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異能力者の苦悩  作者: すこーぴおん
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プロローグ 逃避願望


 海の絵が好きだ。

ここではない、どこかへ行ける気がするから。

宇宙だと現実味がない。宇宙なんて月と太陽以外知らないし、大気圏の先なんて、そんなの知らない。

海ならば実際、見たことあるし。見たことあるだけだけど、塩の生臭い香りと寄せては返す周期的なものは心を落ち着かせた。


海を越えた先に桃源郷があると、楽園があると信じた古代の人の気持ちがわかる。

だからといってコロンブスのように冒険に出ようなんて思わないけど。


でも、僕はこの先を知っている。

楽園なんてものはどこにもない。

遠い宇宙や未来を超えたって、それこそ死んだって楽園なんてものはないし、きっと僕らブラックな生き物は天国なんて安住の地じゃつまらない。

誰かを恨んで憎んで、蔑んで。自分でさえも憎悪していないと、僕らは楽しくない。

快楽にはいつも危険があった。

だからと言って破滅する気はないけどね。


絵の中の海は、キラキラと光を反射していた。水色のコントラスト、海辺の町。海辺の家。

海が恐いところだなんてことも、日常を壊す脅威を秘めている事なんて、想像もつけさせない。

僕は本物の海を見たことがある。

それは海が閉鎖される前の事だった。

現代では特殊な仕事以外、海を見るどころか、海に入ることすらできない。

偽造の海で十分なのだ。

本物である必要性などない。

偽物の海は本物よりもよくできていた。

生臭くもない。溺れる危険もない。鮫もいない。


ただ周期的な波の運動はなかった。

僕は父と見た海が、多分、好きなのだ。

血の繋がっていない父の横顔を見て、手から伝わる体温。

あれが最初で最後だったから。

僕が父と触れたのは。









「馬鹿ねぇ」と姉はナイフのような切れ味の良さで続けた。「カードは隠すから意味があるの」


切り札は隠すべきだと姉は断言した。


「父と血が繋がってないから、自分は頭が悪い? 理由なんて見つけてどうするのよ? 理由を考えて憎むより、対策したほうが確実でしょ?」


悩み相談をしたら、これだ。

姉にとってはどうでもいい問題なんだろう。

僕がなんで悩んでいるか、なんて姉にとってはどうでもいい事なのだ。

そもそも姉は人に共感できる人ではない。共感性は平均以下。相談したら、この人に相談するほうが間違いだった、と言われているに違いない、と僕は思う。でも決して本人の前では口にしない。


「家族ってそんなに大事かしら? 限りある青春のリソースを減らしてまで」


姉は思った事をただ口にしただけなのだ。いつも姉はそうだった。

人の心に共感する力、察する力に欠けていた。



(だいたい…)


だいたい、なんでこんなオープンな場所で悩み相談なんかするかな?

本人には決して言えない代わりに、鬱憤が溜まる。表情にも多分、出てる。

僕の不機嫌な表情を読み取って、姉の気分が悪くなっている。


こんなに気に病むくらいなのに、「姉さんのおかげで解決しました」とは言えないのが、僕の残念なところだ。


昼のカフェテラスは今日も賑わっている。

能力テストの点数、人間性の点数、器用さの点数、性格分析の結果、女と男の話、家庭菜園などの趣味。インテリア、ペットのリリちゃん、違法サイトのアクセス、なぜかあったカメラ、お掃除ロボの購入。

