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二 架橋の章

《架橋の章》



お膳に並べられた豪華な献立を前に龍馬は目を丸くした。


その目を正面の慎太郎に向ける。


慎太郎は終始にこにこしていた。


「遠慮しやーせき食べて」


「何かの祝い事じゃった?」


「そうじゃーないけんど龍馬さんにはいつも世話になっちゅうき」


慎太郎が謙虚な言い方をすると、龍馬は遠慮なく焼き魚にかぶり付いた。


その様子をチラッとうかがい、慎太郎は続けた。


「代わりにと言うたらなんやけど頼みたいことがあるがで」


「えいよ、えいよ、なんちゃあ(なんでも)頼めよ!」


上機嫌な龍馬の様子を確認して、慎太郎は囁いた。


「薩摩藩と長州藩が手を組んじょき、おもしろいと思わないか?」


龍馬は口の魚を吹き出しそうになった。


「ほ、ほりゃあ、軍事同盟を組むと…」


慎太郎はニヤリと笑んだ。


「薩摩藩と長州藩の利害は一致しゆうはずだ。どちらの志しも尊王攘夷にある。いずれ天下がこの二藩に従う時が来るろう。ちょうど鏡にかけて見つめるようなものちや」


「待て待て待て待て!」


龍馬が突然叫び出し、自分の膝を叩いた。


「おまえの話しは難しうて意味がわからん」


「え、どの辺が?」


「全部」


慎太郎は頭を抱えた。そして膳を指先でカツカツと忙しく叩き、ふと指が止まる。


「薩摩藩と長州藩が同盟を組んじょき最強になる。ほりゃあ、わかるな?」


「おう」


「けんどこの二藩は対立関係にある。そこで!」


慎太郎は手を挙げた。


つられて龍馬も手を挙げ、慎太郎がその手をパンッと叩いた。


「そこで、だ。龍馬さんとオレの出番ちや。薩摩とつながりのあるアンタと長州のオレが仲介するがちや」


「そうか!…けんど、そう上手くいくかのぅ」


「物々交換ちや」


低い声で囁き、慎太郎は上目遣いで龍馬に鋭い視線を向けた。


「正直、長州は武器が欲しい。薩摩は?」


「ない」


「ないってことないろう! 米にしろ」


「慎太、田植えやるが?」


「やるか! なんでオレがイチから米を作らせんといかんが。ただでさえ面倒くさいことをやろうとしゆうがに、よけいに面倒くさくしな…」


「どこが面倒くさい?」


「全部」


慎太郎はしれっと言って、酒に口をつけた。


「さて、本題に入る」


慎太郎がそう続けると、龍馬はダルそうに天井を見上げた。


「まだ続くのかえ…」


「アンタが茶々を入れるき長くなるちや。この案を西郷殿に通して欲しい。オレは長州藩の幹部の桂様に伝えるき…」


桂小五郎(かつらこごろう)さんのことか?」


慎太郎は無言でうなずいた。




協力を仰ぐ。そう言えば聞こえはいいが、要するに慎太郎は龍馬を利用しようとしていた。


慎太郎が望んでいたのは、武器の入手。


そのために、海外の銃器商会ともつながりのある龍馬の協力がどうしても必要だった。


まずは自身が桂に話しを通すこと。


接見を求める手紙を送り桂を訪ねようとしたところ、障子の奥から声をかけられた。


「中岡先生、桂小五郎様がお見えでございます」


ガタッと音を上げ立ち上がる。


まさか来るとは思わず、心の準備をしていなかったのだ。


ゆっくり深呼吸し、姿勢を正し、冷静に声を上げた。


「どうぞ」


桂が部屋に入って来た。


「桂様、ご用やったら私がお伺いしましたがに…」


「いや、近くへ来たついでだ」


そしてゆったりとした動作で座り、慎太郎に視線を向けた。


「先日、坂本が私の所に訪ねて来てな」


「坂本が、ですか?」


「ああ。何やら意味のわからない事を(わめ)き散らすので、紙に書け!と頼んだのだが…」


桂は懐からその紙を出し、慎太郎の方へ放った。


「君、解読できる?」


「拝見するがで」


慎太郎は丁寧に紙を受け取り、広げた。


そして、絶句する。


