バビロニアについたようで
「ううーん」
腰が痛くなった。
しかし、初バビロニアに無事到着。
他の国とは少々違った独特な雰囲気があった。
「門が、とても立派ですね……」
ヒッタイトの門は高く防御性に優れた感じがあったが、バビロニアの門はなんというか、美しい芸術のように見える。
素直な感想を述べると、バビロニアの人たちは自慢げに「そうだろう」と誇らしげに言った。
「うちの見どころはいっぱいあるぜ!」
「そうさ、バビロンの空中庭園、建設中だがオリエント一高い塔だってあるんだ」
彼らは自分の祖国にとても誇りを持っているらしい。
すごいな。
「……」
私も自分の国は大好きだ。自分の国が嫌いな奴は一人もいないだろう。
「なんだ、興味あるのか?」
「ええ」
素直に頷くと、商隊の一人が嗤った。
「じゃあマーシャに連れて行ってもらえよ」
「な、なんで俺が」
「おやおやあ? ただの観光じゃないか」
弄られているマーシャを見守っていると、馬を係りの者に渡し終えたリーダーが戻ってきた。
「さて、みなとりあえず今日は解散しよう」
「あぁ、お疲れさん」
アフマドがそう言えば、みんな頷いて解散した。
まばらに散った中、残ったのはアフマドとマーシャ、そしてカオルだけだ。
「よし、じゃあ我々も行くぞ」
荷物をまとめた二人は歩き出した。それに背を追いついて歩いて行く
しばらく黙って着いていくと、二人はとある家の前で立ち止まった。
「まさか、ここですか……」
「あぁ」
カオルは画然とした。
(で、でかい……)
今まで伺った商人の家の中で一番大きい。
そして豪邸かと突っ込みたくなるぐらい絢爛豪華で、使用人もいっぱいいる。
「ま、マーシャさん」
「ん?」
「王族とかだったりします?」
「ふ」
呆れて何も言わないマーシャンの横を、アフマドさんは小さく笑いながら、さっさと家の中に入った。
美しい女性が歩いてきた。どことなくマーシャさんに似ているからおそらく彼女が、マーシャの母であろう。
「おかえりなさ―――あら」
カオルのほうを見ると、目を見開いた。そのまま少し離れたと思ったら、くるりと半回転して後ろを向いた。
「?」
不思議に思っていると、そのまま自分の服についた埃をパッパッと叩き落とし、再びくるっと回り笑顔でこちらを向いた。
「いらっしゃい。あなたマーシャの恋人かしら?」
「な!?」
マーシャはその言葉に驚いたらしく、赤面した。
「違う!! 違いますよ母さん」
「あぁ、婚約者ね?」
「いや、ですから……」
「まさか、私に黙ってもう契りを?!」
「サマン、落ち着け。客人だ」
またまた~と楽しげなマーシャ母。カオルは黙っていたが、内心まだかなーと、待っていた。しばらく説明が続き、やっと通じたようで、カオルのほうへ歩いてきた。
「まあまあ、ごめんなさいね。私ったら早とちりな性格だもので」
ふふっと笑いながら謝罪するが、ちっとも反省していない顔だった。
「面白いお母様ですね」
「お母様だなんて、サマンって気軽に呼んでちょうだいな」
「サマン、彼女はしばらくうちで世話をすることになった。おい、君彼女を案内し……」
「あら! 案内なら私がするわ」
手をあげて旦那にアピールするサマン。
「何もお前がせんでも」
「私がしたいの。私の家ですもの、えぇ、あなたの家でもあるけど。ダメなの? どうしてダメなの? いいでしょう? そうでしょう」
商人の妻というのは強いモノだ。
アフマドさんはサマンに根負けして、分かったと言いながら逃げて行った。そのあとをマーシャは追いかける様に母と適当に会話して去って行った。
(どこも似たようなものなんだなぁ)
「さ、いきましょ!」
長く広い廊下を渡り、大広間へ足を運び、彼女が集めているのだという小物を見せてもらい、別のところを移動した。
