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 グレイヴェンを出て数日。 山を越え、川を渡り、幾つかの村を通り過ぎた一行は、緑風の里にたどり着いた。

 緑風の里は、まるで絵本の中のような静けさに包まれていた。 風は優しく、木々はささやき、村人たちはのんびりと畑を耕し、鳥たちは歌っていた。

 そんな中、ルークとエリスは、まるで小さな冒険者のように村のあちこちを駆け回っていた。

「ルーク、この草はね、『まどろみの草』。触ると眠くなっちゃうから、触っちゃダメよ」

 エリスは、ノエルから借りた古びた薬草図鑑を広げ、得意げに語る。 ページには、妙にリアルな眠そうな顔の草のイラストが描かれていた。

「えー、でもちょっとだけなら……」

 ルークが指を伸ばしかけると、エリスがパシンと手を叩いた。

「ダメ!知識は武器よ!ミラ姉も言ってたでしょ、“美しさは一日にして成らず”って!」

「それ、関係ある?」

 一方ルークは、木の枝を剣に見立てて、草木相手に「モンスター退治」の稽古に夢中だった。

「見て、エリス!ぼくのひっさつ!『かあしゃんのいちげき』!と見せかけて……ミラ姉のキーーーーック!」

「ふふ、そんなの効かないわよ。本物のモンスターは、ちゃんと弱点があるの。たとえば、トカゲはお腹が柔らかいのよ」

「じゃあ、草の弱点はどこ?」

「……根っこ?」

 ノエルは、そんな二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、時折真面目な顔で言葉を挟んだ。

「ルーク、エリス。危険な場所には決して近づかないでくださいね。そして、もし道に迷ったら、まず『水』を見つけ、動かず『待つ』こと。エリス、君が持っている知識は、時に剣よりも強いです。決してそれを忘れないように」

