逃げの在り方
ただひたすらに遣る瀬無かった
僕には力があった、だが動けなかった
相手のあまりの大きさに
命が消えるその時を、黙って見届けた
そんな自分が許せない・・!
しかし、そんな自分を肯定する自分もまた、同時に存在する
正面からぶつかって勝てる相手ではなかった
一旦引いて、状況を確認するのが正しい選択だった
そうして皆の命を守れたじゃないか
僕は間違っていなかった!
しかし、それを浅ましいと思う自分もまた・・・
心の奥底から煮えたぎる感情は、もはや僕一人では抱え切れない
このまま消えてしまいたいと思うが、邪竜を倒さずには死ぬに死ねない
そう
今の僕には休息が必要だ
しかしそれは、暖かい布団に包まる様な物ではなく
もっと冷たく
もっと無機質な
氷の上で寝るような、そんな休息が欲しい
そうで無ければ、僕は自らを許せない
だから僕はここ《門の外》を選んだ
この森の中ならば、命の保証など少しもない
自ら死を選ぶ事は出来ない
しかし不意に襲われるのであれば・・・
・・・これは逃げだ、わかっている
それでも今の僕には、必要だ
僕は、大きな岩を背にして座り、目を閉じた
目を閉じると、森のざわめきが聞こえた
鳥の鳴き声が聞こえる
この世界に来て、初めての村であるノウの村に行く途中に聞いたこの音たちは、僕に恐怖しか与えなかった
今はそれを安らぎに感じる
何かの気配を感じ、目を開けると、狐の様な動物がこちらを見ていた
彼は目が合うと、しばらくして立ち去った
僕はまた目を閉じる
今はただ、何も考えずに、眠りに落ちたい
僕はそのまま、意識を手放した
~とある女性side~
私は間違ってない、私は間違ってない!私は間違ってない!!
私は必死に、自らに言い聞かせた
事の始まりは、あの人の部隊が帰ってきたと聞いた時からだ
私は走ってあの人を迎えにいった
私に噂を教えてくれた人は、とても早く伝えてくれていたみたいで、あの人の部隊はようやく門をくぐる所だった
部隊の人たちは浮かない顔をしていたけど、そんな事はどうでもよかった
それより、こんなにたくさんの人が生きて帰ってきて嬉しかった!
これならあの人もきっと・・!
しかし、待てど暮らせど、あの人は現れなかった
死んだ人はたったの二人だと聞いた
遠征部隊の人たちが、これほど生き延びているのは異例の自体だと
だけど、あの人がいない
どれだけ探しても、あの人がいない!
私の最愛の人が、ライラがいない!!
それから、あの人の死に様を聞いた
それは立派だったと、彼のおかげで皆が生き残れたと
けど、そんな事になんの意味があるのだろう
私は泣いた、涙が枯れても泣き続けた
そして、彼の遺書を読む日を迎えた
化粧で涙の後を隠したけれど、きっと隠しきれてはいないのでしょう
でも、そんな事はどうでもいい
この遺書は、私の部屋に隠してあった物だ
部屋をメチャクチャにした時、出てきた物だ
きっとあの人は、私がそうする事を読んでいたのだと思う
あの人の遺書には、少しでも私の事が書かれているのだろうか
いや、きっと書かれている
でなければ、何故私の部屋に隠すだろうか
しかし、そこには私の名前など一つもなかった
・・最早涙すらでない
あの人にとって、私はなんだったのだろうか
もう、それを問いただす事も出来ない
絶望感に苛まれる中、顔を上げると、紅い目が見えた
あの人を殺した魔物と、同じ色の目
私は吸い込まれる様に、彼に近づいた
その時の彼の顔は、まるで見本の様な物だった
傷ついたり、痛かったり、悲しかったりする人の表情の、お手本の様な顔だった
そこに取り繕われた気配は微塵もなかった
けど、私は悪くない
だって、私より傷ついている人なんてこの世にいないもの
だったら少しぐらい他の人を傷つけたって、きっと許されるわ
私は悪くない、私は悪くない、私は・・・・
街角のベンチに座って、あの人の遺書を握り締める
「おい譲ちゃん?そんなもん握り締めてどうしたんだい?」
そんな私に、軽薄そうな男が話しかけてきた
「別になんでもないわ」
私は嘘を吐く
「なんでもないってこたぁねぇだろう?ん?ちょいとそいつを見せてみろ」
そういって、軽薄な男はあの人の遺書を奪った
もう、なにも、抵抗する気も起きなかった
この後この男にXXXれても、どうでもよかった
私はもう、終わってしまったんだ
もう・・・
「おぉ、やっぱりな!ちょっと待ってな」
男の嬉しそうな声がする
まるで分からない問題が解けた、子供の様な声だ
「たしか~・・・、そうだ!『見えざる文字よ、ここに現れろ』!」
男はそう言った
見えざる文字?魔法でしょうか?
「・・・・・、どうやらこれはあんたに向けた手紙みたいだ」
男は少し遺書を見た後、そういって私にあの人の遺書を手渡した
そこには、文字が並んでいた
さっきまで見えなかった文字が!
「へっ、お熱いこって!じゃあな~!」
男はそう言って去って行ったが、私はそれどころじゃなかった
そこには、私に宛てた遺書があった
あの人らしい、たどたどしい文章ではあるけれど、愛に溢れた言葉たちだった
先に旅立つ事を詫びる言葉
自分の事は忘れてもいいから、いい人と上手くやって欲しい事
それと、何時でも私を見守っていてくれる事
私を、愛している事
・・彼は、私の事を考えてくれていた
彼は、私を愛してくれていた!
それだけで、胸が一杯になって、暖かい涙が頬を伝った
胸の中が満たされると同時に、私は誓った
あの人を、ゴウ・ホーク=ライラを背負って生きて行く事を!
あの人にはなれないけど、それでも私はあの人に近づいて見せる!
まず私がするべき事、それは