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二日間、リアンは非常に浮かれていた。友人から「ご機嫌ね」と言われるほどに浮かれまくっていた。
(プレゼントは何に致しましょう? アクセサリーは身内の方々から贈られるから、それらの邪魔をせず、シェルティ様が喜ばれるようなものを。ああ、ああ……っ。こんな素敵なことが起こるだなんて!)
チェスターの件でずっと下を向いていたほんの数か月前からでは考えられないほどの幸福感だ。
自然と軽くなっていく足取りで、リアンは食堂へと向かう。今日の昼食はどうしようか。それも少し悩ましい。けれど普段は一緒に食事をとる友人が、今日は教員に呼ばれて行ってしまった。
先に席を取っておくという役目があり、それは少しばかり退屈かもしれないけれど、シェルティへのプレゼントに思いを馳せる時間だと思えば足りない程だともいえた。
お菓子を焼いて持っていくのはどうだろう。シェルティが特に気に入っている、卵白と砂糖と食用の色粉を使用して動物の絵をクッキーの表面に描いてみたお菓子。
生クリームたっぷりのショートケーキもいいかもしれない。それとも二種類のクリームを詰めたシュークリームでも。公爵家が用意するであろう菓子とは比べ物にならないほど陳腐なものとなるだろうが、気持ちを込めたものを渡したい。
すてきね。きれいね。かわいいね。おいしい。
他愛のない賛辞。少ない語彙で懸命に伝えてくれる感情。シェルティの満面の笑顔が、リアンを救っている。二日前も、初めて会った二か月前も。ずっと。
あの日、迷子のシェルティが森に迷い込んでしまった日。
リアンはいつものようにお茶の支度をして待っていた。決して相手は訪れないということを判っていながら、それでも待つしかなかった。
手を付けられないお茶菓子と、伏せられたままの対面のカップを見つめ、中身が減らないままただ冷めていくポットへのため息を押し殺しながら、ずっと、一人。一人きりで、約束を交わした相手を待ち続けていた。
ふと見上げれば空はとても蒼くて。
木々のざわめきは静かで、時折鳥の声が聞こえて。
ろくな身じろぎもできないまま、膝の上に置いた手が、気づけば滲んで、ゆがんで、はっきりと見えなくなってくる。
駄目だと何度言い聞かせても、視界を遮る水気はどんどんと増えていって。
こぼしてしまったら、ダメだ。一粒でもこれをこぼしてしまえば、きっとリアンは駄目になる。駄目になって、大声で泣きわめきながら、立ち直れないほどの孤独に飲まれてしまう。
そんなのは駄目だ。……そんなのは、嫌だ。ここで、泣くのは嫌。
俯いた視界の端に、はらりと自分の長い髪が映る。綺麗だといってくれた髪。
彼はこの髪に触れて、口づけて、何度も何度も褒めてくれた。愛を囁いてくれた。
思い出してしまってはもう駄目だ。
耐え続けてきた気持ちと涙はもう限界で。どうにもならず溢れそうになったその瞬間、
「おにーしゃま、どこ……?」
木々の合間から、セイを探して彷徨っていたシェルティが顔を出したのだった。
突如現れた幼女にリアンは混乱した。そしてその幼女が大泣き寸前であることにさらに大混乱した。
なぜもどうしても考える間を与えてくれそうにない、一瞬の猶予も許されないであろうその瞬間。
リアンと同じで、今にも零れ落ちそうなほどに目に涙をめいいっぱいためていたシェルティはしかし、ふいにその顔を上げリアンを見つけると、不安いっぱいの顔を急に輝かせた。
泣き声を上げる代わりに、シェルティは笑顔になって、
「――おひめしゃまのおちゃかいだわ! しゅごい!」
この言葉と、涙を吹き飛ばした笑顔に、リアンは確かに救われたのだ。
お姫様の茶会とは、正しくも間違っている言葉だった。
まず、リアンは王族ではない。姫ではない。でも確かにリアンが用意していたのは、「お姫様のお茶会」だった。
「森の姫と泣き虫ドラゴン」というタイトルの絵本がある。
森の中で母親とはぐれて迷子になった子ドラゴンが、同じく森の中で迷子になっているお姫様と出会い、お茶会を開くという内容だ。
柔らかな絵柄と色合いでありながらも、お菓子の描写だけはやたらリアルで美味しそう。リアンが、一番好きな絵本でもある。
チェスターに連れられて森に入ってきた時、リアンも同じことを思った。だから、週に一度のお茶会が嬉しかった。
大好きな絵本をなぞったことができること。
リアンがあの絵本を今でも大好きなことを、チェスターが覚えていてくれたことを。
だから週に一度のお茶会は、リアンにとってとてもとても大切なものだった。
そこに飛び込む様にして現れ出てきた幼女は、つい今しがた泣き出しそうだったことも忘れてテーブルに飛びついてきて、輝かしい顔を向けてくるではないか。
「ねぇ、これおちゃかいよね? おねえしゃまはおひめしゃま?」
「い、いいえ、違いますわ」
「そおなの? おねえしゃまはおひめしゃまじゃないの? じゃあどなた?」
こてんと首をかしげる様子を見ていると、動揺が収まってくる。
幼女と同じ目線にまで腰を落とし、膝を土につけ、リアンはゆっくりと尋ねた。
「わたくしはリアンと申します。あなたの、お名前を教えていただけますか?」
