トチったようで
「アズラー」
「なんですかお姉様」
ハートが語尾につきそうな勢いでかわいらしく返事してくれるアズラー。その様子から何故かアリーシャを思い出した。ただ、彼女とアズラーには決定的な違いがある。
……彼女の家は、狭かった。
「大家族だね」
「そうなんですよ。だから生活も苦しくって……」
「お邪魔しました」
立ち上がると足を掴まれた。
「そんな、まだお礼してません!」
「じゃ、じゃあ。バビロニアの観光名所に案内してくれる?」
「お安い御用ですよ!」
家族の人にもう少し居なさいな。やら、うちの息子と結婚どうですか。とか、やんややんやと投げかけられる言葉から逃げつつ無事、外に出れた。
と、ちょうどマーシャさんと目があった。
好機。
「マーシャさん! これからお出かけですか」
「ただの散歩だが」
「奇遇ですね! 私たちこれから観光に行こうって話になってて、マーシャさんもぜひどうぞ」
腕を掴んで引きずって行った。
お姉様という彼女と一緒に居たら、不幸なことに巻き込まれそうだったからちょうどよかった。
巻き込まれそうになったらさっさとマーシャさんを生贄にして逃げよう。
「お姉様、その方は?」
不穏なことを考えていると話しかけられた。マーシャのほうをみると「お姉様?」と変な顔をしていた。
分かるけど、その顔見たらなんだか切なくなってきたわ。
「私がお世話になっているところの息子さんのマーシャさんです。こっちはついさっきガラの悪い男から助けたアズラー」
「そうなんですか。初めましてアズラーです」
「どうも、マーシャだ」
自己紹介も済んだことだし、行こうじゃないか。歩き出す三人。
「……」
何故この二人私を挟んで横並びになる?
ふつうちょい型崩しのトライアングルじゃないのか?
(まぁ、初対面だからなぁ)
というか私もアズラーに至っては初対面なんですけどね。
暫く歩き、途中で休憩もはさみ、暫く行ったところで青い巨大な門が目に入った。
「すごい、なんの動物なんだろうこれ……驢馬?」
「この門は女神イシュタルに捧げられたもので、その両脇にはそれぞれ一対の塔を有し、前後二段の部分から成り立つ。あと、驢馬じゃなくて、どうみても牝牛だろう」
どうみても牝牛なんだ……。
竜の模様もありますよっていうアズラーのコメントはなんのフォローにもなってなかった。
しかしイシュタル門の美しいこと、青色の彩釉の煉瓦で動物の模様が規則正しく配置されている
「おおお!」
その門を潜れば、さらに目を見張るものがあった。
「一本道!」
「言うことはそれか」
左右に塔の様に建物は立ち並び、存在感を放っていた。
そして、結構距離あった。
「大丈夫? アズラー」
息切れをおこして壁にもたれている。
よくよくみれば、体細いなぁ。病的な意味で
「だい、だ、大丈夫です」
「……水貰ってくる」
マーシャは歩いて行った。仕方がないのでカオルもアズラーの横に並んだ。
「……ごめんなさい」
「ん?」
「私、昔っから何やらせてもダメなんです。体は弱いし、要領悪いし、友達もいないし」
最後のは関係ないような。
「でも、私にはグイグイ来てたじゃん」
「あれは! ……運命を感じたから……」
いや、そこで頬を染められても、なんといえばいいのか……。
「いいんです。友達居なくても。家に帰れば大家族だし、こうしてカオルお姉様とも知り合えたし」
「私に依存してるようで悪いんだけど、私この国の人じゃないからそのうち帰るよ」
「えええ!?」
涙目になっていってるのが見えたので、少し思案した後、思いついたとカオルは手を叩いた。
「じゃあ変わろう」
「はえ?」
カオルはにこっと笑った。
「マーシャさんと友達になってみてください」
「ええええ!?」
目を見開いて驚いている。そのあと顔を真っ赤に染め上げた。
「おおお、男の人と友達なんて……それに悪いです」
「何が?」
「だって恋人なんでしょ?」
「違う違う」
食い気味で否定した。しかも別に恋人でも友達になるぐらい全然いいし。