「はーい!」

「わかってる!」


 ……と言いつつ、午後になるとその“わかってる”は、風に吹き飛ばされていた。

 その日の午後。 ルークは、村の裏手の森で、ひらひらと舞う美しい青い蝶を見つけた。

「わあ……ノエルおじちゃんに見せてあげたら、きっと喜ぶぞ!」

 その蝶は、ノエルが「幻惑の蝶」と呼んでいた、滅多に見られない貴重な生き物。 羽は青く透き通り、光を受けて虹色に輝いていた。

 ルークは、蝶を追いかけて森の中へと駆けていく。 その姿は、まるで“蝶の騎士”のように勇ましく(本人比)。

「ルーク!勝手に遠くへ行っちゃダメって言われたでしょう!」

 エリスは、図鑑を抱えたまま追いかける。

「大丈夫だって!すぐそこだよ!」

「“すぐそこ”は、だいたいすぐじゃないのよ!」

 しかし、蝶は風に乗って、さらに奥へ奥へと舞っていく。 ルークは「待ってー!」と叫びながら、木の枝を剣のように振り回し、草をかき分けて進む。

 エリスは、図鑑を盾のように構えながら、ルークの後を追った。

 そして――気づけば、二人は村人さえ入らない森の奥深くへと迷い込んでいた。

「……ここ、どこ?」

「えっと……たぶん、“すぐそこ”の先……?」

 木々は密集し、空は見えず、風の音も静まり返っていた。 エリスは、図鑑を開きながらつぶやいた。

 二人は顔を見合わせ、同時に「やばいかも……」とつぶやいた。


 一方、緑風の里では―― ルークとエリスが姿を消したことに気づいた瞬間、コーデリアたちの間に、まるで雷が落ちたような衝撃が走った。

「ルーク!エリス!どこだ?!」

 コーデリアは顔色を変え、血相を失い、村中を駆け回った。畑の間をすり抜け、井戸の周りをぐるぐる回り、鶏小屋まで覗き込むほどの必死さだった。

「ルークー!エリスー!出てこい!今なら怒らないから!」

 その叫びは必死さゆえに裏返り、村人たちまで不安げに顔を見合わせる。

「それ、絶対怒るやつよ!」

 ミランダが叫びながら、村の高台に駆け上がり双眼鏡を構えた。彼女の豪快さも、この時ばかりは焦りに満ちていた。

 ノエルも必死に捜索していたが、顔は青ざめ、額には冷や汗が浮かんでいた。

「僕のせいで……僕がもっと、ちゃんと子どもたちを見ていれば……」

 自責の念に押し潰されそうになりながら、回復魔法を応用して索敵魔力を強化する。しかし、子どもの小さな気配は、森の濃い魔力にかき消されてしまっていた。

「二人とも落ち着いて!パニックになっても見つからないわ!」

 ミランダが声を張り上げる。

「落ち着いていられるわけがない!ルークは、私の命より大切な子だ!」

 コーデリアは剣士としての冷静さを完全に失っていた。過去に子どもを失った経験が、彼女の心を激しく揺さぶっていたのだ。もしルークもエリスも、森の中でモンスターに襲われていたら――その想像だけで、全身の血が凍るようだった。

 ノエルもまた、姉の子どもであるエリスを再び危険に晒してしまったという思いに、胸を締め付けられていた。

「ノエル!しっかりして!」

 ミランダが、なんとか冷静を保ち、ノエルの肩をバシンと叩いた。

「子どもたちがもし迷子になったとしたら、まず何をする?」

 ノエルは眼鏡を押し上げ、必死に頭を働かせる。

「僕が教えたのは……『水』です!彼らはきっと、水の流れを探すはずだ!」

「渓流だ!」コーデリアが叫んだ。

「この森には、裏手に一本、大きな渓流が流れている!」

「よし、行くわよ!」

 三人は渓流を目指して一目散に森の奥深くへと走り出した。


 森は、彼らが普段遊んでいる明るい林とはまるで違っていた。 太い木の幹が空を覆い、太陽の光はほとんど届かない。 足元には湿った腐葉土が広がり、踏みしめるたびに「むにゅっ」と音がする。

「ルーク……もう、村が見えないわ……」

 エリスは図鑑をぎゅっと抱きしめ、今にも泣きそうな顔で立ち止まった。

 ルークも顔面蒼白だった。 だが、母親が剣士であるという自負が、彼の小さな胸を奮い立たせた。

「大丈夫!ぼく、かあしゃんみたいに、エリスを守るから!」

 ルークは、木の枝で作った“剣”を前に突き出し、見えないモンスターと戦うかのように、震える足で一歩踏み出した。 その姿は、勇敢な騎士……というより、ちょっと背伸びした小型犬のようだった。

 しかし、彼らの目の前に現れたのは――モンスターではなく、深い谷だった。 切り立った崖の向こうには濃い霧が立ち込め、底は見えない。風が吹き抜けるたびに、谷底から冷たい空気が這い上がってくる。