「シェルティはね、シェルティっていうのよ。シェルティ・ラジェンダです!」
最後の「です」だけやたら元気よく、舌っ足らずな声が答える。可愛い、と思いながらもリアンは目を見張った。
「ラジェンダ……まぁ、公爵家の方ですの? ええと、確か二つ上の学年にセイ・ラジェンダ様がいらっしゃいますが……」
「おにいしゃま!」
さらにリアンが驚いていると、自分の名前をちゃんと言えたことと、知っている名前が出たことで嬉しそうにしていたシェルティの顔が瞬く間に曇っていく。
くしゃりと歪められた大きな瞳に、みるみると涙がたまっていく。
「ど、どうされました?」
「おにぃしゃま、さがしてるの。どこぉ? う……うえっ」
あ、これ駄目だ泣く。ていうか止める間もなくぼろぼろとシェルティから涙が溢れ出てくる。
しゃくりを上げ始めるシェルティのフリルの多い服にはあちこち葉や草がついている。よく見れば柔らかな手に擦り傷もあるし、品のある靴は泥まみれだ。
転びながらもここまで歩いてきたのだとしたら、それはたいそう心細かっただろう。
うええ、と泣き始めたシェルティに慌ててハンカチを出してやりながら、リアンはどうにかできないかと周囲を見渡す。
当然ながら見えるのは木々ばかりで。あとはテーブルの上のお茶とお菓子ぐらいだ。
すがる様にお茶菓子を確認する。今日のラインナップはチョコレートとマドレーヌ、瓶詰した砂糖代わりの小粒の飴に、シュークリーム。
迷って、瓶に手を伸ばした。
蓋を開け、大泣きし始めたシェルティの前に差し出す。見た目でも楽しめるようにとカラフルな色合いで彩られたそれを、シェルティの目が捉えて一瞬の間ができる。
手ごたえを感じてリアンはそこから一粒取り出し、シェルティの口の中に押し込んだ。
誰かに見られていたら何と言われるか判らない所業だが、今は緊急事態だ。
古今東西、子供は甘いものに弱い、はず……!!
未だぼろぼろと涙が溢れ出てるシェルティの瞳が大きく見開かれる。綺麗な紫色。まん丸の飴玉みたい。
涙で濡れた瞳が口の中の物を認識して甘さに気づく。まん丸に見開いたまま、涙はまだこぼし続けたまま、ほんの少しだけ葛藤した様子を見せて、でもカリっという小さな音が幼女の意識を確かに変えさせたようだった。
「あまぁぃ……」
「飴ですよ。綺麗な色でしょう? もう一粒、召し上がりますか?」
こっくんと大きく首が縦に揺れる。出来るだけ気を引けるように、「次は何色にしましょうかね?」と声をかけながらリアンは瓶の中身を数粒、己の手のひらにこぼし出してみた。
黄色、桃色、白、水色、透明。五色の色合いの中から、シェルティの小さな手が桃色を指さす。指名されたそれを摘み上げて口元へ持って行ってやれば、あ、と口を大きく開けてくれた。
舌先には砕けた飴のかけらが残っている。歯で噛まなくても熱と舌の力だけで砕ける様子は、飴というより砂糖細工に近いのかもしれない。
その舌の上にそっと桃色の飴を置いてやる。口を閉じたシェルティの顔がふにゃりと蕩けた。可愛い。甘さをお気に召してくれたようだ。
よし、と手ごたえを感じてリアンは次の策に移行する。
「紅茶を淹れますわ。ミルクはたっぷりが宜しいですか?」
こっくん、とまた大きく首が縦に揺れた。ぽろりと細い首から落ちてしまいそうな頷き方だ。可愛い。
「では直ぐにご準備いたしますわね。……あら、あらあら大変。お茶会にお招きしたいのに、お手てが汚れておりますわ。少しだけ、お待ちくださいね」
予備のタオルを保温状態で置いていたポットのお湯で濡らし、湯冷ましを行ってからまずは泣き顔を拭きあげる。
濡れタオルの温度は大丈夫だったようだ。気持ちよさそうに大人しく拭われてくれて、続いてすり傷に注意しながら、ゆっくりと手を拭っていく。
「さぁ、これで大丈夫。お茶の準備を致しましょう」
あらかた拭き終わったら空いたカップに紅茶を注ぎ、ミルクピッチャーを傾けミルクティを拵え、シェルティの両手に押し込むよう、カップを持たせた。
「蜂蜜は必要かしら?」
「うんっ」
蜂蜜ポットを引き寄せ、蕩けるさまを見せつけながらカップに垂らす頃には、シェルティの顔から涙の気配は消えていた。
ティースプーンでゆっくりと数回かき混ぜて、蜂蜜がある程度溶けたことを確認、どうぞと言って、シェルティのカップを支える手に自分の手を添えて、飲むのを手伝ってやる。
カップの中身はあっという間になくなった。よほど喉が渇いていたのだろう。無言で催促されるお代わりに、二杯目は先ほどのように勿体つけず、テキパキとハニーミルクティーを作り上げる。
こくこくと小さな喉を鳴らして飲むさまは本当に愛らしい。まるで人形が飲んでいるようだ。
マドレーヌとチョコレートを引き寄せて目の前に見せれば、真っ先にシェルティはチョコを指さした。両手はカップで埋まっていたので、代わりにリアンが口元まで持っていく。雛が餌をねだる様に口を開けられて、笑いをかみ殺しながらそっと口の中へ入れてやった。
シェルティの両の瞳が、にっこりと細められる。可愛い。
満足そうにもごもごと動くほっぺたは柔らかそうだ。とても可愛い。
思わずリアンも笑顔になっていた。涙はとうに吹き飛んだ。
さぁしかし、この可愛い子のお兄様、どうやって探しに行ったものか……?