癖字というよりはグチャグチャな字体で、解読以前に読めなかった。


それでも必死に単語を拾い、薩摩・長州・武器で、先日の「薩摩と長州の和解」だと解釈した。


「恐らくは…」


そう前置きして、慎太郎は遠慮がちに言った。


「先日、坂本と酒の席じゃーあるがでが、薩摩と長州を結ぶという話しをしまして、その事かと…」


「また、とんでもないことを…、あいつは…」


いや、考えたのオレだし。慎太郎はそう思ったが口にはしなかった。


「中岡君はどう考える?」


「はい。悪い話しじゃーないかと思います。実は私が桂様に接見を求めたのも、そこにありちゅう」


「そうか。でも、なぁ…」


桂は言葉を濁らせた。


「まぁ私がここでとやかく言っても、あいつは勝手に事を進めるだろう。できる範囲で協力はする」


「ありがとうございます」


慎太郎は深々と頭を下げた。




以後、薩長の和解工作のため、山口県 下関市(しものせきし)・大坂・京都・筑前国(現・福岡県西部)太宰府(だざいふ)・長崎・薩摩間を何日もかけ奔走した。



そして慶応元年(1865年)1月


薩摩の事実上の最高権力者である西郷と会見した。



慎太郎は「禁門の変」から退却した後「忠勇隊(脱藩志士たちで構成された長州軍のひとつ)」の隊長となり、太宰府に移転していた。


その移転条件を西郷に交渉するための会見だったが、慎太郎は内容をさりげなく「薩長の和解」にすり替えた。



桂の計らいで、何度も薩摩・長州間で重要人物を集めた会合は開かれていたが、互いに意地の張り合いでなかなか話しが先に進まなかった。


長州側は、(さき)の戦で自分たちを負かした薩摩に強い恨みを持っていた。


薩摩側は、自分たちに負けた長州が頭を下げるのが筋だ、と。


だから慎太郎は自ら薩摩に直談判をしようと決意した。



厳正な雰囲気の中、慎太郎は西郷に向かって丁寧に手をつき頭を下げた。


西郷は目を(つむ)り、深く考え事をしている様子だった。


西郷の家臣たちが部屋中で慎太郎を取り囲む。


このまま首を()ねられてもおかしくない状態にあった。


その時、叫び声と共に襖が勢い良く開かれた。


「西郷さん!」


龍馬の声だった。


龍馬の視線が眼前のうずくまっている慎太郎に移る。


「慎太…? 腹でも痛いかえ?」


緊張の糸が切れ、慎太郎は笑い出しそうになった。


「なんちゃーない」


声が震えている。


龍馬はそれを誤解して西郷に詰め寄った。


「西郷さん! 慎太になにしたが!」


騒ぎを大きくしたくなかった慎太郎は、とっさに腕を伸ばした。


龍馬がその腕につまずき、派手に転んだ。


そして慎太郎がゆっくりと顔を上げ、鋭い視線を龍馬に向けた。


「落ち着け」


「元気そうでなにより…」


そんな2人のやり取りを黙って見ていた西郷が大笑いした。



慎太郎の直談判は、うやむやに終わる。



屋敷を後にして龍馬はクスクスと笑った。


「西郷どん、笑っちょったがな」


「余興見せてどうするがちや…」


慎太郎が無表情で、低い声で冷静に言った。


そんな時の慎太郎は本気で怒っている。


長年の付き合いでそれを理解していた龍馬は、慎太郎の機嫌を直したかった。


「なぁ、飯食いに行こう」


「行かぇい」


「酒は?」


「いらん」


「じゃったら遊郭は?」


慎太郎は龍馬の腹を思い切り殴った。


「一人で行けや! せっかく談判しよったがに失敗したらアンタのせいやきな」




この時、慎太郎の味方は龍馬を抜かせば土佐藩士の土方久元(ひじかたひさもと)だけだった。


桂と肩を並べる長州藩の実力者・高杉晋作(たかすぎしんさく)も含め、反対はしないが積極的に協力もできないといった様子だった。



慎太郎は先日の西郷との会見の報告も含め、再び桂に協力を仰ごうと彼を訪ねた。


すると逆に言われた。


「先日、薩摩名義でイギリスから銃器を購入したよ」


「本当ですか?」