「うわっ……これじゃあ、ジャンプはできないね」 ルークが谷を覗き込みながら言う。小さな体を乗り出すようにして覗き込む姿に、エリスは慌てて袖を引っ張った。

「どうしよう……これじゃあ、戻れないわ」

 エリスの目に涙が浮かぶ。心細さが胸を締め付ける。

 その時、ルークの脳内に“ノエルおじさんの教え”が再生された。

「迷子になったら、まず『水』を見つけろって言ってた!」

「そういえば!」

 エリスは慌てて図鑑を開き、ページの隅に書き込んだ小さなメモを確認する。そこには、ノエルの字で「水を探せ」と書かれていた。

 二人は、谷の底から聞こえてくる微かな水音を頼りに、谷沿いを歩き始めた。小さな冒険者たちの、必死のサバイバルが始まった。

「ルーク、足元にキノコあるわよ!毒かも!」

「よし、斬るよ!」

「斬らないで!それ、図鑑に載ってる“眠り茸”よ!」

 エリスが慌てて止めると、ルークは照れくさそうに剣を下ろした。

「エリス、あの木、顔に見える……」

「それ、ただのコケよ。怖がらせないで!」

 二人は互いに言い合いながらも、必死に不安を紛らわせていた。


 数十分後。ついに二人は小さな渓流を見つけた。

「やった!水だ!」ルークが叫び、エリスは胸を撫で下ろすように安心した顔をした。

 ノエルの教え通り、二人はその場で動かないことを選んだ。水辺は生き物が集まる場所。助けを待つには最適だと、ノエルはいつも言っていた。

 空腹だったが、ルークは枝を握りしめて言った。

「かあしゃんなら我慢する!」

 エリスはふと思い出し、図鑑を置いてポケットを探る。

「あ、そういえば……おやつのクッキーがあるわ」

 小さなクッキーが4つ。エリスが取り出すと、ルークのお腹がぐ~きゅるるると鳴った。

「……お腹、鳴ってる」エリスが少し笑って、クッキーを差し出す。

「はい、半分こ」

 ルークは照れくさそうに笑いながら受け取り、二人は小さなクッキーを分け合った。 冷たい谷の風の中、ほんのり甘い味が心を温める。

「ねえ、ルーク、もしここでモンスターが来たら、どうする?」

 エリスが不安そうに声をひそめる。

「ぼくが戦う!」

 ルークは胸を張って答えたが、すぐに小さな肩を落とした。

「でも……できれば、かあしゃんかミラ姉が来てほしいな……」

「うん……私も、ノエルおじさんに“落ち着いて対処しましょう”って、言ってほしい……」

 エリスは小さな手で図鑑を抱きしめながら、寂しげに呟いた。


 そしてその頃―― コーデリア、ミランダ、ノエルの三人は、森の入り口から全力疾走していた。

「ルークー!エリスー!どこにいる?!返事をしろ!」

 コーデリアの声が森に響き渡る。鋭い剣士の声は、まるで森を切り裂くように真っ直ぐだった。

「ミラ姉のキックで森ごと蹴り飛ばすわよー!」

 ミランダはドレスの裾を翻しながら叫ぶ。緊張感の中でも、彼女らしい豪快さが滲み出ていた。

 ノエルは焦ってツッコミを入れるのを忘れていた。普段なら「森ごと蹴るって何ですか!」と突っ込むところだが、今は心臓が早鐘のように鳴り、頭の中は子どもたちの姿でいっぱいだった。

 森は静かだった。鳥の声も風の音も、どこか遠くに消えてしまったように感じられる。だが三人の必死の呼び声と足音が、その静けさを少しずつ破っていく。

「早く、早く出て来い……!」 コーデリアが拳を握りしめる。

「どうか……無事でいてくれ」 ノエルは祈るように呟いた。


「ねえ、ルーク。ノエルおじさんが言ってたこと、もう一つあったでしょう?」

 エリスが胸を張って問いかける。

「え?えーっと……『水を見つけて待て』?」 ルークが首を傾げる。

「違うわよ!『知識は剣よりも強い』よ!」

 エリスは得意げに薬草図鑑をパタンと開き、さらにノエルの鞄からこっそり持ち出していた小さな方位磁石を取り出した。その仕草は、まるで“ちびっこ魔法使い”のようで、ルークは思わず「おお……かっこいい!」と声を漏らした。

「私たちはここで待っているのが一番だけど、もし日が暮れたら、もっと怖くなるわ。だから、おじさんたちが見つけやすいように、何か印をつけなくちゃ!」

 エリスは図鑑のページをめくり始めた。やがて「魔除けのハーブ」の項目に目を留める。

「これよ!この草!ノエルおじさんが“モンスターも逃げるくらい臭い”って言ってたやつ!」

「えっ、それ、そんなに臭いの?」 ルークが顔をしかめる。

「うん、でも“臭いは情報”よ!」

 エリスは草を摘み取り、ルークの服の裾でゴシゴシと潰した。

「うわっ、くっさ!なんか、ミラ姉の足の裏みたい!」

「それは言いすぎ!」

 潰した草は、独特の強烈な香りを放ち、森の湿った空気の中でもはっきりと漂った。ルークはその匂いを道標にして、木々の幹に塗り付けていく。

「よし!これでおじさんたちが通ったら、すぐ気づくはず!」

「うん!“くさくさ作戦”だね!」

 二人は顔を見合わせ、思わず笑った。

 二人は渓流のそばに戻ると、方位磁石で方角を確認しながら、木々に順番に“魔除けペースト”を塗っていった。 小さな手で草を潰し、匂いの強いペーストを幹に塗りつけるたび、森の空気に独特の香りが広がっていく。

