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この日から

作者: レアンテ
掲載日:2026/02/02

「じゃあ、お疲れ。俺は寝るわ」

 そう言うと自分と先輩を残し悠木はそそくさと通話を抜けていってしまった。寝ると言っておいて、一向にオフラインにならないあいつの考えていることなんて手に取るようにわかる。    

先輩と二人きりになってしまった通話には少しの静寂が流れていた。

「俺はまだ進めたいクエストあるので続けますが、先輩はどうしますか?」

通話を終わらせる気なんて全くないのに聞いてしまう。ここで先輩がゲームを辞めてしまうとあいつが作ってくれたせっかくの先輩との二人きりの時間を無駄にしてしまう。

そんな自らが原因の不安を「私もまだ続けようかな」という先輩の声が安心させてくれていた。

「最近どうですか?」

先輩と話をするときだけ著しくコミュニケーション能力の低下しているのがわかる。いざ二人きりという状況になったとき、日ごろのくだらない妄想はすべて無駄になってしまっている。

「う~ん……特には何もないかも。葉一君はどう? 進路とか決まった?」

「まだ迷っています」

 先輩と同じ大学に行こうとしていることを隠したままにした。先輩への気持ちが少しでもばれることで、この関係が壊れてしまうのではないかという恐怖心を常に身にまとっていたからだ。

 ただただ中身のない会話を続ける事しかできなかった。それでも先輩の声を聴き、中身のない会話で盛り上がることのできるこの時間がいつまでも続けば良いと思っていた。

 

 深夜、眠気と気の緩みを含んだ空気を先輩の一言が切り裂く。

「最近、大学の先輩で好きな人ができたんだけど……」

 すべての時間が止まる。あんなに好きだった先輩の声も、邪魔とさえ感じた秒針の進む音も、少しずつ荒くなる呼吸と嫌に早くなる鼓動の音によって聞こえない。先輩は続けて何か言っていたが、ただひたすらに“先輩に好きな人ができた”という情報だけが頭の中に流れていた。

「マジですか! おめでとうございます! 先輩に好きな人ができて後輩として応援したいです!」

 そう自分を演じるしかなかった。動揺していることが相手に伝わってほしくなかっただけではなく、そうしていないと自分を保つことができなかった。先輩との会話が楽しくない。そんなことを感じたまま通話は終わってしまった。

不思議と涙は出てこなかった。先ほどまで聞いた声が鮮明に残っている。いつもとは違う胸の苦しみに襲われた。

 こんなことなら先輩に気持ちを伝えておけばよかった。あの時気持ちを伝える事ができたのではないか。こんなことになるのならいっそのこと……。

 

 カーテンの隙間から漏れる出す光、鳴り続けているアラーム、一階から聞こえる生活音のすべてが朝になったことを告げてくる。学校なんて行く気にすらなれなかった。仮病で学校を休み、何かを取り戻すように眠ってしまった。

次に起きたのは昼過ぎだった。同級の奴らから数件LINEが入っているのに返信をする。特に何かするわけでもないが何かしていないと落ち着かない。仮病で休んだことに罪悪感を感じつつも寝ていているだけも暇なのでゲームをする。あの時からゲーム画面はなにも変わっていなかった。ログインボーナスを受け取り、開催されているイベントの確認などをして暇な時間を潰す。

ふと、フレンドの一欄に目を向ける。先輩がオンラインになっている。急いでゲームを終わらせ一階に逃げるように向かった。

別に先輩にゲームをしていることが知られたってかまわないじゃないか。いや、高校生が平日の昼過ぎからゲームをしていることが変なんじゃないか。そんな自分を落ち着かせるためだけの言い訳をつぶやきながら部屋に戻る。スマホに一つの通知が来ていることに気が付く。

『今日って学校休みなの?』

ホラー作品を見ているような感覚に陥る。来ることを想定していながらも実際に来ると心臓に悪い。もちろん今すぐに返信することなんてできない。かといってこのまま無視し続けないのも相手に申し訳ない。考えた末に『気分が良くなくて休んでいます』と送る。嘘はついていない。先輩からの『大丈夫?』に対してスタンプを送り無理やりLINEを終わらせてしまう。それでも、先輩とLINEができたことがうれしく思ってしまう。先輩によって一喜一憂する気分に嫌気がさしてくる。

 