悩みつつ、シェルティがお菓子に夢中になっている隙に、ドレスの汚れをできるだけ落とし、乱れた髪を直そうと髪に櫛を入れている最中に、
「――シェルティ!」
「あ、おにーしゃま!」
息を切らしたセイがやってきて、無事にシェルティは回収され、以後、セイを交えたリアンとシェルティのお茶会は続いている。
ちなみにシェルティが学園の森に迷い込んでいた理由は、ふいに兄恋しさに寂しがり、家から学園まで馬車で来たものの、護衛やメイドたちの一瞬の隙をついて飛び出してしまったからだったらしい。
(あの日シェルティ様と逢えて、本当に良かった……)
考えてみればとても不思議だ。
リアンとセイに接点などない。だというのに、今では毎週逢っている。
メインはシェルティとの逢瀬だから、格別にセイとあれこれ話をしているわけではない。それでも軽い世間話程度はする。それなりに回数を重ねているお陰か、今では好みの紅茶と茶菓子の種類を把握してきた程度の仲だ。
雲の上の存在のようであった公爵家との思わぬつながりを、両親は驚きながらも喜んだ。来月の誕生パーティ用のドレスは新調してくれると言ってくれた。素直に喜び受け入れることとした。
多分両親は、リアンがさらなる縁を引き寄せてくることを期待しているのだろう。残念だがそこは期待しないで貰いたい。
まず、リアンはシェルティ以外に興味がない。大人しい性格であることは自覚してるし、自ら縁を作りに行くタイプではない。なので新しい出会いとなればシェルティ経由となるが、どう頑張ってもリアンはシェルティの行動以外目に入る気がしないのだ。
次に両親が期待したいのは、恐らくセイだろう。だがこれこそもっと無理だ。セイがリアンを見ることはない。決してない。
今はシェルティという存在が故に気遣ってくれているが、子爵家の娘である。視野にも入るわけがない。
それに、リアンもセイをそういう目で見たことはない。シェルティの兄という認識が外されることはきっとないだろう。セイは時折試すようなことを言ってくるが、食いつかないリアンにどこか満足そうにしている節も見受けられる。
お互い、この距離感がちょうどいい。
セイからはそういう印象を受けるし、リアンとしてもそうだった。
悲しみだけが伴う時間となるはずだったお茶会を、シェルティが嬉しいものに変えてくれた。
待ち合わせる相手が替わったあの時間は、以前よりもずっとリアンの心をとても穏やかなものにしてくれる。
大切で、愛しい時間。チェスターがマリーシアを伴ってやって来た時は動揺しそうになったが、この後すぐにシェルティが来てくれると思うことで耐えられた。
そう、耐えられた。そのことに、リアンは後から驚いた。
きっと、どうしようもなく泣き喚いてしまうのだろうと思っていた。なのにどうだろう。いざ対面してみれば、リアンは実に冷静に応対していた。目の前でマリーシアと寄り添っているのを見た時ですら、声が震えることもなかった。
あんなに長い年月を一緒に居たのに、とても悲しいと思っていたはずなのに、どこか別の場所で傍観しているような感触があって、リアンは終始落ち着いて対応が出来ていた。
そしてシェルティがやってきてくれて、全部吹き飛んだ。
……こう考えると、もしかしたら薄情なのはリアンの方なのかもしれない。たったそれだけで、もう彼のことはどうでも良くなってしまったのだ。
いや、それだけシェルティという存在が素晴らしいのだろう。あのいとけない様子を前に、彼のことなど些事になってしまうのは当然だ。うん。
(……いけないいけない。今はシェルティ様のお誕生日プレゼントの事)
目下最大目標は、友人との昼食の席確保だが。
テラスを歩きながらテーブルを見繕う。日当たりが良くて、気持ちの良い席。できれば人の混み合いも少ない場所を。
植え込みに近い場所に空いていたテーブルにしようと決めたところで、遠慮がちな声がかかった。
「リアン」
振り返れば、二日前に顔を見たチェスターが立っていた。
どっとリアンの心臓が煩く鳴る。今日はシェルティが来る日ではないのに。一気に冷えた臓腑を悟らせないよう慎重にチェスターを伺い見れば、彼は少し目を伏せながらリアンに問うた。
「少し、話をしてもいいかい?」
「デイジーを待っていますの。彼女が来るまでの間でしたら」
「ああ、デイジー・フースか……。判った、ありがとう」
昨年同じクラスで、リアンとよく話をしていた女生徒に思い至ったらしい。納得したように頷いて、リアンと向かい合う席に座る。
「君がまだ、あそこに通っていることに驚いたよ。……先輩と一緒に居たことも」
「……」
「どう言えば良いのか判らない。判らないけど……勝手だけど、君が悲しんでなかったことに安心した」
