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一 沈黙の章

《沈黙の章》



慎太郎は長州(現・山口県西部)で同じような境遇の脱藩志士たちを集め、連絡係を兼ね生活の面倒をみていた。


自身は長州藩の庇護下(ひごか)住家(すみか)を与えられ生活をしていた。


そんな彼が脱藩志士たちを集めるのには同情心もあったが、別の目的があったのだ。


その目的のために、よく旅館や料亭で内密な会談を開いていた。



夜9時前


そろそろ解散しようかと考えていた時だった。


階段を駆け上がる癖のある足音が聞こえた。


慎太郎は頭を抱えて息を吐いた。


「龍馬さん…」


「は?」


同心(仲間)たちが聞きただす間もなく、部屋に大柄な男が現れた。


慎太郎の盟友である坂本龍馬(さかもとりょうま)だった。


「慎太!…どうしたが?」


「ほりゃあ、こっちの言葉ちや。なんでここがわかったが」


「頭を抱えちゅうき。体調がわりぃかえ?」


「アンタのせいちや!」


「なんだ、ただの癇癪(かんしゃく)持ちじゃったか」


龍馬は部屋の中央にドカッと座り込み、目の前の(さかずき)を一気に飲み干した。


静かに怒りが込み上げてきた慎太郎は、(そば)にあった食器で龍馬の手の甲を叩いた。


「痛いやか!」


大げさに騒ぐ龍馬が仕返しとばかりに慎太郎の額を叩いた。


すぐさま慎太郎が龍馬を突飛ばし、乱闘が始まった。


「お止め下され、お二方!」


見かねた同心たちが止めに入ろうとすると、二人は畳の上に転がったまま大笑いした。




皆が引き上げた。


慎太郎は1人1人の肩を叩き「ご苦労だった」とねぎらいの言葉をかけた。


そして、部屋に残る龍馬を振り返る。


薩摩藩ともつながりのある龍馬に、簡単に居場所を突き止められるのは問題がある、と感じていた。


それは龍馬に対しての警戒心ではなく、自信への(いまし)めだった。




二人は無言で座っていた。


珍しく龍馬の酒が進んでいない。


突然現れた理由もわからない。


慎太郎は沈黙を破るつもりで水を向けた。


「オレはいつでも死ねる覚悟はある」


龍馬が驚いた顔を向けた。


「なにを驚いちゅう。アンタだってそうやお?」


「お、おぅ…」


「オレの志は尊皇(そんのう)にある。いつ、どこで誰に斬られてもおかしくない生き方をしゆう。

また、朝廷(ちょうてい/皇室)のために惜しむ命もないき…」


一旦言葉を区切り、慎太郎は龍馬の目をまっすぐ見つめた。


「言いたいことは、言いたい時に言いな。オレたちに あいた(明日)はないがかも知れんのやき」


龍馬がスッと視線を外し、慎太郎は何も言えなくなった。


龍馬の心を開く方法が、わからなくなった。




長州と薩摩(現・鹿児島県)は利害が一致するものの対立関係にあった。


まず、その薩摩藩を潰すこと。そうしなければ自身の所属する長州藩が優位に立てない。



「薩摩藩 最高権力者・島津久光(しまずひさみつ) 暗殺」



それがこの時の慎太郎の目的だった。


そして「石川清之助」という偽名を使い、上洛(じょうらく/京都入り)し島津の情報を集めた。



夕刻、山中で島津が通りかかるのを息を(ひそ)めて待ち伏せしていた。


2時間以上が経過し辺りがすっかり暗くなった頃、男が1人ふらりと歩いて来た。


慎太郎は姿を隠すための黒い布を、全身にまとっていた。


彼は仲間たちに目で合図し男の正面に立った。


暗がりで不意をつくやり方を嫌っていた。


また、それだけ剣の腕に自信もあった。


男が一声も発さない内に、慎太郎は刀を()った。


呆気(あっけ)なかったな、彼がそう感じた時、見張り役の1人が走って来た。


「中岡先生!」


「変名で呼べ!」


慎太郎が一喝すると見張り役は恐縮するも言葉を続けた。


「先ほど危険を察したがか目標が雲隠れしたと…」


驚いた慎太郎は、自分が斬った男を見下ろす。


「ほんなら、これ誰ちや?」


その時になって初めて気づいた。


最高権力者ともあろう人物が、護衛もつけずに暗がりを1人で歩くはずがない。


慎太郎は(ひざまず)いて足下の男の顔を覗き込んだ。


「こがな所を歩いちゅうのが悪ぃがやき。引き上げるがで」




元治元年7月19日(1864年8月20日)


