こんぺいとうと靴
ブクマありがとうございました。
短いですがお礼のSSをお楽しみ下さい。
自分はもしかして、不穏な物語を読んでいたのだろうかと、薄い本を最後までめくってセイは眉を寄せた。
いや違う、迷子のドラゴンも、森の中でひとりぼっちだったお姫様も、二人とも最後は笑顔で終わった。めでたしめでたしだ。
ちょっと自分が勘ぐって読みすぎただけだろう。
「セイ様、どうかなさりました?」
シェルティを膝に乗せたリアンが顔を上げた。動きに合わせて、リボンタイプのバレッタに飾られた小粒の宝石が煌いている。
最近読み書きの練習が増えてきたシェルティは、声に出して絵本を読んでいる最中だった。リアンに読んであげているつもりらしい。
シェルティがつっかえるたびにリアンは見事なデロデロを発動させ、そのままの顔で正しい発音に直してやっていた。
なんてことのない、いつものラジェンダ公爵家での、週に一度の光景だ。
たまたま今日用事のなかったセイは、シェルティの許可のもと同席が許されていた。しかし格別やりたいことがあるわけでもない。
暇を持て余したセイは何気なく散らばっていた絵本を手に取って、そういえばリアンとシェルティ、二人の出会いのきっかけはこの絵本だったか、と読んでみたところだった。
「これ、幼児向けではなさそうなんだが」
「そうですか?」
「なんていうか、もう少し年齢層が高い印象が」
「絵本にしては、少し長めですものね」
いや、そういう意味で言ったわけではない。
さすがに口には出さないが、序盤のお姫様は黄泉の国の人間で、ドラゴンの子を引きずり込もうとしているのかと思った。単純に慰めているだけだったと知れた際の何とも言えない気持ちよ。
「どの辺をお気に召したんだ?」
「かわいらしいではありませんか」
確かに柔らかな色合いで作られた本ではあるけれども。
じっとリアンを見て無言で他の理由を催促すれば、彼女はつい、と目を逸らした。
「その……」
むぐむぐと口元が歪む。シェルティを膝に乗せて完全に緩くなってしまっている彼女は大層無防備だ。
淑女としてなら微笑んで誤魔化さねばならないところを、セイの視線と、膝上の幼女の視線とに、恥ずかしそうに吐露した。
「その、……お菓子が、とても美味しそうで……」
言われ、柔らかな色合いで描かれている絵本をめくる。テーブルの上に広がった色とりどりの茶菓子。格別描写がずば抜けているというわけではない。
子供受けはしそうだな、というのがセイの率直な感想で、つまりはそういうことだったらしい。
シェルティも大いに頷いては、テーブルに手を伸ばしてクッキーを手に取り、リアンに差し出していた。
「シェルティもね、そのご本よむとおかしほしくなるの! はい、アンおねえさまにあげるね」
「ありがとうございます、シェルティ様。美味しいですね」
デレきった顔で幼女から菓子を受け取り、咀嚼し、幸せそうに幼女と二人で「ねー!」と頷き合っている。
もはや見慣れた光景に、セイができるのは緩く苦笑するだけだ。
婚約者である自分よりもその妹が優先されている。普通逆だと思うが、今更だろう。
「……そういえば、最初に君がシェルティにあげていたのも、こんぺいとうだったっけ?」
あの日のテーブルには、カラフルな色の菓子が詰まった瓶が乗っていた。別れの際にシェルティが執着を見せたので覚えている。
「あの日準備していたのは、正確には飴なんです。紅茶にも入れられる作りの。飾り砂糖の代わりに、色合いが綺麗で並べていたのです」
「ふーん……なあ、シェルティ。午後はリアンをお兄様に貸してくれないか?」
「どおして?」
「夕刻には戻ってくるよ。お土産も買ってきてあげよう」
「ほんと? ならいいよ!」
にぱ、と笑うシェルティの可愛さに負けつつリアンはセイを非難するように見る。「午後はわたくしも授業です!」といった目線のようだが笑って黙殺する。
「たまには良いじゃないか。デートでもしよう」
口を開けて固まるリアンの膝で、幼女が「きゃーっ」と嬉しそうに高い声をあげた。
「あれ、本当だった……?」
街に行くための馬車を前にして、リアンが放った第一声がこれだった。
吹き出さないよう注意しながらセイは手を差し出す。
「言ったじゃないか。デートだって。さぁ、行こう」
差し出した手に大人しくリアンの指が乗り、彼女が馬車に乗り込んでから、その隣に座る。
肩が触れそうな距離に、リアンが小さく身じろぎをした。まだ慣れていないらしい。
「行きたいところは?」
「セイ様が行きたいところがあったのでは?」
「まぁそうだが。では気になる店があったら言ってくれ。ひとまずの目的地は、本屋と、菓子屋と、あとは軽く散策などでいかがかな?」