本当に勝手だ。そんなことを言われて、一体どう返事をしろというのだろうか。
「僕は勝手に、君が泣いているんだろうと思っていた。泣きながらあの場所に通っているんだろうと。すまないと思っていたけれど、僕もどうしようもなかった。君を大事に思う気持ちは変わらないのに、気づけばずっと違う女性を目で追ってしまっていたんだ。……一日彼女のことを想って、君とのお茶会に行けなかったことだってあった」
なるほど。連絡なしのすっぽかしはそういうことだったのか。
今更知ったところでどうなるわけでもないが、比較的マメであるはずのチェスターが一報を入れなかった理由がようやく判った。
ここでリアンは、ずっと伏し目がちにしていた目線を横に動かした。昨日は平気だったのに、心臓は相変わらず煩い。
目線の先は、リアンたちが座るテラスと逆方向に広がっているガーデンテラスで、上級生やリアンたちよりも位の高い身分の貴族が主に席を保有している場所だ。
そこには明らかに場違いな少女が一人、王子に手を引かれ着席を促されている最中だった。
チェスターが一日中想っている相手は今、この国の第一王子・侯爵家嫡男二名・次期騎士団長候補と一緒に昼食を取ろうとしている。
リアンの目線に気づいたチェスターが同じようにテラスに顔を向けて、自嘲気味に笑った。
「……今日は王子たちが一緒に居るからね、僕みたいな身分じゃとてもじゃないけど近づけない。先日は本当に、見事に彼ら全員に用事ができて学園から居ない日だったんだ。そういう時でないと、僕は彼女に近づけないんだ」
それは間男とかいうのではないだろうか。思ったが、リアンは口に出さないようにした。
「情けないだろう? 君を傷つけたのに、僕と彼女はこんなに距離がある。ほんの少し、王子たちの手が離れた瞬間だけが僕と彼女の時間だ。……君にこんなこと、言ってもどうしようもないけどさ」
テラスを見続けながら語るチェスターへの同意は心の中だけに押しとどめる。
果たして彼は何をしに来たのだろうか。その疑問が通じたのか、
「その……リアン、君はどうやって、先輩と知り合ったんだい……?」
なるほど。本題はそのことだったのか。冷え込んだ臓腑から苦い感触がしみだしてくる。
同じ子爵の身分でありながら、どうしてリアンが公爵家と知り合えたのか。
(……聞きたいのは、そんなことでしたのね)
腑に落ちたと同時にため息をつきたい気分も広がっていく。その言葉が、行動が、またリアンを酷く傷つけていることなどチェスターは考えもしないのだろう。
今の彼の目に映っているのは、本当にマリーシアだけなのだ。
そんなリアンの失意に気づかず、チェスターはゆっくりとテーブルに腕を乗せ、緩く組んだ。本題に入りたいときの彼の癖だ。
……そんなことを知れるほどの傍に居たのだな、となんて感傷じみたことを思った矢先、
「あ……」
思わず声を出してしまったリアンの様子に、向こうのテラスを見たままのチェスターは気づかなかった。
気づかぬままに続ける。
「良ければ教えてもらえないかい? シアが知りたがっていて、僕としてもさすがにあれだけの繋がりでは教室に尋ねに行く勇気が……」
「ないのか。残念だな。まぁ来たとしても追い返したかもだが」
ぽんと、実に気軽にチェスターの肩に手が置かれた。
「セイ様」
驚き跳ね上がるその肩は力強く押し込まれ立ち上がることも振り返ることも許されない。
リアンが気づいたとき、セイは既にチェスターの真後ろに居た。
「ラ、ラジェンダ先輩……!?」
チェスターはきっと、立ち上がろうとしたのだろう。しかし肩に置かれたセイの手がぐっと押さえ込むのが見えた。そのままチェスターを無視して、セイはリアンに笑いかける。
「やあリアン嬢。ちょっと頼みたいことが出来てね、週末時間はあるか?」
「は、はい」
「良かった。夜にでも使いを出すから細かい指示はその者に持たせるよ。そしてブラン?」
チェスターの耳元に口を寄せて、にこやかな口調でセイはチェスターへと話を振る。
「少し君に話があってな。一緒に来てくれないか?」
真正面にいるリアンは見た。笑みを浮かべている口元とは裏腹、セイの瞳はちっとも笑っていない。正直怖い。
顔色を青くしたチェスターが頷くのを確認して、ようやく手をどけて立ち上がらせる。
軽くリアンに断りを入れてから、セイはチェスターを連れてあっという間に去って行ってしまった。鮮やかな程に。
呆然と見送っていると、程なくして聞こえてきたパタパタとした足音がリアンを我に返らせた。デイジーの足音だ。
「リ、リアン! 今のチェスター君だよね? そんでもってラジェンダ様だよね!?」