「ルーク、これって、私たちの初めての“共同作戦”ね!」

「うん!かあしゃんとノエルおじさんみたいで、かっこいい!」

  ルークは剣を構える真似をしながら、誇らしげに笑った。

 エリスは図鑑を抱え、ルークは枝を剣に見立てて。二人の姿はまるで小さな冒険者のペアだった。

「私が知識で守る!ルークが剣で戦う!うん、いい感じ!」

「うん!ぼくら、勇者みたいだね!」

 二人は互いに顔を見合わせ、笑い合う。恐怖に押し潰されそうな状況でも、工夫と知恵で道を切り開こうとするその姿は、まるで未来の冒険者だった。

 渓流の水音と、森に漂う“くさくさ作戦”の匂い。 それは、仲間たちが必ず彼らを見つけ出すための、小さな目印となっていた。


 そしてその頃――

「ん?なんか臭くない?」ミランダが鼻をひくつかせる。

「この匂い……ミランダの足の匂いに似てる…」コーデリアが思わず口にすると、

「ちょっと!失礼ね!!」ミランダが怒鳴り返す。

 だが次の瞬間、ノエルは真剣な表情になり、息を切らしながらも確信を込めて言った。

「この香りは……エリスに教えた“魔除けのハーブ”です……!間違いありません!」

 あの独特な匂いは、彼が子どもたちに教えた“臭い草”に違いなかった。

「ってことは、近いんじゃない?!」

 ミランダは鼻をひくひくさせながら叫ぶ。普段は豪快な彼女の感覚が、今は子どもたちを探すための頼もしい武器になっていた。

「よし、匂いを辿るぞ!」

 コーデリアが剣を握り直し、真剣な眼差しで森の奥を見据える。

 三人は森の中で“臭いの道”を辿り始めた。木々の幹に塗られた草の匂いは、湿った空気の中でもはっきりと漂い、まるで「ここにいるよ」と子どもたちの声が届いているかのようだった。


 空はすでに薄暮に染まり、木々の影が長く伸び、風は冷たくなり始めていた。

「ルーク!エリス!」

 コーデリアが声を張り上げながら渓流沿いを走る。その喉は張り裂けそうで、心臓は胸を突き破るほどに高鳴っていた。

 不意に、二つの小さな影が寄り添って座っているのが見えた。 ルークとエリスだった。二人は不安と疲労でぐったりしていたが、お互いに抱きつきながら、必死に耐えていた。ルークの枝剣は、力尽きたように地面にぽつんと落ちていた。

「ルーク!エリス!」

 コーデリアは全力で二人に駆け寄った。

「かあしゃんっ!」

 ルークが気づき、涙を浮かべながらコーデリアの胸に飛び込む。小さな体の温もりが、彼女の心を一瞬で満たした。

 エリスも、図鑑を抱えたまま、声を出して泣きじゃくりながらノエルの腕の中へ。ノエルは強く抱きしめ、震える肩を優しく撫でた。

「ルーク!どうして勝手に森に入ったんだ……?!」

 コーデリアの声は怒りよりも恐怖に震えていた。

「ちょっとコーディ、怒らないで」ミランダが慌てて制した。

「だって、ものすごく心配したんだぞ!」

 コーデリアは涙をこらえきれず、声を荒げる。

「ご、ごめんなさい……きれいなちょうちょがいて……ノエルおじさんに見せたくて……」

 ルークは涙ぐみながら、しぼり出すように言った。

「そうなの。でも次からは迷子にならないように気を付けましょ」

 ミランダが優しく言い聞かせルークの頭を撫でる。

 コーデリアは抱きしめたルークの温かさと重みを全身で感じ、安堵と恐怖と、そして愛情のあまり、涙ぐんだ。タフな剣士の顔はどこにもなく、ただひたすらに、子どもたちの再会を喜ぶ母親の姿だった。

