【短編】幸薄そうな姉が隣国の俺様王子に攫われましたありがとうございます
「お前ら一家がハレーナを要らないというなら俺が貰うぞ」
「はあ……」
舞踏会で見知らぬ黒髪赤目の美青年から声を掛けられ、自己紹介すら無くそんな台詞を言われる。
そんなおかしな出来事に対しオースト伯爵家次女のエミリアが思うことは一つ。
(姉さんってどこから男を捕まえて来るのかしら)
扇で口元を隠し、そんなことを考えていると何故か青年は得意げな微笑みを浮かべた。
「言い忘れたな、俺は隣国の第二王子アレジオンだ」
「初めまして、アレジオン殿下。私はエミリア・オーストと申します」
「ところでオースト伯爵家は長女を虐めて家族団らんを維持しているらしいな」
「……それは姉から吹き込まれたのですか?」
「流石だな、隙あらばそうやって彼女を悪役令嬢に仕立て上げるのか」
フンっとアレジオンは鼻を鳴らした。
ここは路上では無く貴族が集まる舞踏会なので当然まともな参加者から白眼視される。
けれど彼はそんなことに気付いていないようだった。
そんな彼の肩幅が異様に広いことにエミリアは気づいた。
「ハレーナは一度も自分を虐げてきた家族を悪く言わなかった。婚約者を奪った妹すらだ」
「虐げたなんて人聞きの悪いことを」
「わかっている、お前ら一家は長女を虐げ都合良く利用している意識すら無いのだろう。愚かさは罪だな」
「姉は今どこにいるのですか」
話にならない。
エミリアはアレジオンに姉ハレーナについて尋ねる。
すると彼はニヤリと口元だけで笑った。
「彼女は今頃俺の国だ。お前らが邪魔しないよう先手を打たせて貰った」
「邪魔?」
「冷遇している癖に君の家の帳簿は全て長女であるハレーナ任せだそうじゃないか」
「……それも姉が申したのですか?」
「フッ、お前たちに制裁を加えるのをハレーナは嫌がった、でも俺が彼女を奪うことが最大の罰になるだろう」
「父が当主を務めておりますし、何より貴族の屋敷で経理を一人で行うことは無いと思うのですが……」
「それだけ彼女が優秀なのだろう。なのに欲しがるものは滅多に与えないそうじゃないか」
氷のように冷たい炎のような目でアレジオンはエミリアを睨んだ。
「妹であるお前は欲しがれば何でも与えて貰える。けれどハレーナは百回頼んで数回程度だとか」
「……貴方は姉のその主張に違和感を覚えたりしないのですか?」
「欲しがりの妹を持ったせいで君の両親は姉に対し色々とケチらなければいけなかったらしいな」
「我がオースト伯爵家はそんなに貧しい家ではございませんが」
「ハレーナにはこの俺が本当の愛を教えてやるつもりだ、お前たち家族に与えて貰えなかった無償の愛と庇護を与えてやる」
「はあ……」
「彼女は先日我が国のヒーガイ公爵家の養女になって貰った。既にお前たちとは他人だ」
「え……それは本当でございますか?!」
エミリアは目を大きく見開く。
ショックを受けたと思ったのかアレジオンは再びニヤリと笑った。
「ずっと虐げて来たんだ、寧ろハレーナと縁が切れて嬉しいだろう?」
「はいっ、嬉しいです、有難う御座います!」
舞踏会場に響き渡る声でエミリアは言う。
アレジオンはその反応に目を丸くしたがすぐにクックックと笑った。
「いいさ、鈍感なお前たちが後悔するのはもう少し先だ……その頃にはもう遅い。ハレーナを取り戻そうとしないことだな」
「はい、しません!」
「ハレーナは既に我が国の公爵令嬢だ、関わろうとしたらそれだけで国際問題になるからな」
「はい、一生関わりません!」
「フッ、本当に愚かな……後から後悔しても本当に遅いからな」
そう捨て台詞を吐いてアレジオンは舞踏会場を去る。まだ始まって五分も経っていないというのに。