テーブルに飛びつくようにやってきた友人を反射的にたしなめる。
「デイジー、はしたないわ」
「ご、ご、ごめんあそばせ……ううう、リアン、なんでそんなに冷静なのぉ~」
「冷静じゃないわ。十分びっくりしておりますもの」
本当だ。セイのあまりのタイミングに、心臓は先ほどとは違う意味でドキドキと煩い。正直に言えばチェスターをどうするつもりなのかということも気になる。
とはいえ詳しいことをデイジーに言うわけにはいかない。リアンがセイとシェルティと逢っていることは誰にも言ってないことだ。セイと約束したことでもあるし、下手な噂が広まるようなことがあれば、セイもリアンも困ることになるのは判っている。
だからできるだけ動揺は押し殺し、デイジーが身を立て直すのを待つ。
男爵家であるデイジーは、商売で成り上がった家系だ。平民との接触が多い分、口調も態度も大変緩い。
だがちゃんと貴族らしく振舞うこともできる。メリハリをつけられるというべきか、リアンと話しているときは貴族としては砕けすぎた態度が多いけれども、場所と時間の区別をきちんとつけることができる。
リアンが最初、マリーシアに忌避感を覚えなかったのはこの友人がいるお陰だった。出逢ったばかりのデイジーは、作法に思うところがそれはもう十分にあった。
でもそこから彼女は努力して、半年後には見違えるほどの淑女になっていた。
だから、未だに最低限の振舞いが出来ないマリーシアを不思議に思う。それを許す周囲も。こうして視界に入る位置で並ばれると、余計に。
デイジーは不満そうに唇を尖らせながらも身を起こし、簡単に衣服の乱れを整えてから椅子に腰かけた。
「でもびっくりしたよ~。チェスター君、いつの間に公爵家とお知り合いになってたの?」
「さぁ……」
なるほど、セイはリアンに用事があったようなのだが、それを最小限に留めてチェスターと親し気に振舞った。
はたから見ればその光景は、いかにもセイとチェスターが知己で、リアンはたまたまそこに同席していただけの存在、という風に見えたのだろう。
幸いにも周囲の人影はまばらであったため、会話を詳しく聞かれた様子もない。どうやらチェスターはうまく使われたようだ。
「でもでも、今回はそれで助かったね! 最初リアンとチェスター君が一緒に座ってるの見かけたときはひやひやして、どうしたらいいか判らなかったんだけど、ラジェンダ様てば颯爽と近寄ってさくさくチェスター君とリアンを引き離してくれるんだもん! なんかねぇ、用事があったのはチェスター君の方でも、すっごく格好良く見えたよ~!……ねぇリアン、大丈夫だった?」
一年生の時、リアンとチェスターとデイジーは同じクラスだった。だからデイジーは、リアンとチェスターの仲を知っている。そして、二年生でその仲が終わってしまったことも知っている。それゆえに、いま彼女はリアンを気遣っている。
実はチェスターではなく、リアンの方がセイと知り合いだということは教えられないが、デイジーの気づかいは嬉しかった。
「大丈夫ですわ。ちょっと、久しぶりに話をしただけですの」
「そうなの? 何かあったらちゃんと言ってね。無理しちゃだめだよ」
「はい。ありがとうございます」
「もう、リアンってば。こういう時ぐらいはもうちょっと砕けて!」
「無茶を言わないで、デイジー」
この子緩くありすぎじゃないだろうかと、心配にもなるけれど。
その日の夜、リアンの家には本当にラジェンダ家から使いが来た。
家族はただただ驚いていて、外出お誘いの案件だったことにさらに驚いた。
指定された場所で待っていたセイは紺色のシャツに白いスラックスという身軽な格好で、挨拶を終えるとさくっと本題を出してきてくれた。
シェルティへの誕生日プレゼントの、買い物に付き合ってくれ、と。
「どれがいいか悩ましいので、女性の意見も参考にしようと。行先は人形の専門店と、本屋と、雑貨店だ。三軒とも回ったうえで、どれか一つだけに絞りたい。店同士の間隔が近いから、徒歩で回る予定だ。大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
「なら良かった。場所はどれも近い。……ああ、その前に少し寄りたい場所もある。リアン嬢も気にせず、寄りたい店があったら言ってくれ。遠慮はいらないから」
はい、と返事をしたら、目前に手を差し出された。まさかの、こんな街中でのエスコートだ。
驚きつつも手を重ねれば、緩やかに引いてくれる。そのままのエスコートで向かった先は帽子屋だった。
見上げるほどに高く帽子が積み上げられた棚があると思いきや、一つずつが恭しく飾られた空間もあったりと、決して広くない店内は紳士淑女、多種多様の品ぞろえで揃えてあった。
