気づいたようで
温かいスープに、おいしいご飯、秋には必須ですね。
窓の外に吹く風の音が心地いい。
カオルは部屋で食事を楽しんでいると、ドアがノックされた。
「はーい?」
扉を開けると、サマンが居た。
「おっはよーう」
「お早うございます」
朝も元気らしい。笑顔で返すと、手を握られた。
「昨日ね、あなたがここで働きたいって言ったでしょ?」
「はい」
「だからね、この国のこともっと知ってもらおうと思ったのよ私」
「はい?」
「というか、お手伝いって言っても、うちはほら、物流がメインだから女は宿ぐらいなのよね~宿だってご飯作って掃除するぐらいだけど」
「はあ、っていうか何の話でしょうか」
なんというマシンガントーク。まったく趣旨が見えてこない。
カオルは引き気味で話を聞いていると、サマンの後ろから小さな少年が見えた。
「あ」
「ん?」
サマンはひょいっと、少年を抱き上げた。
「ということでね、コノ子宜しく」
「はい?」
まったく理解できないのだが。
「このこはこの宿に泊まってるお客様の子どもなんだけどね。ラシードっていうのよ。お父様がエジプトの商人でね、うちと提携を結びたいってんで今留まってるの」
「はぁ」
「で、奥様は奥様で旅で酔っちゃってお疲れなのよね」
分かります、その気持ち。
「一人で暇そうだから、あなた相手してあげて」
「子守りですか」
「立派な仕事よ。はい、ついでに観光もしてらっしゃいね!」
少しの駄賃と、無表情な子供を預けられた。
カオルは抱き上げた少年を見た。おそらく4,5歳ぐらいだろう。
「よろしくラシード」
「……」
(……ちらとも笑わない)
機嫌が悪いのか、人見知りなのか
ホマーも小さい子どもだったが、彼ほどでもないし、人懐っこい性格だったから扱いにも困らなかった。
が
「さて、どこ行こうか」
「……」
吃驚するほど一言も話さない。
なるほど、これが子どもか
嫌なのかと思えば、そうでもないらしい。彼の手はしっかりとカオルの服を掴んでいる。
「エジプトから来たんだって?」
「……」
「どんなとこ?」
「……」
もしかして、言葉通じてないの?
「えっと……なんて名前だっけ?」
「……」
それは誤算だった。
カオルは独り言を言いながら廊下を歩いていたことになる。
「……まいっか」
黙って歩くよりは楽しい。
腕にある重さに話しかけながら外に出た。
今は秋、冬ほどではないが少々肌寒い。
「ちょっと待ってて」
カオルは部屋に戻り、あるものをとってきた。
「……」
「はい」
少年の首に布を巻く。
この時代にあるのか知らないけど、マフラー代わりに首に布を軽く巻いてやった。
「じゃあ行こう」
手をつないで歩き出した。
バビロニアの街並みは面白い。
塔のような形をした建物の横を通ると、ラシードは急に走り出し、建物を覗いていた。
「急に走ると迷子になるよ」
そうなったら私も迷子になって困るよ。
カオルは子どもを追いかけ、抱き上げた。
「や!」
不満げに頬をつねられた。
「?」
建物中を覗くと、粘土板を手に複数の男が何か言いあっては、その話を聞いた一人の男が拡大鏡で小さく粘土板に書き記していた。
(あれ? 拡大鏡……かな。この時代にすでにあったんだ)
というか粘土板によくあんな小さな字でびっしり書けるもんだ。
感心していると中にいた男と目があった。
「なんだ貴様」
「あ、すいません。子どもが何かに興味持っちゃって……あ」
ラシードは走り出し、床に置かれてあった粘土板を読みだした。
「あぁ、それか」
別の男性がラシードの頭を撫でた。
「君は星に興味あるのかい?」
ラシードは小さく頷いた。
カオルも普通に中に入り、ラシードの見ているものを眺めた。
(……これは)
「占星学さ」
何か難しいことを書かれているのは分かったが、内容を理解できないカオルにはそれはもはや文字ではなかった。
(確かこの時代じゃ地球は動いてなくて、天が動いてるって信じられてたんだっけ?)
「少年は知ってるかね? 我々がいるこの星は地球と言い、地球は宇宙の中心にあるんだ」
(やっぱりね)
カオルは立ち上がった。しゃがんでばかりいるとどうも腰が……
(しっかし、重要なことが分かった)
ラシード、君は言葉が通じたんだね。
地味にショックを受けつつ話を聞いていると驚く言葉が続いた。
「俗に言う天動説だが、それは間違いだったんだ。実は地球は動いていたんだ」
「!」
少年は新しい真実を知って目を輝かせている。が、カオルは耳を疑った。
「今なんて?」
「あぁ、信じがたいだろう? 我々は動いているものの上に立っているんだ!」
そうじゃない……有り得ない。
何故この時代の人間が地動説を知ってのか
「エウドクソスというギリシアの天文学者らしいが、エジプトで研究を重ねていて、発見したらしいんだ!」
すごいことだよ、と喜んでいる研究者たち。
私の記憶だと、それを唱えたのはガリレオ・ガリレイだ。
それよりも早く言っていたのはフィロラオスだ。
(有為転変にもほどがある!)
いくら古代の記憶に疎いとはいえ、ガリレオはこの時代じゃないということは分かる。
というか、エウドクソスは天動説派だったはず。
(あれ? そういえば……アッシリアとシリアって同じ国じゃないんだ?)
それは今関係ないけど。
え、そういえば
(何かおかしくないか……?)
ぐるぐると頭の中を違和感が駆け回る。時代と、国と、情報と、何かが混ざり合って、おかしなことになっていってる。
これは一体どうなってんの?
「……」
「はっ」
くいくい。
服を引っ張られ我にかえった。
ラシードがカオルの服をしっかり握って、目が合うと両手をバッと持ち上げた。これは抱っこしてほしいらしい
「よいしょ」
抱き上げると小さく男の人たちに手を振った。男の人たちもにこやかに手を振った。
「いこ」
少年の指差すまま、気の向くまま歩き出す。
疑問だ。
どうあっても謎しかない。
(もしかして、これも意味あるの?)
七菜の謎、私の謎、古代の謎。全ての謎を掛け合わせて見えてくるモノ。あやふやな霧の中わずかに形成された形。
そしれそれから辿り着く結論
「もしかして、これって……私のせい?」