もしかしたらそれだけの為に舞踏会に来たのかもしれない。
けれどそんなことはエミリアにはどうでもよかった。
事態を見守らせていたエミリアの婚約者が駆け寄って来る。
彼の名はカイル。金髪碧眼の青年だ。
アレジオンに話しかけられている時に駆け寄ろうとしたのをエミリアは扇言葉で制していた。
あの場でアレジオンに正気に戻られては困るのだ。
「やったな、エミリア!」
「ええ、私は何もしてないけどね」
「あの悲劇のヒロインをこの国で見なくなるなんて、今日は祝日になるな」
どこからともなく拍手が聞こえ、さざ波のようになる。
悲劇のヒロイン。それが同世代の貴族たち、主に令嬢からのハレーナの評価だった。
断じて悪役令嬢などと呼ばれたりはしない。悪女と言われることはあるかもしれない。
ハレーナ・オーストはどんな時でも地味な格好をしている。
厳格な家庭教師や牧師の娘のような格好だ。
自分の美貌を理解した上でそうしている。
何故ならそれが彼女の戦闘服だからだ。
母やエミリアが流行りのドレスやせめて場所に合ったドレスを着ろと勧めても絶対に着ない。
それでも着せようものなら似合わないドレスを着せる嫌がらせをしていることにされる。
化粧は美肌に見せることに全力な超ナチュラルメイクだ。
ついでに夜会だろうが舞踏会だろうが三つ編みを解かない。
母が泣いて止めてくれと頼んでもだ。
けれど捕まえた男には好き放題自分を着飾らせる。
そして自信なさげな表情を浮かべながら男に肩を抱かれるのだ。
ある意味上手い男の釣り方だなと、自分たちが悪役にされていることを抜きにしても毎回エミリアは思った。
だがそうやって姉が捕まえた男たちは数か月も持たず彼女を返品してくる。
「だってハレーナ姉さんはこの国一番の欲しがり屋さんだものね」
エミリアは深く溜息を吐いた。
両親から欲しいものを与えられる妹と与えられない姉。
狙った男に必ずハレーナが話すエピソードだ。
けれどこれには当然の理由がある。
ハレーナは何かを欲しがる頻度が異常なのだ。
そもそもハレーナもエミリアも伯爵家の娘。多少の物なら購入に親の許可など不要だ。
逆を言えば許可が必要なのは高価か大掛かりな買い物に限られる。
両親がハレーナのおねだりを全て聞いてたら今頃オースト伯爵家は姉にだけ似合うドレスが千着、別荘は百を超えているだろう。
そしてエミリアが両親にねだるのは半年に一回程度。
別荘に友人たちを招きたい、同じデザインで色だけ違うドレスを作りたいと言った内容だった。
エミリアの姉は別に嘘つきでは無い。ただ自分の視点でだけ話すのだ。
たとえば盗みを働いて殴られた者がいる。どんな理由だろうが殴られれば痛い。
姉のハレーナはその痛みの部分だけを周囲に切々と訴えるのだ。
結果彼女の感情に共感し囲い込みたくなる男が定期的に現れる。
あのアレジオンという第二王子もそうやって引っかかったのだろう。
ハレーナに人を騙そうと意図する気持ちは恐らくない。
なのでちゃんと尋ねれば答えてくれるが、そんな人間はハレーナに引っかかったりしない。
エミリアの婚約者のカイルのように。
彼は当初ハレーナに婿入りする予定だったが、顔合わせの席で辞退をした。
『仰っていることの辻褄が合わないと指摘したら青褪めて気を失ってしまったんだ。多分俺とは相性が悪い』
『……多分そのように冷静に判断できる方だから、父は貴方と姉を婚約させたかったのでしょうね』
『どうせ悪役にされるなら、俺は貴方と婚約したい』
そうしてカイルは妹のエミリアと婚約した。将来父から子爵の爵位を譲って貰う予定だ。
そんな経緯だが一時期社交界では妹のエミリアが略奪した結果カイルとハレーナが婚約破棄したと誤解されていた。