 ノエルも、眼鏡を曇らせながらエリスを抱きしめた。

「エリス、無事でよかった。そして……よくがんばりましたね。僕の教え通りに、水を見つけて、動かず待ったのですね。しかも、匂いで道標まで……」

「うん……ノエルおじさんに聞いたこと思い出して……ルークと一緒にがんばったの。でも……怖かった。もう会えなくなったらどうしようって……」

 エリスの声は震え、涙が頬を伝った。

 ノエルはその小さな肩を抱きしめ、静かに答えた。

「僕も怖かったです。だから……これからは子どもだけで遠くには行かないでくださいね。約束ですよ」

「……うん」 エリスは小さく頷き、ノエルの胸に顔を埋めた。

 その様子を見ていたミランダも、涙を拭きながらエリスの頭を撫でた。

「よくがんばったわね、エリスちゃん。……でもね、次からは“冒険”は大人と一緒にすること!じゃないと、私が心配でシワが増えちゃうわ」

「えっ……ミラ姉のシワ増えちゃったの?」エリスがぽつりと呟く。

「もう大丈夫よ。あなたたちが見つかったから」

 三人の大人は、子どもたちを囲みながら、笑いと涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 そして、ルークの枝剣は、そっとミランダに拾われ、「これは“勇気の証”ね。飾っておきましょう!」と、なぜか髪飾りにされかけていた。

 こうして、子どもたちの初めての“冒険”は、無事に幕を閉じた。


 夜の静けさが、宿屋の部屋を優しく包んでいた。 窓の外では虫の声がささやき、遠くの渓流の音が、まるで子どもたちの冒険を讃えるように流れていた。

 ルークとエリスは、布団の中でぐっすりと眠っていた。 ルークは枝の剣を抱えたまま、エリスは図鑑を胸に抱いて。 その寝顔は、昼間の勇敢さとは打って変わって、あどけなく、愛おしかった。

 三人の大人は、静かにその寝顔を見つめていた。

「彼らは、僕の教えたことをきちんと守っていました」

 ノエルが、眼鏡を外してそっと言った。

「ルークは行動力でエリスを引っ張り、エリスは知識でルークを導く。……僕は、感動しました……」

「そうね。あの子たち、私たちが思っているよりずっと、逞しいわ」

 ミランダが微笑みながら、エリスの髪をそっと撫でた。

 コーデリアは、ルークの小さな手をそっと握った。 その手は、昼間、エリスを守ろうとした勇気の手だった。

「明日になったら、もう二度と子どもだけで遠くに行かないように、もっとちゃんと叱らないとな…」

 ノエルは、コーデリアの瞳を見て、静かに首を振った。

「いいえ、彼らは成長しているんです。時には危険なことも必要です。失敗も、迷子も、学びになる。僕も……少しずつ、見守る勇気を持たないと」

「そうよ、子どもたちだって大きくなるのよ」 ミランダがコーデリアの背中を軽く叩いた。

「その心配もわかるわ。でも信じてあげなくちゃ。あんたの子なんだから、きっと強いわよ」

「……でも……もしこの子たちが死んでしまったら……」 コーデリアの声は震えていた。

「それでも、私たちが信じてあげなきゃ。守るだけじゃなく、育てるのよ」

 ミランダは、そっとコーデリアの肩に手を置いた。

「見守ることも大切です」 ノエルが頷く。

「もちろん、本当に危険なことはさせません。でも、少しずつ彼らも冒険していくのでしょう。僕たちが、そばにいればいいんです」

 コーデリアは、ルークの寝顔を見つめながら、静かに息を吐いた。

「……少しずつ、みんなで見守りましょう」

「とにかく、無事でよかったわ」 ミランダが、そっとテーブルに置いてあった果実酒を持ち上げた。

「ほら、コーディ。乾杯しましょ。子どもたちの勇気と、初めての冒険に!」

「……うん。乾杯」

 三人は、静かにグラスを合わせた。 その音は、夜の静けさの中で、優しく響いた。

 そして、布団の中では――

「むにゃ……ママの斬撃……」

「図鑑……第3章……」

 ルークとエリスの寝言が、まるで物語の続きを語るように、部屋に微笑みをもたらしていた。

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