たわいのない話が行きかっている。


世界は滅亡の危機にある。

とメディアは謳う。

だが最近の子はそんな事には関心がない。

世界よりも自分たちの生活。数十年後の話より ここ一か月の話に興味があるらしい。

ゆらゆらと日の影が揺れる。

瞼を閉じれば、眠りに落ちてしまいそうである。



僕らは多分、特別。異常の間違いだとしても。

片親の血をひく姉のアイシャ。僕とは違い、背が高く、目鼻たちが整っている。ナイフのような切れ味のある頭脳と性格。

アイシャと僕はほんとうに兄妹なのか怪しい。父親も母親も違う養子のほうがあり得ると思えるほどだ。

僕は多分、異物だ。

あの父の家庭に紛れ込んだ出来損ないの息子。


「だいたい異能力なんて、なんの役に立つのよ」


アイシャは自分の異能力での苦労話を連ねた。僕が思っている以上の苦悩があるらしい。

無能の僕には理解はできても、共感はできない。

アイシャは、次は以下に異能力が役に立たないのか、ということを語り始めた。


人工・・の太陽の光が弱まり始めている。もうすぐ夜が来るのだ。

ただ思っている事を喋るアイシャの表情には迷いがない。

アイシャは優秀だった。多分、優秀な中でも。


異能力。

人は自分の限界を超えた力を得るのではなく、代替えさせている。

それはショベルカーだったり、掃除機だったり、ハサミだったり、ナイフだったり、ロボットだったり。

僕らの生活には、鉄筋を持ち上げるほどの力が必要だろう。

だがそれは重機が代わりにやってくれている。

僕らの生活は電車や車なしでは生きていけないだろう。

それは僕ら自身が50㎞/sを走る必要はないことを意味している。


異能力なんて必要ない。

そういうアイシャへの反論、人の世の真実を僕は言えなかった。

なぜなら僕のプライドが傷ついてしまうから。


人より劣っていなければいい。人より優れることに意味がある。

人より優れていれば、自分は劣っているのだと、惨めな気持ちになることはない。

惨めな僕にとっては、惨めにならないこと、努力でもなんでもして惨めから這い上がることが幸福だった。


「アイシャ、帰らないのか」


「彼氏とデート」


このリア充が。

疎いアイシャは、僕が憎悪と不快感の眼差しをしていても気づかない。いっそ、清々しいほどに。

なぜか左手の手を上にあげて、指と指の間を広げている。

指先を見つめる視線が妙に熱っぽい。


今回の(・・・)の彼氏はいい感じなんだな、と僕は予測を立てる。

アイシャは共感性が低い。だからといって恋愛が嫌いなわけでも、興味がないわけではない。

むしろ逆だ。

アイシャは大の恋愛好きだ。


しかし、俺は断言する。

アイシャと恋愛は水と油の関係だ。

永遠の片思い。永遠のダイエッターのように、永遠に恋をし続けるのがアイシャだ。

アイシャは魅力は十分あるのだが、それ以上に欠点が問題になる。

性格がきつすぎるのだ。大抵の男はついていけない。


アイシャは優雅に立ち上がる。「じゃあね」とでもいうように、片手をあげて、颯爽と僕のわきを通り抜けていった。


「…」


僕も帰ろう。

アイシャのデートに同伴する形にならないように、時間を置くことにした。

窓から差し込む人口のプラネット。特殊な加工で光だけが再現されている。

そう。光だけ。

この光の世界に影はない。


本の続きを読む。

紙の作成には、カルシウムの主成分である石灰が使われている。

ペーパーレス化。

資源は有限である。いつか終わりがくるのだ。

紙の本を持ち歩いているのは、僕くらいだろう。


紙のめくる感覚が落ち着く。

端末だと形跡が残ってしまう。その点、アナログは気持ちがいい。監視されていない気がして。

今だけ囚われの小さな世界を忘れる事ができる気がして。


『…ーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


イヤホンから声が聞こえてくる。

僕は端末を取り出した。

アイシャは多分、気づいているだろう。

僕より頭がよくて、賢くて、性格の切れ味のいい義理の妹。

僕より賢くて敏いから盗聴しているのはバレているはず。

なのになにも言ってこない。

アイシャの性格だと回し蹴りの3発くらい入れてきてもおかしくないのに。


イヤホンからはハートマークがつきそうなほどの甘い声がする。

勝手に盗聴しておいて変だが、僕は疎外感を感じた。この気持ちはなんなんだろう。

僕は盗聴をやめて、立ち上がった。

人工の太陽はほのかな明るさを放ち、この夜を安全にしてくれた。

僕はやるべき事をやりに、この場を去った。


読んでいただき ありがとうございます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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