ見ていると、真顔になった。
「違うわ。あそこにいるの、朝丘先生じゃない?」
カオルは走り出した。
校門の周りには教師を含め野次馬がわいわい騒いでいる。
「あ、カオル!」
先に見ていた野次馬の友達がこっちと手を振った。
前列に並ぶと不良と朝丘が言い合っているのが聞こえる。
「あの不良らは朝丘に指導されて留年になって辞めたやつらなんだって」
「つっても煙草とか、夜の補導の繰り返しだったらしいけど」
「自業自得じゃんね」
ぶんぶんバイクを鳴り響かせ威嚇する不良。
カオルはジッと、朝丘を眺める。
「大丈夫かな。先生……一応警察呼んだらしいけど」
アカリが不安そうにカオルの肩に手を置いた。
「おらおらおらー。土下座しろよ。おめーのせいで俺らこうなってんだしよー」
「骨折るぞ爺~」
「ぶんぶん言わせてエラそうに。喧嘩売るならその五月蠅いもんから降りて喧嘩売りにきやがれ」
さすが頑固じじいといわれる朝丘。一歩もひかない。
「上等だ。ごるぁ」
一人木刀片手にバイクからおりた。
「き、君! こんなことしていいと思ってるのか」
若い教師が叫ぶ、遠くから言わず前に出ろよと生徒が騒ぐ。
「うっせぇ! 文句あるなら来いやおら」
「コイや。来いや」
不良が煽る。
「朝丘ぁあああ!!」
悲鳴があがる。朝丘先生はひるまない。迫りくる木刀を冷静に見極め、片腕を相手の腕の下に潜り込ませ動けなくさせ、あいた腕で男の顔、首のあたりを掴み地面に転がして倒した。
すかさず木刀を持つ手を蹴り飛ばす。
生徒たちが「おぉ!」と拍手した。
と
「!」
カオルの目に映ったのはバイクに乗った男が銃のようなものを朝丘に向けている動作
「先生!!」
衝動的に走り出した。……激しい痛みと共に外野のあんなにもうるさかった音が一切聞こえなくなった。
一瞬の静寂の後、悲鳴が上がる。
「カオル―――ッ!!」