思わず入り口から見入るリアンと違い、セイは迷いなく店奥まで進み、紳士貴族用の帽子が並べられた棚で足を止める。おずおずとその後ろをついていき、品物を眺めるセイの肩越しにそれらを見やれば、セイは無造作に帽子を拾い上げ被って見せた。黒色の紳士帽。紺色のリボンが巻き付けられたそれは、セイの黒髪を邪魔しない作りだ。
意見を言っても良いものか迷いつつも、無言で見てくるセイに了承を得たものと判断する。
「セイ様の本日のお召し物も紺色ですし、とてもお似合いだと思います。……でも、できましたら、こちらの方が宜しいかと」
傍にあった、紺色の帽子を引き寄せる。こちらのリボンの色は白。
「季節的な黒や、タイと同じ赤も素敵ですけれど……今日はお天気も良く気温も暖かな方ですので、あまり暗くなりすぎず、明るい色味に目を行かせた方が素敵です」
「なるほど。となれば今日のリアン嬢のドレスは濃いグリーンだから、帽子はこんなところか?」
言って、紳士帽の隣に並んだ淑女列から、つばの広い淡い緑の帽子を取り上げる。ふわりと頭に被せられて、詳細を見る間もなく「よし」と何かを納得される。
「あの、セイ様?」
「思ったより日差しが強いようだからさ。歩くと言っただろう? リアン嬢が持ってきたものよりもつばは広い。被り心地はどう?」
「わ、悪くはありませんが……あの」
「じゃぁそれで決まりだ。俺はせっかくだから選んでもらったものにしよう。……シェルティと一緒だとさ、やたらリボンが大きいものを渡されるんだ。お揃いだと。それはそれで悪くはないんだが、さすがに街を歩くのはなぁ」
ぼやくセイの話の中身に気を取られた隙に、ラジェンダ家の付き人が会計を終わらせていた。ついでにリアンが持ってきていた黄色の帽子も回収されている。
「さぁ行こう、一つ目はここから歩いてすぐ、まずは人形の専門店からだ」
手を差し出されては、断れない。さすがは公爵家。エスコートもプレゼントの渡し方も強引でかつ自然すぎる。
迷いはしたものの、ん? と促されては本当に断れない。ありがとう存じます、と言ってから、リアンはその手に自分の手を重ねた。
人形の店では動物のぬいぐるみにするか、ビスクドールにするかで悩み、本屋では絵本の種類で悩み、雑貨店では手遊びの玩具にするか、おしゃれアイテムにするかで悩んだ。
どの店のどの品でも甲乙はつけがたい。
休憩に入った店で頼んだ苺のタルトが運ばれてきても、リアンは目もくれず悩み通している。
どれか一つしか選べないなど残酷だ。可能であれば全部プレゼントしたい。だが他ならぬ身内であるセイが駄目だというのだ。そこは従わねばなるまい。
ちなみに駄目な理由は、来年の候補が減るから、という理由だった。
「日が暮れる前には決めてくれよ。翌週に持ち越してもいいけど、同じ品物が残っている保証はないからさ」
「判っています。判ってはいるのですが……どれが一番シェルティ様が喜んでくれるのかと思うと……!」
呆れた顔でセイは自分の紅茶を口に含んでいる。
ここに来るまで紳士の振舞いに事欠かなかったというのに、お茶の席についてからの彼は若干だれ気味だ。疲れが出たのかもしれないが、リアンを見る眼差しに胡乱げなものが混ざっている。
「せめて店だけは絞ってくれ。それから悩む前にちゃんと休憩を。食べて落ち着いてから考えても問題ないだろ?」
食べさせようか? とからかってきたので丁重にお断りした。
シェルティの扱いに慣れているからだろうか。今日のセイはなんていうか、リアンを小さな女の子のように扱う。
常時気を配って、店と店の間の移動ではずっと手を引かれていた。店内でもすぐそばにいて、あれこれとリアンの目移りに丁寧に付き合ってくれて、相槌をちゃんと寄越してくれた。
完全に目が離せない子供の扱い……そうでなければ、激甘のデートコースだ。一瞬思って、下手な妄想をリアンは打ち消すことにした。前者はともかく後者は思い上がりすぎだ。
セイは確かに面倒見が良くリアンを気にかけてはくれるが、それはシェルティのお気に入りだからだ。
リアンも同じだ。シェルティの兄だから、気兼ねなくいられる。
そっと伺い見るシェルティの兄は、兄妹だからか面差しがとても似ている。シェルティは美少女の名にふさわしい、愛らしい顔立ちをしているのに対し、セイは中性的な印象を強く受ける。
男性にしては小柄な体躯であることも一役買っているのだろう。
だけどリアンをエスコートする指は節の感触が目立つし、声音も低い。覗き見た喉は思ったより太く、華奢に見える肩は思ったよりしっかりとしている。