「花屋も宜しいですか? 急遽中止になったので、レッスンの講師の方々にお詫びを」
「勿論。では文具屋も寄ろうか。メッセージカードは俺からも一文添えよう。今の流行は花の箔押しだっけ?」
棘を感じる物言いにセイが笑って返せば、じっと見上げてくる目がある。
視線の意味が分からず同じように見つめ返せば、ややあってリアンは小さく息を吐いた。
「セイ様、そういうところですよね……」
「なぜだろう、誤解を感じる。ちゃんと許可は取ってきたぞ。快い送り出しの言葉も頂戴した」
走り出した馬車の風景に目を向けながら、リアンがぽそりと言う。
「……わたくし、今日のレッスンとても楽しみにしていたのです」
なるほど、微妙な表情をし続けていたのはここが要因らしい。
さて、とセイは背もたれに身を預ける。カタカタと小さくなる馬車の振動を感じながら、感情を口に出してしまったことを悔やんでいるリアンの横顔を見る。
「本が散らばっていたのは、シェルティが飽きてどれもお気に召さなかったからだろう。だから新しい本を探しに、本屋に行こうと思った」
リアンの目がこちらに向く。合わせて、少しだけ伸びた短い髪が揺れる。
「菓子屋にはこんぺいとうを探しに。絵本の中身通りに七色のものがあるか確認したいと思ったのと、君が喜ぶかと思ったから」
むぐ、とリアンの口元が歪む。色々言いたい、というその視線を受け止めながら、
「クッキーにマカロン、あとはケーキだっけ? ショートケーキというよりカップケーキか。イチゴが載ったものを。他に描かれていたのは、大粒の飴玉に、マドレーヌ、ドーナツ?」
テーブルが埋まりそうだ、と笑えば、
「まさか全て購入されるおつもりですか」
「お望みとあれば?」
「全部は駄目です。そんなに食べられません。残って悲しい思いをするだけです」
「まさか実行済みか」
「はい」
即答するリアンはどこか誇らしげだった。なんでだ。
「まぁ全て揃えるなら規模の大きな茶会でも開いた方が良さそうだな。シェルティの誕生パーティの候補に入れておくか」
「素敵ですね……! その、わたくし今年も呼んでいただけるのでしょうか?」
思わず、と出た言葉だったのだろう。言ってからリアンの動きが止まる。だからこちらもわざとらしく、
「さて。去年はただの知り合いだったところ、シェルティが望んだのと可もなく不可もなくで許可が下りたわけだが」
口が滑ったと青くなるべきか、それとも自分の立場を思い出して顔を赤くするべきかで硬直したリアンの目を見ながら、
「今年は俺の婚約者だが、許可はどうだろうな?」
愕然として、次に一瞬泣きそうになって、でも即座に目に力を入れて、リアンは背筋を伸ばす。
「兄の婚約者を呼ばないなど、シェルティ様の恥となります。ので、出席いたします!」
「ははっ、そうそう、君を呼ばないとか、普通に家としての恥だから。今後滅多なことは言わないように」
「はい、申し訳ございません」
しゅんとリアンの肩が落ちたところで馬車は目的地に到着した。
セイは先に外に出て、リアンが降りるために扉に向かって手を差し出す。
そろりと出てくる彼女に、
「ああ、そうだ。最後に靴屋へ寄ろう」
「靴、ですか?」
セイの手を借りながら、リアンが踏み台をゆっくりと降りる。
彼女の靴先が石畳に触れるのを見ながら、
「次のデートの際に履いてもらうための靴を見繕おう。先ほどの詫びに」
今日のリアンの足元は、バレッタとお揃いの、リボンと小粒の宝石で飾られたヒールの高い靴だ。
汚れに弱そうなその足元に、「本屋と散策も次のデートの時にしようか」と言って、ん、と腕を差し出す。
リアンはセイを見上げて、一度自分の足元を確認して、もう一度セイを見上げ、往来であるためか、保った微笑の中に何か言いたげな言葉を飲み込んでいる。
「七色のこんぺいとうは今日の詫びで。シェルティの分と、リボンは色違いで選ぼう。出来るだけ大きな瓶で」
もう一度、ん、と腕を差し出してやれば、リアンはゆっくりと自分の腕を添えてきた。
昨年の散策エスコートとは違う距離であることがセイは面白い。果たしてリアンはどう思っているかと、淑女の微笑を綺麗に貼り付けた彼女を見ていれば、添えた腕に顔を隠すようにして、リアンが小さく叫ぶ。
「……ほんとうに、ほんとうに、そういうところです!」
セイ「突発的に何をやらかすか分からなくて面白い。近くで観察しようと思った」
リアン「とにかく心臓に悪い。慣れても悪い。でもシェルティ様の正式なお姉様になれました……!!」
セイ「これが凄く面白い」
リアンは半分ぐらい吊り橋効果だと信じていますが、おそらくちゃんと恋情は育まれます。多分。
セイは嫁に妹取られて妹に嫁取られるけど満足してるそうです。