慎太郎にとってはこの上ない喜びだった。


桂は微笑を浮かべる。


「購入したというより、坂本に押しつけられたが正しいかな…」



今さらながら龍馬の行動力に驚かされる。


同時に慎太郎は、龍馬に吐いた暴言を思い出した。



── 失敗したらアンタのせいやきな



理解者ではないにしろ自分の協力者に、ひどいことを言ってしまったと深く後悔した。




夜、慎太郎は部下たちを全員そろえ会食を開いた。


銃器は手に入った。後は米を薩摩に運ぶだけ。


その手配をと考えていたのだが、この中に協力者はどれほどいるのか、それが彼の悩みの種だった。


慎太郎が信頼を寄せ度々重要任務を課す田中光顕(たなかみつあき)が、さりげなく近づいてきた。


「中岡先生、ご指図をお願いするがで。ここの中に先生の命令に従わない者は1人もおりやーせん」



「そういうやり方は好きじゃーないが」


「皆、先生にゃ恩があるがで。脱藩した後に路頭に迷わないように土佐から長州へつなぐ道を 作っとおせちゅう(作ってくださいました)

心の底じゃー皆協力したいがやき。けんど薩摩への恨みが消えた訳じゃーないが。気持ちがついていかんがやき。そのための命令やか。

皆に言い訳をさせとおせ。薩摩のためじゃーないが命令されたからやるがだ、と」


田中は慎太郎の目を見て、再びはっきりと言った。


「先生、ご指図を」



数日後の昼過ぎ、慎太郎の指示で大量の米が薩摩に搬入された。


どこから噂を聞いたのか、その様子を眺めている龍馬の姿を見つけた。


2人は視線を交わした。


少しずつではあるが確実に変わっていく時代を実感していた。




そして、慶応2年1月21日(1866年3月7日)


京都の薩摩藩士である小松清廉(こまつきよかど)邸にて、「薩長同盟」が結実した。




「やったな…」


慎太郎がそう言って手を挙げた。


龍馬がその手を叩く。


「おう。途中でどうなるがかと思ったけどな」


2人は龍馬の妻のお龍が世話になっている京都伏見の寺田屋で、祝杯を交わしていた。


慎太郎は姿勢を正し、龍馬の方を向き直った。


「龍馬さん、こないだは、ごめんや…」


「なにが?」


「ひどい言い方をして…」


「えーとぉ…」


龍馬は首をひねり、本気で考え込んだ。


慎太郎が無表情になった。


「忘れたが?」


「待て、待て、今思い出すき!」


「こっちはひどいこと言うて龍馬さんを傷つけたかもって、すごく悩んだがに! なんで忘れちゅうちや」


「よおわからんが、悪かった」


龍馬が謝っている矛盾に気づき、慎太郎は脱力した。


そして話題を変えた。


「そう言えば、どうやって西郷殿を説き伏せたが?」


龍馬は身振り手振り激しく説明する。


「西郷どんに釘を打ちに行ったら呑気に将棋を指しよってな。カッとなって思わず将棋盤をひっくり返したが」


「はぁ?」


「長州は立場が弱いちや!自分たちを負かした薩摩に今さら助けを求めるらぁてできんろう!アンタがつまらん意地を張って、この同盟の話しがのうなったらどうするが!と怒鳴りつけたら折れてくれた」


「悪かったな。立場が弱うて」



憎まれ口をたたきながらも、2人はケラケラと笑っていた。



その時、お龍が部屋に入って来た。


「賑やかね。ほんまに仲がええのね」


そして手に持っていた食べ物を膳に置いた。


「ありがとう、お龍さん」


ちゃんとお礼を言う慎太郎と、さっそく焼き魚をムシャムシャと食べ始める龍馬。


龍馬は微笑を浮かべた。


「こいつとオレは、見た目も中身も、生い立ちも、考え方も、特技も、何もかも正反対ながに、なぜか一緒に酒を飲んじゅうと楽しいちや」


「やきオレがひっくり返したち鳩尾(みぞおち)に拳を喰らわせたち、犬みたいに尻尾振ってやって来るがか、アンタは」


「誰が犬ちや」




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