背丈は並べばリアンとそう変わらない。だけれど歩きだす一歩は大きいし、リアンの手を引く力は頼もしい。
「どうかしたか?」
「いえ……セイ様はちゃんと、男性なんだと思いまして」
「なんだそれは」
思ったままを言ったのだから仕方がない。その体つきと中性的な顔立ちからつい忘れそうになるが、学園と違う場所で逢うとこうまで印象が変わるとは思わなかった。
「学園で俺は男子生徒の制服を着ていたと思うけど?」
棘の含む言い方は、もしかして気にしていることだったのだろうか。どこか乱雑な物言いも、それらからくる反発だろうか。
いずれにせよ眉根を寄せた様子にリアンは慌てて首を振った。
「ええと……何と言いますか、ずっとシェルティ様のお兄様、という認識でしたの。今日はシェルティ様が居なくて凄く寂しい分、セイ様がちゃんと男性に見えるなと」
「本音の混ざり具合が凄いな……まぁ、こちらの我がままで令嬢を連れまわしているんだ。相応の振舞いはするべきだろ?」
公爵家の相応の振舞いとは、幼女をエスコートするばりの気の配り方のことを指すのだろうか。多分違うような気がするが、セイの顔は本気だ。
「まさか、街中をエスコートされるのが初めてというわけではないのだろ」
「普通はあそこまで致しません」
「なんと。相手はそんなに気概の無い男だったのか」
多分そんな次元の話ではないような気がする。認識のずれなのか、常識のずれなのか、公爵家ジョークなのか困る。
むぅと違う意味合いで眉間にしわを寄せ始めたので、リアンはタルトに目を向けることにする。
苺が好き、とシェルティは言っていた。だからつい頼んでしまった。シェルティが食べたら何て言うだろうか。
想像して嬉しくなっていると、眉間のしわを解いたセイが静かに問うてきた。
「――どうしてそんなに、うちの妹をお気に召したんだ?」
口の中に広がる甘酸っぱさ。それらを紅茶で押し込んで、リアンも同じように静かに返す。
「天使だからですわ。どうしようもなくて仕方なかった時に、シェルティ様は現れてくださいました。それがただの偶然でも、わたくしには運命のようでしたの。……少しだけ、面白くない話をしても宜しいですか?」
「少しだけなら」
セイの物言いに苦笑しつつもどこか救われる。だから、つい、リアンは身分を忘れて言いたいことを言ってしまう。
「先ほどのエスコートの話ですけれども……わたくしをエスコートする相手は決まっておりましたわ。チェスター・ブランです。待ち合わせをして、お店を見て回って、カフェでお茶をして。ええ、ずっと手を握ってるなんてことは決してありませんでしたわね。隣を歩くだけですわ。……あら、不思議ですわね。気概がないと言われてしまえば、その通りな気がしてきます」
セイが目を細めて笑うから、不思議と穏やかな気持ちでリアンは言葉を続ける。
「その気概の無い人が、やっぱり気概が無かったようで。気づけば約束が反故されるようになって、寂しくって泣いてしまいたくなった時に、シェルティ様が現れたんです。素敵な、タイミングでしょう?」
「それでうちの妹は天使なわけか」
「はい。まさしく、あの瞬間に天が使わしてくださったのですわ」
曇りなき笑顔で言えば、セイの返事は苦笑だった。
「確かに父などは常日頃から、シェルティのことを天使だの妖精だのお姫様だの言っているが……これはなかなか手強い強敵が現れたものだなぁ」
「そんな、公爵様と張り合うつもりはございません」
「俺もシェルティは可愛いと思うけれどさ、そこまで妄信的になれるか不安になってきた。伏兵の存在がまさか過ぎて立場が怖い」
「シェルティ様は、お兄様が大好きですわ」
「知ってる。今朝も二度寝しそうなのを頑張って起きてきて、おはようのキスをくれた」
「!!」
なにかの許容を超えたらしい。歓喜と羨望と嫉妬を強く入り混じえた目で見られたので、話題を変えてやるとする。
「兄の特権だ。そしてその兄の好感度を落とさなくて良い品物の候補は絞れたかな、リアン嬢?」
「……お人形か絵本、どちらかが良いのではと。雑貨はもう少しシェルティ様が大きくなられてから、ご自分で見つけられた方が楽しめるものになると思うのですわ。お人形や絵本は、誰かから渡されるものでしょう?」
それはおそらく、リアンの経験なのだろう。だからこそ感じる説得力に、よしとセイは頷いた。
「では本屋に先に向かおうか。来た道を逆に回ることになるかな。折角なので、気概というものをもう一度リアン嬢に披露させていただこう」
「期待させていただきますわ」
セイに促されて口に含んだ残りのイチゴタルトは、苺の甘酸っぱさとクリームの濃厚な甘さがとても美味しかった。