夕方、悠木からゲームに誘われた。気の乗らないまま、あの画面を開く。

「なんで今日休んでたん? フラれたんか?」

デリカシーのないやつだとは知ってはいたが実際に相手すると腹が立つ。

「………フラれたよ」

「やっぱりフラれたか。学校休むなんて分かりやすいなお前」

声色からも悠木がニヤニヤと笑っている光景が目に浮かぶ。

「フラれたよ! 告白する前に!」

「何が告白する前だよ。今まで何回も告白できるタイミングはあっただろ」 

 笑いながら冗談として言う悠木の発言には、友達としてのやさしさが含まれていることはわかっていた。それでも今は慰めの言葉が欲しかった。

「フラれた友達に対して慰めの言葉はねぇのかよお前は」

「行動しなかっただけの友達をどうやって慰めんだよ」

 相変わらず小ばかにしたような悠木の発言は正しかった。

 “できなかった”と“しなかった”では置かれている立場が違う。そして、自分が後者の立場であったことにも疑問はなかった。それでも、ただひたすらに自分は前者なのだと信じていたかった。信じていれば、いつかチャンスが来るのではないか。むしろ、向こうが自分を好きになってくれるのではないのか。そんな甘い考え方に逃げていた。自分の思っている“できない”は全部“しない”だけであった。

「結局どうすんの?」

 最後に悠木はそう言い残して通話を切ってしまった。どうすればよいのか自分が一番知りたかった。今さら先輩に告白したところで困らせてしまうのは目に見えている。結局、もうどうすることもできないのだ。

 その日の夜も、いつものように悠木によってグループ通話は開かれていた。先輩はすでに通話に参加している。通話に入ることができなかった。この日から意識的に先輩を避けるようになってしまった。グループ通話はもちろん、先輩からのLINEにもどこか素っ気ない態度になってしまっていた。

 悠木はいつもと変わりない様子だったが、あの日以来先輩の話をしてくることは無くなった。気を使ってくれているのか、行動に移さない自分に呆れてしまったのかわからない。それでも日に日に先輩から離れていく距離に胸を痛めていた。

 このまま何もかもを無かったことにしたかった。先輩との思い出も、あの日の自分以外に向けられた好意も、先輩を好きだった自分も、何もかもが今の自分には毒だった。


 

「先輩、告白したらしいよ」

 悠木が数週間ぶりに先輩のことを口にした。少し申し訳なさそうな顔をして教えてくれる。放課後、また時間の止まるような感覚に襲われる。それでも今回は受け入れるのにそれほどの時間は掛からなかった。先輩が行動できる人であることは自分のことより知っていた。

「まあ、そうだよな……。 それで、結果はどうだったの?」

 悠木は無言のまま何も教えてくれなかった。ただ一言「今日グループ通話開くから、自分で確認しに来い」とだけ言うと帰ってしまった。

 夜、いつも通りの時間帯に悠木はグループ通話を開いていた。あの日から入っていなかった通話に対して少しの抵抗があった。

まだ先輩は来ていない。そもそも来るのかさえ怪しかった。今頃は彼氏と話しているのではないか。そんな妄想を繰り返しては自分の胸を苦しめる。“先輩が来なければ”なんてことも考えてしまう。それでも先輩は来てしまった。

「あれ、葉一君久しぶりやね」

 あの声が聞こえる。自分の中で一気に空気が張り詰める。軽く返事をした後、三人のいる通話には静寂が流れていた。その静寂を破ったのは悠木だった。

「じゃあ、俺早いっすけど今日は終わります」

 やはり悠木は自分と先輩を残して通話を去っていく。また、通話は静まりに返ってしまった。次に口を開いたのは先輩だった。

「葉一君はどうするの?」

 悠木の言葉と重なる。

「先輩、告白したのってマジですか?」

不意にそんなことを聞いてしまう。

「……本当だよ」

 “これは分かっていたこと“そう自分に言い聞かせ落ち着かせる。次に聞くことは決まっていたし、どんな結果が待っているのかも予想できていた。

「どうでしたか?」

そう聞くと先輩は少しの間考えた後「フラれちゃった」と答えた。「どうして…」予想もしなかった結果に驚きの声が零れ落ちる。

 言った後に後悔した。そんなの先輩が一番思っているに決まっている。気まずい自分を察してくれたのか先輩は話してくれた。

「彼女がいたんだって…… 何にも知らなかった」

 明るく話してくれようとする先輩にはまだ未練が残っているのが感じ取れた。それでもただ先輩の話を聞くことしか自分にはできなかった。

「それでも、ちゃんと気持ちを伝える事ができたからよかったよ。事前に彼女がいることを知っていたら気持ちなんて伝えられずに終わっていたからね。後悔だけが残ったままになるところだったよ」

 先輩の言葉を自分のことのように受け止める。“後悔“その言葉が深く胸の奥に沈み込む。それ以上の話を先輩はしなかった。何も言えないままの時間だけが流れていく。

静寂の流れる空間の中で自分は妙に冷静になっていた。

今ここでなにもしないまま後悔をしたくない。そういう思いが静かにこだましていた。

先輩に伝える内容は決まっていた。この言葉から変わっていきたい。“好きだ“なんて自分の気持ちを伝えられるような立場に今の自分はいない。ただ一つ、ただ一つだけ、最初に先輩に伝えるはずだった言葉を自分は伝えられていないままここにいる。

「俺、先輩と同じ大学を目指します」


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