ハレーナがそう思わせるようなことを高位貴族の令息たちに言い触らしたからだ。
カイルが言った悪役扱いの意味にエミリアはその時気づいた。
『もしハレーナ嬢と結婚した場合、多分俺が妻を虐げる夫の役をさせられる気がするんだ』
『……確かにそうかもしれないけれど、なら何故この家とまだ関わろうとしたの』
『君だけに悪役をさせたくなかったからかな。世間の噂程、君は我儘でも欲しがりにも見えない』
エミリアはハレーナの被害妄想のせいで冷たい目で見られ、そのせいで彼女を見る度に睨みつけていた時期がある。
両親も長女の悪癖を本腰入れて治そうとした時期があった。
けれどハレーナはそれらを理不尽に虐げていると認識したのだろう。
「でも帳簿を一人でさせられているという話はどこから出たのかしら」
「俺も考えていたけど、宿題の話じゃないかな」
「ああ……」
経理を覚えたいとハレーナが頼んで、一時期父と執事長が色々課題を出していたことをエミリアは思い出す。
「まあ宿題は基本一人でするものよね……」
「第二王子だから貴族の家計なんてわからなかったのかもね」
そう言いながらエミリアは周囲を見渡す。
何人かの令息たちが慌てて目を逸らすのが見えた。
全員ハレーナに引っかかって、その癖彼女の本性に耐え切れずに返品してきた甲斐性無したちだ。
ハレーナは九十九回我儘を叶えてあげても一回した拒否だけを周囲に言い触らす。
そう妹のエミリアや姉妹の両親たちが説明しても蔑むか鼻で笑っていた連中だ。
「もしかしたら我が国の第二王子辺りが隣国の第二王子に紹介したのかもね」
そうカイルがエミリアに耳打ちする。
視線を向けるとエミリアの国の第二王子はこちらに背を向けたまま蟹のような動きでバルコニーへ走って行った。
「成程、体のいい追放ね」
半年前の彼もエミリアに対し何種類もの嘲笑を向けて来たのを思い出す。
人付き合いこそ不器用だが優秀な姉を虐げている愛嬌だけが取り柄の愚かな妹だと。
けれど第二王子の財力権力ですらハレーナは満足できなかった。
エミリアは知っている。
ハレーナは可哀想な自分が世界で一番好きなのだ。
そんな彼女に惹かれた男たちは己の存在や財力権力で彼女を満たそうとする。
でもハレーナが欲しいものはそんなものではない。
「姉さんは自分を悲劇のヒロインにさせてくれる暴君こそを求めているのに」
かといって本当の暴君では駄目なのだ。
ハレーナは強そうな男が好きだ。だからそういう殿方を狙っては手に入れる。
けれど彼女の望む男らしさとは「酷い男」という冤罪を黙って受け入れること。
悪役を文句も言わず押し付けられ、ヒロインであるハレーナを輝かせてくれることなのだ。
頭が良いのに人付き合いは不器用で。妹と違い要領と運が悪い。
それなのに頑張って生きている健気な長女。
それがハレーナの理想の自分なのだ。
その本質に気付き突き放せるようになるまでエミリアは何度も彼女に傷つけられて来た。
長女とはこういうものなのかと思いさえした。しかし婚約者の姉に会って気づく。
ハレーナが異常なのだ。長女という存在に偏見を抱いていたことをエミリアは申し訳なく思った。
あんなのと一緒にした全国の長女に謝罪したい。
そしてその時にはこの国の社交界もハレーナの本性に気付きエミリアたちに同情し始めていた。
だからこのまま現状維持でも良いかと思いはしていたけれど。
「やっぱり嬉しいわ、姉さんを連れ去ってくれた誰かさんありがとう!」
もう姉じゃなくなってしまったけれど。
そう言いながらエミリアはテーブルの上のワインを掴みラッパ飲みした。
乾杯するつもりでカクテルを二つ給仕から受け取ったカイルは仕方なく両方自分で飲んだ。