太い柱には四角い穴が開いており、そこに花の活けられた壺があった。蝋燭とかじゃないんですね。というと、彼女曰く、使用人が見回りしており、いつも松明の光があるから問題ないのだと返された。
すれ違う使用人の数も、部屋に飾られた装飾品の豪華さも、桁外れだった。
「何故こんなにも立派なんですか?」
「ここが、貴女の……え?」
貸してくれるという部屋も、広く上品だ。
「あら、褒めてくれてるの? 嬉しいわ。何故こうかっていうとね、うちは宿も兼ねてるからなのよ」
確かに、こことは反対側の西門に人が集まっていた気がする。
「うちは商品を運び、商人に売ることで生業としてるんですけどね。たまに盗賊に全部奪われちゃうときがあるの」
「なるほど、副業ですか」
「というのも、あるし。商隊ではよく傭兵雇うんだけど、彼らにお金渡して『はい、さようなら』じゃ酷いでしょう?」
「泊めてあげていたんですか?」
「ええ、そしているうちに気流に乗ってね、大きくなっちゃったのよ」
嬉しそうに笑いながら、彼女は部屋の中に入った。
「好きに使ってちょうだい。必要なものがあったら遠慮なくマーシャに言って」
「ありがとうございます」
「いいのよー。なんならウチの嫁としてきてくれてもいいのよ? マーシャと同じ年齢ぐらいですものー!」
「あ、ありがとうございます。でも私アッシリアに恋人がいるので」
「そうなのー? あなた綺麗だものねぇ。うちの子とちょうどいい年齢だと思ったから残念だわぁ」
カオルは引き気味に苦笑いを浮かべた。
(さ、サマンさんって、一回しゃべると……長い)
こちらの一言に、二言三言で返してくれる。おしゃべり好きなのだろうか。
彼女は部屋に置かれていた箱を開けた。
「この中にある服も自由に着て頂戴。じゃあ、私は食事の用意ができてるか見てくるから」
「あ、あの」
「何かしら?」
「ここにいつまで私いられるか、分からないんですけど」
カオルはサマンをまっすぐ見つめた。
「何か仕事、お手伝いさせてください。ご厚意をいただき感謝していますが、ジッとできない性質なので、何かさせてもらえると、嬉しいです」
サマンは驚いた顔を見せた後、にっこり笑った。
「まあ! 面白い方ね。いいわ。あとで旦那に聞いてみておいてあげるわ」
「ありがとうございます」
「でも、お客様なんだから、無茶しちゃだめよ?」
そういって去って行ったサマン。
改めてカオルは部屋を見渡した。
新しい感覚。新鮮な気持ち。見知らぬ場所。
「また、一からか」
きっと大丈夫。
ロスタムが迎えに来てくれるはず。
(来てくれなくても、マーシャさんにお願いすればアッシリアに戻れるし。とりあえず一安心)
しかし、まあ災難というか、次から次へ問題が起きることだ。
「これ以上悪くならないといいけど」
カオルは少し考えたが、考えても分からないとベットに倒れこんだ。
思った以上に体が重い。
疲れている。
「……」
七菜をどうにかしないと、アッシリアには戻れない。
七菜をどうにかしようとすると、神をどうにかしないといけない。
(神か)
見えないものは信じない。倒せないものをどうしろと?
「……そっか」
ないモノは無視してしまえばいい。
神のことはいっそこの際無視して、七菜をどうにかしよう。七菜の権威などしょせん諸刃の剣
あの性格ならどうとでもできるはず。
「ふあぁ」
眠たくなってきた。
明け方とはいえ、旅の疲れはとれていなかったようだ。
「ううん」
少し眠ろう。それから考えよう。
この世は見えないことだらけだ。一寸先は闇の中 どこへどう転がり落ちるか分かったものじゃない。だからこそ、慎重に
慎重に
後悔のないように、思いっきりいこう。