そうこういってるうちにマーシャさんは戻ってきた。水をもらってくると言っていた彼の手には果物が三個。
「歩いてたら人のよさそうなばあさんがくれた。すごいぞ。七人も孫居たんだ」
「白雪姫……」
「なんて?」
「いえ、何も」
カオルは目を逸らしながら誤魔化した。
ついでアズラーのほうを見れば、下を向いて顔を紅いリンゴの様に染め上げ、拳を握りしめて唇を噛んでいた。
……怖い。
「じゃあいこうか」
もらった果物を食べている間。誰も何も話しませんでした。
というか、話せませんでした。
「なあ、カオル」
「はい?」
ひそ、っと声をかけてきたマーシャさん。彼の顔色が悪い。
「俺は殺気を向けられるほど彼女に何かしたかな!?」
若干涙目に笑いそうになったけど、笑い事じゃないですね。はい
(よっぽど、友達を作らない環境だったんだなあ)
どう友達を作るか思案した結果、殺気をつくりだしてしまったらしいアズラー。
「……あー」
カオルはマーシャの肩をそっと叩いた。
「気長にいきましょう!」
「何を!? 俺はこの間ずっと殺気向けられなければいけないのか!?」
「はい」
めんどくさいので肯定すると、雄たけびを上げて倒れこんでいた。
そんな人だっけ?
「アズラー」
ぐもも、と謎の擬音をだしながら拳を握っているアズラーに声をかけた。
「笑顔忘れてるよ」
笑窪に指差せば、アズラーはハッとしたように頷いた。
「じゃあ行こうか。マーシャさ……」
「ひい!」
まさかの悲鳴。
後ろを振り返ると笑顔というより、獣が牙を見せるときの顔に見える。
(……なんか、ある意味面白くなってきたなあ)
どこまで迷走するのだろう。
というか、アズラーもいつまで睨む……っていうか、みつめているつもりなんだろう。
再び歩き出し、目的の場所についた。
「ここが、空中庭園」
古代七不思議、バビロンの空中庭園。本当にあったなんてなあ……
高台に造られた庭園には水を上まで汲み上げて下に流し、樹木や花などを植えているのが見える。
「わあー……遠い~」
視界の先に見える庭園は乾いた大地に反し、とても瑞々しく潤っている。
「仕方ないだろう。国王の私有地なんだから」
王妃のために作ったという庭園。遠くから見るのはできるが、近寄ることも入ることも禁止されているらしい。
……早くいってほしかった。
「じゃ、戻るか」
「そうすね。その前に」
カオルはアズラーを掴んだ。
「はえ?」
「えい」
アズラーをマーシャのほうに向かって押した。
二人はぶつかって倒れこんだ。
「遠くから見てたってつまらないでしょ、ここはぐぐいっと距離を縮めて……」
二人は固まったまま動かない。
カオルはきょとんとして覗き込んだ。
「あらまあ」
事故チュウしていた。まあ、私のせいなんですけどね。
「ぎゃあああああっ!!」
周りの人もびっくりな悲鳴を上げてアズラーは立ち上がり、マーシャの頬を首が曲がるぐらい引っ叩き、煙が上がるほど走り去っていった。
カオルは砂埃が収まるまでその様子を見ていたが、しばらくして吐息をもらした。
「帰ろ!」
「おいまてこら」
頬を真っ赤に染めたマーシャさんに腕を掴まれた。目が怖いです。
「なんでお前はこんなに女のくせに強引なんだ! あと雑だし!!」
「女のくせにとかいうのやめてくださいー。男女差別ですよー。古代で言ったってしょうがないけど」
目を逸らしながらだんだん声を小さくさせていき、最後だけ日本語でつぶやいた。
「最後なんていったんだ? まあいい。お前はこのことをどう責任とるつもりだ!」
「分かりました。責任とって明日アズラーの家の場所教えますね」
「どういう責任の取り方だぁあああ!!!」
笑顔でカオルは走り出した。
マーシャさんぶち切れこわいん。
「待てぇええ!!」
「やば、マジだ。……助けてロスターム!!」
家に帰るまでおいかけっこは続いたのであった。
たまに周りを振り回すが、内容がディープだったりするドジっ娘(?)なカオル