……しかし、兄から贈るべき品物を、果たしてリアンが選んでしまっても良いものなのだろうか。
実をいうとずっと疑問に思っていることなのだが、尋ねる勇気と余裕までは、さすがのリアンも持ち合わせてはいなかった。
誕生パーティはつつがなく終了した。
宣言通りリアンの家までラジェンダ家の家紋が入った馬車が迎えに来て、家人たちは再び大層色めき立ったり、かつてない乗り心地と馬車の調度の素晴らしさに驚いている間に到着した公爵家はリアンの家とは比べようもなく広大な庭と豪奢な館を保有していた。
圧倒されている間に正門を抜け出迎え用の玄関で降ろされると、待っていたセイに挨拶もそこそこ、丁寧にエスコートされながら奥の庭へと案内される。
誕生パーティはガーデンパーティだったようで、着いた先は幾つものテーブルが立ち並び、既に人で溢れていた。
小規模でやる内輪的なパーティだと聞いていたのに、200名を超えるであろうこの人数が公爵家的に少人数の部類に入るらしい。つくづく自分の家との違いを思い知らされる。
真っ白なドレスを着たシェルティは、いつも以上に可愛らしかった。ふんわりとしたフリルとペチコートを何重にも重ね、花をあしらった飾りを豊かな黒髪にもまとわりつかせながら、リアンを見つけた際に見せた笑顔は本当に天使だった。
そのままシェルティに手を引かれ、シェルティとセイの両親……つまりはラジェンダ公爵その人と、公爵夫人へ挨拶をし、少しだけ同席を許されるという緊張の極みたる状況にはなったが、隣にはずっとシェルティが居た。
膝上に乗りたそうにしつつも我慢している様子や、うっかりリアンも過度な世話を焼いてしまいたくなるのを堪えるという試練を乗り越えながらも、和やかに終わらせることが出来たと思う。
プレゼントもちゃんと渡せた。
さんざん悩んだ末に渡したのは、シェルティが読んだことのない絵本だ。
セイのシェルティへのプレゼントがぬいぐるみだったため、その場でセイからラジェンダ家にない絵本を聞き出したのだ。シェルティは思わず抱きしめたくなるほどの笑顔でお礼を言ってくれた。幸せすぎて倒れるかとも思った。
余談だが、ラジェンダ家の本棚を確認した際、セイはシェルティが寝る前に時折絵本を朗読してやっているという。なんて実に羨まし過ぎる自慢話。セイはとても得意げにしていた。絶対にわざと言ったに違いない。
「あら……見ない顔が居るわ」
途中、四大公爵家のうち一つ、第一王子の婚約者であるディアナ・スターレットと挨拶を交わすという珍事も起こった。
同じ学年だが校舎棟が違うため、存在は知っていてもすれ違うことすらまれだ。クラスが違うとこういうことが本当に多々ある。まともに顔を合わせるのも勿論今日が初めてで、緊張しきりながら挨拶すれば、可憐な唇を扇で隠すようにして、ディアナが目元だけで笑う。
「シェルティのお姉さまは、わたくしだけだと思っていましたのに……いつの間にか増えておりましたわ。プレゼントをお渡しに行ったら、それはそれは嬉しそうにお話ししてくださいましたの。妬いても宜しくて?」
ラジェンダ家とスターレット家は同じ公爵家同士。公爵家とは王族の血脈、つまりは王にならなかった王族の受け皿でもある。前王の妹二人がそれぞれに降嫁した家であることから近い血縁であり、小さなころから交流があるとのこと。
「セイったら意地悪ね。先に教えてくだされば宜しいのに。あの人昔っからああなんですのよ? 優しいけど意地悪。相手の意表をついて、驚く様子を見るのが大好きなの」
セイやシェルティと同じ紫色の瞳を愉快そうに煌めかせて、ディアナは笑う。
全面的に同意する部分があったので大きく頷けば、ディアナはいっそう目を細めて笑った。
「同意してくれる方がいて良かったわ。あれで意外と身内以外の女性を近寄らせないから、セイの愚痴で話が合う人っていなかったのよね。学園で逢う時は、もう少しお話させてくださいな?」
そう言って、未来の王妃は優雅に去っていった。
王妃教育が忙しく、あまり学園に通えていないと聞いている。そしてその間に婚約者である王子は、ある子爵令嬢へすっかり入れ込んでしまったとも。
自分と彼女とでは立場が全然違う。でも、同じ人に奪われた。だから話をしたいとも思うし、したくないとも思ってしまう。
チェスターに何か思うことはもうないというのに、起こった出来事にはふと胸に痛みを刺す。
でも、今日は楽しみにしていたシェルティの誕生パーティ。
暗い顔も、苦い気持ちも不必要なのだからと、場に不似合いな感情は貴族らしく笑顔の仮面の下に放り込んで、リアンは微笑んで、遠くてもシェルティの笑顔が見える位置を探しに向かった。




