夢へと歩んだその先へ
静かな夜。綺麗に整頓された小規模のオフィス。
デュレインは愛用するパソコンに真剣な表情で向き合っていた。机にはエナジードリンクの空き缶が何本もある。
極度に集中した作業。だから背後から近付いてくる気配に気付かなかった。
「ああ。やっぱり思った通りでしたか」
「ふほう!?」
聞き慣れた声だが不意打ちされると弱い。椅子から飛び上がり、その勢いで机から落ちた空き缶が激しく音を立てた。
内心が落ち着かないまま振り返ればそこには、クスクスと口元を押さえて笑うアリル。あどけない仕草を目にすれば徐々に癒やされていく。
「すみません。少しやり過ぎましたね」
「いや、大丈夫、だ」
なんとか取り繕って答えられた。
相手は社長、自分は社員のプログラマー。しかも後ろめたさを抱える身。覚悟を決める。
そして予想した通りの問いかけが来た。
「進捗はどうですか。報告では既に完成しているはずですよね?」
「……もうすぐ終わる」
「遅れているのなら素直に言ってください。怪しいと思ったのでスケジュールは調整済みです」
「な! それでは信用が……」
「だからといって無理はいけません。寝た方が良いですよ。いえ、寝てください。私達の会社をブラック企業にしたいんですか」
「む……いや、だがそれは、お互い様だろう?」
アリルの目の下にはクマ。諸々の対応で疲れが溜まっているのだ。だからデュレインも無理をしてしまったのだが。
彼女は頬に手を当て、悩ましげに目を伏せる。
「……確かに説得力がありませんか。でしたら一緒に寝ます?」
「ぶっふ!」
あまりの衝撃に椅子から落ちそうになった。
真っ赤な顔で、しどろもどろになって反対する。
「そんな、それはまだ、早いというか……」
「まだ? 問題なのは時期なのですか?」
「そ、それ、は……」
期待するような目は錯覚か、思い込みか。むしろ自分の鏡映しか。
そうして動揺している内に、手を引っ張られ無理矢理椅子から立たされる。
「ほら、軽い。睡眠だけでなく食事もきちんと取らなければ。自分を大切にしてください」
「……そう、だな。済まない」
抵抗虚しくグイグイと強引に移動。仮眠スペースのソファに押し込まれた。心の準備ができていないと目を閉じるが、何もない。
そこにまたクスクスと笑い声。目を開ければアリルは隣のソファに座っていた。
「やっぱり期待してたんですか?」
「……む、その……」
「希望はハッキリ言ってくださいね? 答えは分かりませんけど」
硬直するデュレイン。
対してアリルは、柔らかく微笑む。
「心配しなくても、あなたは私に必要な存在です。ちゃんと評価してください。あなた自身を蔑ろにするのは、あなたを慕う人も蔑ろにするんですよ。あなたの優しさはちゃんとあなたにも向けてくださいね」
「……その通り、だな。だから、アリルも自分を大切にしてくれないか。……いなくなるのは、嫌だ」
「ありがとうございます。私も離れたくないのは同じですよ」
そんな台詞を聞けば、もう顔をまともに見られない。忠告に従い素直に寝る事にした。
ソファに身を預ければすぐに眠気が迫る。ごちゃごちゃした考えが消えていく。だからだろうか。つい甘えが溢れる。
「やっぱり、隣にいてくれないか……?」
ええ、と静かな肯定。
ん、と自分の発言を意識する前に、アリルは無理矢理横に入ってきた。
二人、並んで横になる。奮発した大きなソファなのが恨めしくもあり、有り難くもあり。間の距離はほぼなく窮屈。近い顔。共有する体温。
彼女の信頼が面映ゆい。
ドキドキは間もなく安らぎに変わる。温もりが心を満たす。
いつしか二人揃って幸せそうな顔で寝入っていた。
「しまったな……」
城の一室、宮廷魔術師に与えられた執務室。
デュレインが起きると、机に突っ伏して寝ていたと気付く。仕事にかかりきりで、そのまま疲労の限界を迎えてしまったらしい。窓の外は濃い夜空。真面目に反省する。
「……しかし変な夢だったな……」
「へえ。どんな夢でしたか?」
「ほうわ!」
背後からの声に飛び上がって驚き、書類がバサバサと落ちた。
アリル。宮廷魔術師を束ねる魔術大臣その人。
クスクスと笑い、その可愛らしい仕草に見惚れかける。
正夢に唖然とした。夢と現の境がにじむ感覚。確かに彼女の様子に違和感はなかったが。
だから既に薄れかけの夢の記憶を、照れながら語る。
「……いや、住む建物も生活様式もなにもかも違っていて……自分もアリルも平民? なのか、身分に違いは……ただ上司なのは変わらずに仕事をしていて……そして……」
思い出して顔を赤くする。夢の結末は口に出せない。
それでもアリルの顔からすると、最後まで言わすともどんな方向性の出来事があったかを察しているだろう。
「それは楽しそうですね」
確かに楽しかった。現実にしたい程に。
散らばった書類を見る。仕事の山と、両者の疲労。
やはりほとんど同じ。ならば、と自然に考えてしまう。
この地位について、既に数年。冥界から見守る家族に胸を張れるよう努力を続け、成果を出してきた。苦手な分野でも成長した、はずだ。
夢が形になった今、更なる夢にも欲を出してもいいだろうか。
「……これ以上の幸せを求めるのは傲慢だろうか?」
「あなたは宮廷魔術師筆頭として優秀な働きを残してきました。多少の根回しは必要かもしれませんがどんな望みも問題ないでしょう。もっとも、優秀でなかろうと幸せになれる、そういう国を作るのが私達の役目ですが」
「ああ、そうだな」
窓の外には城下町。魔術を用いて国を、人を豊かにし、災いに備えるのが宮廷魔術師の役割で、それをこなしてきた。町のそこかしこに成果がある。
アリルの言葉は嘘ではない。疑うのは愚かだ。
あとは自分の勇気一つ。
立ち上がり、真っ直ぐに向き合う。照れるし緊張もする。それでも信じた。今までの自分と彼女が共に歩んだ道のりを。
もう、言い訳はできない。しない。
森での出会い、交流を経て、戦いを共に乗り越えた。それから城での仕事と生活。彼女へ抱く感情は年々強くなってきた。
その想いを、告げる。
「……アリル。あなたを愛しています」
「はい。私も愛しています」
間断なく返された。晴れやかな笑みで、言葉以上の心情を交わす。
見つめ合う二人。火照る頬。激しい心臓。手を取れば温かさと柔らかさが沁みた。薄明かりが幻想的に場を彩る。甘やかな空気が心地良い。
そっと二つの影は近付き、一つに重なった。
という訳で本編とは関係ないというのは嘘でしっかり公式設定の方も進展しました!
本編も綺麗な終わりなんですが結ばれるのもいつか書こうと思ってはいたんですよね。
お読みくださりありがとうございました!