京都で「禁門の変」が起きた。


いわゆる「蛤御門(はまぐりごもん)の変」と呼ばれる戦である。


慎太郎は自分が集めた脱藩志士たちを率いて、長州側として参戦する。




そもそもこの戦いは、圧倒的な勢力の差があった。


西郷隆盛(さいごうたかもり)率いる薩摩藩が京都に加勢し、その数は2万から3万。


それに対し長州藩の兵士は2千だった。



長州藩の大幹部20名が重大会議を開いた。


若き医者である久坂玄瑞(くさかげんずい)の「兵を引き上げるべきだ」という主張は一蹴(いっしゅう)された。




長州藩士 遊撃隊総監の木島又兵衛(きじままたべえ)が蛤御門を攻める。


慎太郎は自分の部隊を率いり、流れ来る薩摩兵を()き止めていた。


四方八方から攻撃される。


刀を振り落とした。別の刀を抜こうとした時、喉元を狙われた。


その瞬間、爆音と共に硝煙が立ち上がり、彼は意識を失った。



次に意識を戻した時、彼は半ば引きずられる形で運ばれていた。


反射的に相手を突き飛ばし、刀を構えた。


すると慎太郎を引きずっていた男が、自分の肩の紋章を見せて言った。


「私は久坂玄瑞先生率いる部隊の隊士であります。遊撃隊隊長の中岡殿ですね?」


どうやら嘘はついてないようだ。


慎太郎は刀を鞘に戻し、引き返そうとした。


「中岡殿、お戻りください!」


「おまえの指図は受けない」


「久坂先生が…、ご自害なされました」


慎太郎がゆっくりと振り返った。


「我々に、いかなる手段を用いても京都を脱出し気をつけてお帰りください、と…。それがあの方の最期の言葉です」


最期の言葉。


慎太郎は薄暗くなり始めた空を見上げ、月を眺めた。



脱藩をする前年、慎太郎は久坂らと共に佐久間象山(さくましょうざん)を訪ね政治について語り合った。


その帰り道、久坂が夜空を見上げた。


眩しいくらいの月が浮かんでいる。


── もしホトトギスの声が血に染まっても、月しか知ってる人はいないんだろうね。


その時は「変なことを言う人だな」としか思っていなかった。



慎太郎は奥歯を噛みしめる。



その日の夜に、薩摩兵と会津兵による長州兵の残党狩りが始まった。


負傷して退却した慎太郎は、その混乱に巻き込まれずに済んだのだが、命拾いしたことを素直に喜べなかった。





再び長州の三田尻(現・防府市/ほうふし)へ帰った慎太郎の(もと)に、故郷の土佐から手紙が届いた。


遣いの者から受け取ったその手紙は、妙にずっしりと重く感じた。


寝食用にしている部屋に戻り、気持ちが落ち着かない慎太郎は立ったまま手紙を開いた。



土佐に残り尊王攘夷(そんのうじょうい/王を尊び外敵を撃退)運動を続ける脱藩志士たち23名が斬首に遭ったと書かれてある。



それは一方的なものであり、無抵抗な状態で実行されたと記されてある。


慎太郎は動けなくなった。


溢れる涙が手の紙を濡らした。


度重なる不運に言葉が見つからない。


そして、会談を開いていた時に突如現れた龍馬を思い出した。


あの時龍馬は、もしかしたら慎太郎の生死を確かめに来たのかも知れない。


同志斬首の件を言い出せずにいた彼に、慎太郎は「自分はいつでも死ねる覚悟はある」と言った。


その不用意な言葉で、どれほど友を傷つけたか。


慎太郎の涙は一晩中止まらなかった。


彼は、今まで何をしてきたのかと自分を責めた。


天皇崇拝で動いていただけに過ぎなかった。


しかしこの時、彼の心の中に確かな目標が芽生えた。



「武力で幕府を倒す」



そして、そのためにはどうしたらいいのか考えが切り替わった。


夜が明ける頃、彼は一通の手紙を書いた。


土佐藩に内通する者への密書だった。


その手紙の一文に、こう(したた)めた。



『涙を抱えて沈黙すべし』




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